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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- この時代のルービンシュタインは、テクニックともに品性、高貴、ともに最高です。
後年のステレオ録音の、円熟もいいですが、この演奏もまたすばらしい。
- 2014-10-04:Dr335
- 第3楽章第二主題のVPOの弦楽器が絶美と思います.DECCAのffrr録音のマジックかもしれませんが,ここだけは他のどの演奏よりも飛び抜けて美しく,ここが聴きたいがために,つい手を伸ばしてしまう演奏です.大学入試の一芸入試ならぬ,演奏の一芸評価というのがあれば,是非押したい演奏です.こんな音を聴かせるオケは,本当に無くなってしまいました.
- 2014-10-03:nakamoto
- やはり、そうでしたか。長い間私はこの曲が理解できす、人知れず悩んでいました。完成度の高い、傑作ばかりのブラームスの作品の中にあって、ピアノ四重奏曲は、良くなかったのです。嫌いでは全然ありませんが、イマイチというやつで、私ってダメな人と落ち込んでいました。この演奏は、流石に素晴らしいですが、ブラームスの中での壱番駄作という地位は、私の中で変わりません。私という人間は、同じ作品の違う録音は、あまり買わない人間ですが、理解できない曲は、何枚も買ってしまう病気で、でもこれがベストです。流石です。
- 2014-09-30:nakamoto
- 演奏家に対する造詣のない私にとって、この音は、演奏家の表現力の素晴らしさを、教えてくれました。クラリネットがこんなにも、様々な幸福な音を奏でるなんて、正直予想もしていなかったことです。
サンサーンスについては、吉田秀和がボロクソに、名曲300選で書いていました。
それは、当時サンサーンスの評価が、ベートーヴェン以後の、ブラームス、チェイコフスキーと並んで、三大作曲家のように言われていて、そんな関係で、ボロクソ表現になったのだと思っています。
個人的には、1835年生まれ、という事と、神童であり、作風の確立が少年時代にったことが、サンサーンスの評価を、時代遅れにしたのであって、サンサーンスの甘くて鮮烈な作風は、誰も真似のできない、彼独自の偉大な音造型があって、偉大な作曲家であったと、私は評価してます。
メンデルスゾーンも神童であったので、保守的と考えられやすい作曲家で、サンサーンスと同様です。
神童で活躍した作曲家の、創作スタイルは、10歳から15歳ぐらい年上の作曲家達と同じようになってしまい勝ちで、全く、保守的な後ろ向きの作曲家なのでは無いということであると、私は、認識しています。
- 2014-09-30:benetianfish
- 私も25年以上ピアノを弾いていますが、彼の弾くラ・カンパネッラやグランデ・ギャロップ・クロマティック(ハンガリー狂詩曲も)を聴くと、どこをどうすればあんな恐ろしいテンポで弾くことができるのかと、思わずにはいられませんね。その反面、エステ荘の噴水や愛の夢のように音楽を美しく奏でることもいとも簡単に...私はまだまだ修行が足りません(笑)。
- 2014-09-30:Sammy
- ヘタウマって(苦笑) 確かにそれが一番ぴったりくる感じですね。ふつうの合唱団が一世一代の心のこもり切った演奏をしてしまったような、素朴な叙情があふれていて、不思議な感動に誘われます(ただ、それはアンセルメの淡泊なようでいてよく見通された指揮によって音楽の美しさが巧まずに導き出された故でもあるのでは、と思いますが)。そういうのもまた、歴史的名演と呼んでよいのではと思います。さすがに最終曲のざらつき具合は「これでいいんだろうか?」とちょっと思いますが… フォーレ「レクイエム」と言えば、少年合唱団を用いたささやかなデビューのはずが、ご本人もびっくりの大ヒットをあてたかの名盤、コルボ盤もここまでではないけれども、今聞いてみると結構「一世一代のヘタウマ系」かもしれません。
- 2014-09-28:原 響平
- ライナー指揮のベートーベンの交響曲はどれも素晴らしい。特に奇数番号の交響曲は、屈指の名演奏ばかりである。この交響曲第7番は、弦楽器と金管楽器、そして打楽器の絶妙なバランスと、適度なホール感も相まって、極上の録音となった。時に第4楽章は、ホルンとティンパニーの上手さが際立っている。最近の指揮者は、どれも第4楽章にクライマックスを築くため、過度なトランペットの強奏や、テンポの動かしをする演奏が多いいが、ライナーの演奏は、楽譜に過度な色付を施さずに、しかも、超えてはいけない限界を維持しつつ、しかも音色のバランスを守りながらオーケーストラに集中を求め続け、それを実現させる力量は、神業に近いものを感じる。更に、ライナーの凄いところは、メロディーラインを重視するのは当然だが、それ以外の音が色々と聞こえてくる。例えが悪いが、カラヤンの演奏が12色で描かれる絵とすれば、ライナーの演奏は36色で描く絵ぐらいの差がある。
- 2014-09-27:Joshua
- 音のことを忘れて聴き入ってしまうことではフルトヴェングラーと双璧なのでは?
このワルトシュタインは本当に凄い!!!
- 2014-09-27:Joshua
- ロザリン・トゥーレック
女性だったんですね。かっちりと弾いた「まじめ」な演奏と聴きました。
ピアノでのゴールドベルグは、実は1942年アラウの録音が最初ではないでしょうか?ライナーノートによると、ランドフスカの録音が出たSPの折、お蔵入りしたそうです。アラウは80歳になって(なくなる8年前)、リマスターしたこの演奏を聴き、ピアノのゴールドベルグの有効性を確信したそうです。(でも再録音はなかったんです)これを聴く限り、グールドは録音時期を得た分、得をしてはいないか?と思ってしまいます。上手いし、じゅうぶん変化にも富んでいる。音さえも少し良ければ、アラウは対等です。今日のペライアやシフの名演の布石はここにあったのか、と思えます。ちなみに、このサイトでも確認しましたが、ベートーベンのソナタ・協奏曲、その他ショパン・チャイコフスキーで聴けるアラウの素晴らしさは確かなものです。KOUHOU評論家の影響もあり、アラウは愚鈍と決め込んでいたわたしの考えは変わりました。さて、トゥーレックさん。はっきりくっきりで、直球投手ですね。こんなのも、あれこれ手の入った演奏を聴いた後ではいいものです。
- 2014-09-26:HIRO
- この楽曲の有名な第2楽章の背景と構成についてはワルターのところに書かせてもらいましたが、それをロジンスキーが忠実に再現しているのに出会って驚きました。親分格に当たるトスカニーニが、この曲で新即物主義の底の浅さを露呈しているのに…。第3楽章でもティンパニの音色がインディアンの太鼓を連想させ、スケルッツオがこれほど「インディアンが踊り狂っている」イメージを想起させる演奏はありません。
クラシックの演奏というのは、楽譜という「聖典」があるので、美しい音を持っていて、素晴らしい演奏テクニックがあり、楽譜を読む法則を覚えてしまうと、その作品の内容に対する理解がいい加減でも、それなりに聞こえるように演奏できてしまうもので、ほとんどの人をそれで騙すことができてしまいます。最近の演奏家が面白く無いのも、その辺に理由があるのかも知れませんが、そうした無知が顕著に露呈してしまう楽曲があって、この第2楽章などはその典型だろうと思います。
ですから、この楽章を聴き比べるだけで、指揮者のランキングを付けても、ほとんど間違いがないだろうとさえ私は思っています。
私が知っている演奏だけでも、さすがにクーベリックやバーンスタインはちゃん内容を理解して演奏しているのが分かりますが、一部で熱狂的ファンがいるチェリビダッケなんかは、ただゆっくりと丁寧に演奏しているだけで、楽譜面だけでやっているのが見て取れます。
演奏家の変化も分かりやすく、セルがアメリカに来て何かを掴んだのも、チェコフィルとクリーブランドのこの楽章の違いを聞けばはっきり分かるし、一方、いつまでたっても同じことしかやらない、成長のない方々のことも…。
ともあれ、ロジンスキーはユングさんがおっしゃるように「ただ者ではない」と思います。
- 2014-09-26:Sammy
- 「左手のため」という一見地味になるはずに見えるこの曲の持つ、すっきりしていながらも実はかなり華やかな美感を、この演奏はよくとらえているように思います。確かにYungさんの仰るような精緻さはラヴェルの美質ですが、そこに濃密な華やかさを封じ込めたところもまたラヴェルらしいと思います。この演奏では精緻さという封印を解いて開放したら、絵具がばらまかれて鮮やかな色絵巻になった、というような艶やかさを感じさせます。好きなようにやった!というオンリーワン的な名演と言ってよいのではと思います。
- 2014-09-22:HIRO
- この「新世界から」の第二楽章が一種のレクイエムだということをどれだけの人が知っているのでしょうか。インディアンの英雄叙事詩『ハイアワサの歌』のハイアワサの妻ミネハハの死(餓死)と雪中の埋葬…。演奏家でさえ、そのことを知らずに演奏しているとしか思えないものが多いように思います。その点でこのワルターの「第二楽章」は素晴らしいと言えます。(全曲が素晴らしいですが)3回出てくる7音のコラールは「むかしむかし、あるところに…」の意味だそうですが、私にはアメリカの大草原と森林の広大さ、荘厳な雰囲気の表現に聞こえます。あの有名なメロディーは、ハイアワサのミネハハへの哀惜と雪の大自然の静けさを表しています。夜明け、風が吹いてきます。風が大雪原を渡っていきます。やがて鳥達が鳴いて太陽が昇ります。そしてまた、もとの静けさに戻り、途切れ途切れの音の中にミネハハの魂は静かに昇天していきます…。それにしても、この名曲に、ドボルザークの死後、様々な歌詞によって付けられてしまった(特に日本の「家路=夕方」)俗なイメージは、いつになったら払拭されるのでしょうか。
- 2014-09-22:フラヴィウス
- 充実した良い演奏ですね。
如何に演奏するかと言う意味で、規範となるし、本当に感心しました。
未完成って、ピアニシモの所では楽器の数が多くて、指揮者の締め付けが弱いとダイナミクスの指示が混乱しますね。
近隣の大学のオーケストラで聴くと、そんな印象ばかりです。
熱演で何とかなるのとは異なる種類の音楽だと感じます。
そんな意味は、はるかに凌駕されていて、当然ですが、聴けて良かったと思いました。
アファナシェフの演奏する、シューベルトのピアノソナタの様な、脳性梅毒の進行と30歳代での死が迫る、作曲家シューベルト感とは、距離が遠いです。
無関係な健康的な演奏です。
もちろん、ワルターのウイーンでの演奏とも距離があります。
第一楽章がゆったりとした四分の三拍子。
第二楽章の方が優れているような気もしますが、冒頭の旋律と低音との組み合わせなんか天才以外の何物でもない着想。
そして、同じ程度の長さの、やはりゆったりとした四分の三拍子。
第三楽章のスケッチが、やっぱり四分の三の舞曲。ワルツやメヌエットというよりも、レントラー舞曲かな・・・。
その為に、残された二つの楽章で充実感が出るように、第二楽章に重きを置いて、よりゆったりと演奏する。
もしも、少し早目のテンポでやると、交響曲が途中でブチ切れたように終わった感じでしょうね。
多分。
自分も、名曲と信じ込んでいるし、聴き慣れていて、こんな物だと思っているのですが・・・。
- 2014-09-18:nakamoto
- この演奏も、さすがとしか言いようがありません。セルファンの方々には、ホント申し訳ないのですが、理解できない曲をセルで解決させて頂いております。挙げたらキリはありませんが、随分セルに助けてもらっています。それは、セルが、きっと楽器奏者としても作曲家としても、一流の腕前を持っているからにほかなりません。指揮者を超えた指揮者ぶりが、演奏から見えてきます。楽団員には、暴君であっても、作品には、朝貢しひざまずいている姿を感じます。そしてもうひとつは、協奏曲指揮者として一流であることが、挙げられます。兎に角、理由は分からないのですが、セルの協奏曲は、素晴らしいのです。独奏者が、誰であろうと、セルを感じさせてくれます。この曲も、言われてみれば影が薄いと言えるのでしょうが、この録音を聴いて、尚且つ影が薄いと感じる人がいるとすれば、それは何かが、偏見になっているという事なのだと思います。
- 2014-09-17:ヨシ様
- セルのシューベルト「未完成」素晴らしいですね。
ちなみにセルの最後のスタジオ録音の一つ、シューベルト「ザ・グレート」
同じ最後の録音のドボルザーク、日本公演ライブ盤と共に愛聴盤です。
- 2014-09-16:Sammy
- ブルックナー演奏は、特にこの9番は峻厳至高な世界を目指さねばというなら、この演奏は緩すぎてダメとなるのでしょうか。例えば宇宙の鳴動とすら表現された第2楽章など、不穏な村祭りくらいの感じでしょう。しかし、そういう究極志向は他の演奏に任せて、この巨匠がステレオで残した貴重な演奏なのですし、この演奏ならではのものを聞けばよいと思います。そう構ればここには、一つ一つが伸びやかかつレガート気味にしっとり抒情的に歌い、その結果ほんわりした独特の明るい色彩感とリズム感が不思議な柔和さを生む、独特の雰囲気があると思います。それは特に終楽章の切々と甘く明るく歌う美しさに見事に結実していて、新鮮な感動がありました。
- 2014-09-16:原 響平
- ケンペのドボルザークは、晩年のチューリッヒ・トーンハレと演奏した録音を聴いて、余りにも録音が不鮮明で、しかもメリハリの無い演奏にガッカリしたのを覚えている。しかし、同時にLPに組み合わされていた、ブルックナーの交響曲No8は、ブルックナー特有のホールの響きが、ケンペの充実していた時期の代表盤の誉れ高いもので、流石にブルックナーの演奏はドイツ人に限ると納得したのを思い出した。さて、このケンペのドボルザークは、非常に鮮明な録音で、しかも、当時カラヤンの手兵のベルリンフィルを上手にコントロールした演奏で、1950年代にベルリン・フィルと録音した、ブラームス交響曲No1と同様に推薦に値する演奏だ。当時のEMIの録音スタッフは、カラヤン、ケンペ、シルベストリとこの曲を録音しているが、ハチャメチャで豪快なシルベストリは別として、華麗な響きのカラヤンと、質実剛健なケンペの演奏のどちらをプロパー選択するか悩んだに違いない。でも、他社のRCAは、既にライナーの決定版を所有していたし、グラモフォンはフリッチャイの名演を入手。やはり、残念ながら当時のEMIには勝ち目はなかったのも事実のような気がする。
- 2014-09-15:フラヴィウス
- この演奏を、単に抒情性と言う言葉で語りたくありません。
抒情的でないとは、思いませんが・・・。
確かに曲順が、通常の物とは違っていますね。
ワルツ集14曲のうち、フラット系列は10曲。
その内、変イ長調が4曲もありますね。
シャープもフラットも無いのは、イ短調の独特なワルツ。
シャープ系列は3曲。
調整関係で考えても、論理的に破綻します。
(ヨハンシュトラウスのワルツみたいな、ある意味実用的でもあるワルツを考えると・・・・)
普通に並べてしまうと、いかにもワルツっぽい、踊れそうな1番から始まります。
最後は、ホ短調の14番で、深い精神的・宗教的な内容を感じます。
このワルツっぽくない曲で、拍手喝采して楽屋へバイバイだなんて・・・耐えられません。
演奏会とはこうするもの、そんな常識、いつまでも続きはしませんよ。
平凡な演奏では拍手が可能でしょうが、リパッティの高貴な気品に溢れる演奏。
拍手し辛いと思うのは、フラヴィウスの感性です。
抒情性というよりも、叙事性。
リパッティの師匠筋のピアニストにして文学者のコルトーなら、文章と言うかポエムにして残すでしょう
中身は具体的には分かりません。
身勝手に、イメージしましょう。
語り合いましょう。
- 2014-09-14:フラヴィウス
- オイストラフとオボーリンの演奏も聞きました。
欠点探しをすると問題点は無いのですが・・・曲の魅力はも一つ・・・。
ユングさんの言われる通り、シュナイダーハンとケンプの演奏は、この音楽の魅力を教えてくれますね。
ベートーベンのバイオリンソナタの、初期の第1?3番の三曲は、クレメールとアルゲリッチのコンビが、私に魅力を教えてくれました。
あの時期のアルゲリッチのみが持ち得ていた魅力、その場でどう振る舞うかを瞬間的に判断するクレメールの動物的な感覚と受け皿の広さ。
その二人でさえ、クロイツェルソナタは構えてしまって、オイストラフとオボーリンコンビと同じ地雷を踏んでいたように感じます。
名曲だと構えてしまうのだろうか?
バックハウスにこの曲の録音があれば良いのでしょうが・・・。
無い物ねだりです。
ケンプって、ただモノじゃないですよね。
クラシック音楽って、音響の完成度は大切だけれど、何かを伝えるための手段であって、何かの部分が抜け落ちると・・・何か足りないと感じます。
もちろん飯のタネでしょうが。
- 2014-09-14:BWK
- いつも貴重な音源を楽しんでいます。
ただ、なるほどと思う時もあれば、ちょっと最初から結論有りきで無理のあるコメントも見受けられます。
勿論、「私にも、好き嫌いはある」と断っていられるので、私たちは楽しみながら読めばいいのでしょうけど。
さて、このドボルザークの交響曲「8番」や「9番」ですが、ワルターにとって馴染みのない、「そうですか、それなら一丁やってみますか」程度の録音だったでしょうか? 録音回数なんて、レコード会社の都合もあったでしょう。「9番」は別にして「8番」なんてモノラル時代そんなに録音されてました?逆にこの時代に録音していた事が驚きです。
以前ワルターは、ハリウッドボールでの演奏会の曲目選定のなかで「暑い中で、爽やかな風を感じさせる曲」と言って「8番」の曲を推薦しています。勿論彼のモーツァルト、マーラーと同列には論じられないにせよ、大好きな曲だったと思います。
だからこそ、「8番」の第3楽章など、誰よりも早いテンポにもかかわらず、大変素敵な演奏になっていると思います。愛着がなければ出来ない演奏に感じます。
- 2014-09-09:オオウミガラス
- この演奏をきけばワインガルトナーが一流の指揮者だったことがわかります。今日でも十分通用する名演なんですけどね。忘れられてるのが残念だな。ワインガルトナーの演奏をもっととりあげて下さい。モーツアルトの39番交響曲なんか特に。
- 2014-09-09:nakamoto
- 私には、血筋に拘ると言う、性癖があり、気分の問題なのかもしれませんが、そんなわけで、ハンガリー出身の大指揮者のバルトークは、私の中では、全部合格なのです。セルやライナーは勿論の事、ドラティや、私があまり好きでないショルティにしても、本当に感動してしまいます。近現代物では、私は、ブーレーズが好きなのですが、ことバルトークとなると、ハンガリー勢に軍配を上げてしまいます。フリッチャイは、そんなに聴いた事の無い指揮者で、でもユング君さんの言うとおり、他のハンガリーの指揮者とは、随分違った趣の演奏で、それが私には、とても新鮮に感じられました。とてもロマンティックなバルトークと言う印象で、もう少し録音が良ければ最高と思います。ハンガリー出身の指揮者には、共通性を凄く感じます。オケを鍛え上げ、しかし出てくる音楽には、とても人間性が感じられるのです。ヒューマニストというやつでしょうか、フルトヴェングラーやワルターのロマンティシズムとは、全く違った、カラヤン、ベームの様な、造型に拘った音楽とも、勿論全然違う、心からの叫びみたいな音楽と、私は受け取っています。作曲家で言うと、バルトーク、ベートーヴェン、ヤナーチェク、と言った、ロマン派でも古典派でもない、そういった音楽家と共通するものをとても強く感じるのです。セルも勿論例外ではありません。
- 2014-09-09:オオウミガラス
- 意外といってはいけませんが、この時代にしてはピッツバークSOがいいですね。アメリカの他のメジャーなオーケストラにひけをとりませんね。よくこんなかくれた名演をさがしましたね。こういった名演をもっと掘り出すべきですよ。
- 2014-09-03:すーさん
- 新しい発見と感動に出会えて、とても清々しい気持ちでいっぱいです。
出過ぎず、引っ込み過ぎず、とても素直なピアノの音色が、身体に染込んでいくようでした。
何回聴いても聞き飽きない演奏にはなかなか出会えませんが、この演奏を聴く事が出来てほんとに良かったです。
ありがとうございました。
- 2014-09-03:ヨシ様
- ワルターのシューベルト。本当に素晴らしいですね。
この「未完成」はニューヨーク・フィルとの録音ですが、直前にニューヨーク・フィルの演奏会で「未完成」を取り上げているので、その都合の際のスタジオ録音だと思われます。
同様の事情はマーラーの「大地の歌」にも見受けられますね。
- 2014-09-02:原 響平
- この録音は、ミュンシュの幻想交響曲のベスト録音です。当時のRCAの録音技術とミュンシュの血湧き肉踊る演奏にが結実した、貴重な録音です。最近、ユーチューブにミュンシュの幻想の動画が配信されており、それも、物凄い演奏で、こんな演奏を聴けた当時の聴衆を羨ましく思いました。さて、この演奏の特徴は、第4楽章と第5楽章で、ティンパニー強打と金管の強奏は快感もので、特にティンパニーの音色は極上です。この音色は、当時のRCAの録音技師の耳の良さを裏付けるもので、当時の他のミュンシュの録音にも同様のティンパニーの音色が聴ける。ラベルのボレロしかり、ベートーベンの交響曲第9番しかり。芸術は爆発だと言った、岡本太郎の言葉にピッタリの演奏です。
- 2014-09-01:ヨシ様
- 以前、ミュンシュの1954年の「幻想交響曲」をステレオ録音ではないですか?と指摘したのは、この私ですが…。その節はお世話になりました。
ミュンシュは、この曲を得意にしていたので何度も録音していますが、やはりパリ管弦楽団とのスタジオ録音が、一般的には評価が高いですね。
個人的には、同じパリ管弦楽団のライブ録音の方が好きです。
- 2014-08-31:JBLman
- ですよね、ラフマニノフのP協は3番が好きですが、2番もいいですよね。なのに、天才にも調子の悪い時、閃かない時ってあるんですね、1番にしても4番にしてもまーはっきり言って駄作ですね。なにを目指してるのかも分からない、聴いていて取り留めもなく居心地も悪い、お蔵行きですね、その手にタネーエフ、交響曲は素晴らしいですが、ピアノ協奏曲のお粗末、オーケストラはいいんですが、ピアノ協奏曲なのにピアノがどーにもならない、不自然、がっかり。まー2、3番を聴きます。
- 2014-08-31:ヨシ様
- この演奏は皆さんが書かれているように、特撮番組に使われていたと言う話は有名ですね。
当時のスタッフが家に所有のLPを適当に使用したらしく、著作権料を支払っていなかったと言う逸話があるそうです。
リパッティとカラヤン。素晴らしいです。流石に歴史的な名演ですね。
- 2014-08-31:ヨシ様
- ワルターはシューマンの歌曲のピアノ伴奏をしたり、交響曲の録音もあります。
モーツァルトの序曲集の後には、シューマンの交響曲全集の録音予定があったそうです。
なのでワルターは、シューマンは好きな作曲家であったと言えますね。
ただ何故、交響曲よりピアノ協奏曲を先に録音したのかは不明ですが…。
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[2025-09-14]

フランク:天使の糧(Franck:Panis Angelicus)
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[2025-09-10]

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フォーレ:夜想曲第1番 変ホ短調 作品33-1(Faure:Nocturne No.1 in E-flat minor, Op.33 No.1)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2025-08-30]

ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36(Beethoven:Symphony No.2 in D major ,Op.36)
ジョルジュ・ジョルジェスク指揮 ブカレスト・ジョルジェ・エネスク・フィルハーモニー管弦楽団 1961年4月20日録音(George Georgescu:Bucharest George Enescu Philharmonic Orchestra Recorded on April 20, 1961)
[2025-08-28]

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フランク:交響詩「呪われた狩人」(Franck:Le Chasseur maudit)
アルトゥール・ロジンスキー指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1954年6月27~7月11日録音(Artur Rodzinski:Wiener Staatsoper Orchester Recorded on June 27-July 11, 1954)