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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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次のページ- 2020-03-20:るびー
- 少し興味深い情報を見つけたので書かせていただきます.出典元はボストン・グローブ誌の記事を転載したと思われる次のリンク(http://www.classicalmusicguide.com/viewtopic.php?t=33363)です.それによると,彼女は評論家のパニエルという人と再婚していたそうです.また,エピソードとして,後年のグレタ・ガルボの写真に似ていると言われたときに,微笑み,「もう1回言って頂戴」と言ったそうです.
オークレールのプライヴェートは謎に包まれていて,それは共演者のお墨付きがつくほどのものでした.もしかしたら早くに引退したガルボと共通するものがあったかもしれません.
- 2020-03-20:joshua
- ほら、これも高次の中庸でしょ。
チャイ5と言わせていただいたのと同じことを、ここでYUNGさんが、明瞭化して言っていただいています。
クーベリックが、荒手のシカゴでも、ボストンでも、プラハに返り咲きチェコを振ったときも、取り立てて聞き耳たたすことなどせず、十分満足させてくれます。その秘訣は作曲もする、と言うこと。
それなら、フルトヴェングラーやムラヴィンもそうなんですが、正反対ですね。
クーベリックには、名ヴァイオリニスト父ヤン クーベリックの血筋もプラスされますがね。マーラーでさえ、5番をバイエルンで振ったのは、チャイ5やこのリンツと似た印象、すなわち、なんら奇異でない中庸の美徳に満足するのです。
出来上がった音楽を聞く我々の贅沢は、ここにありまして、びっくりの凄演もクーベリックの演奏も、我々の知らない、同次元の音楽作りがある、と感じました。聞く側の勝手を超えてしまうと、こうなる、という好例と申しましょうか。してみると、このサイトではレアな、ベルナルド ハイティンク、エド デ ワールト辺りも、同じ叩き上げ路線のオイゲン ヨッフム辺りと同じくらい、取り扱い可能ではないかと、思うのですが、如何でしょうか?
- 2020-03-17:joshua
- コメントを書きはじめて、唖然。4年前に、自分が、それもたったひとり礼賛のコメントを書いてるのです。もちろん、クーベリックを中庸で片付けてはいけません。極めて高次の中庸なのです。バイエルンに至る道程が、このサイトで、素晴らしく味わえるのです。
- 2020-03-15:joshua
- 待ってました!1957録音もいいですが、これは一言で尽くせない味が加わっています。十八番のドヴォルザーク新世界の方は、1957で打ち止めでした。ブラームスは更に高みが目指せたんでしょうか。両方とも持っていたいブラ1.ありがとうございました。
- 2020-03-14:Sammy
- Yungさんのコメントに接しつつ聞いて、この優れた録音を成り立たしめているのは、関わった人たちの「熱」なのかもしれない、と思いました。
くっきりと立ち上がる録音。それによって技術や楽器の精度、ホールの状態など露わになるさまざまの弱点。それをものともせず、献身的にたくましく築き上げられる音の構築。大胆にこぶしをつけてなされる歌いまわし。そこからシベリウス演奏に相応しい民族的な情感も、透明感も、構築性も、逃げも隠れもしない堂々たる姿で立ち上がってくる。この3番交響曲はとてもシンプルに書かれているため、演奏の特徴がはっきり出てしまいやすいのだと思いますが、そこから全く逃げずに、さりとてあざとくするでもなく、愚直に前へ前へと進んでいく。
そういう決然たる覚悟を決めたようなたくましい音楽が、まだ日本のクラシック音楽の環境が十全とは言えない中で立ち上げられたと思うと、何とも言い難い熱いものが迫ってくるのです。この音楽はシベリウスの3番交響曲らしい冷涼さが、そういう熱さに支えられて立ち上がっているという、不思議な感動を生んでいるように感じられます。
音楽芸術としていまだ参照され聴き継がれるべき高い価値があることと、歴史の記録としての意義があること。その両方が分かちがたく共存しているすごさが伝わってきます。
- 2020-03-10:ジェネシス
- LP時代、レコードジャケットをプレーヤーに立てかけて聴いていました。眺めながら聴いていると、ローラ.ボベスコのフランクは何故か艶っぽく聴こえたし、黄色い欄間の下にベームやヨッフムの顔がアップになっているDG盤は愛想が不足に感じてました。
で、このセルの全集は帽子を被り葉巻を咥えて散歩するブラームスの足元にハリネズミが居る影絵という、独断的に言わせて戴けばブラームスのレコード史上最高のジャケットデザインだと思います。クリーヴランドがドレスデンやバンベルクに聴こえてしまうといえば大袈裟だけれど、瓶底メガネのセルの顔が大写しだと全く違うイメージになったでしょう。
でも、この「第3番」と「ハイドン変奏曲」は別格です、正に最高です。セヴェランスホールの残響が少な目な録音が内声部まで無理なく聴かせてくれて今でもよく聴きます。
- 2020-03-06:サンセバスチャン
- リヒテルがコメントしているのは68年パリ管弦楽団の17分かかる演奏です。56年は定規ではかったような演奏で、68年は極度に遅いテンポで始まって物憂さから、圧倒的な高揚に向かいます。62年は15分20秒くらいです。56年はもの凄く明晰な演奏、録音で、68年はバレエのト書きを再現していると思います。
- 2020-03-06:コールアングレ
- 毎日どのような曲がアップされているか楽しみにしております。ありがとうございます。
この演奏,ホルンの音色やヴィブラートをかける奏法などかつてのフランスのオケのように感じました。シルヴェストリとフランス音楽,意外な組み合わせで楽しかったです。
- 2020-03-04:Sammy
- 一聴した印象としては、雰囲気の乏しいややドライな録音、独特の個性的な響きながら今一つ雑なオーケストラ、という中で、指揮者は表情と対位法的な特徴をはっきり打ち出すことに力点を置いたように思えます。
その結果、どこかあっけらかんと、淡々と進みながら、また響きがややガサツな感じでありながら、目鼻立ちが着実に打ち出された立体的で不思議な色合いの音楽になっているように思います。そして気づけばその「淡々」が「飄々」にすら聞こえてくる。
素晴らしい演奏、とまでは思えなくても、いつもはどこか冴えないはずのオケが、今晩はなぜかいつもどおりのガサツな音ながら、指揮者におだてられて大健闘して面白い演奏になった、という一夜の演奏会の再現、みたいな不思議な感慨になります。これもまた一興です。
- 2020-03-02:備前屋の旦那
- そういえば、昔はドラティを「外れの殆ど無い指揮者」として、良く聞いていたものだった。
私は一時新築の木造アパートに住んで、どんなに小音量でステレオを鳴らしても隣人が「五月蝿い」と怒鳴り込んでくる状態になり、全ての機械とLPを処分してしまいました(もったいない事をしました)。
それ以来聞かなくなったのでしょう、一戸建てか、コンクリート建築に一人住まいデモしなければ、ヘッドフォンで聞くしか無いと言うのは悲しいですね。
オーディオが日本では廃れたのも無理はありません。
これは、そのドラティ、しかも指揮者に関係なく次々廃盤になって希少な「ロシアの復活祭」の、それも絶頂期のマーキュリーレーベルの録音です。
聞いてみれば判ると思います。
私なんかがクドクド「クラシック評論家」などというわ知り顔の人達の真似をして解説するより、先ずは聞いて自分の感想を持って欲しいです。
そして、ドラティを聞くことを思い出させてくれたyungさんに感謝を。m(__)m
- 2020-03-02:joshua
- ミュンシュとの共演が前世紀の偉大な功績とは認めつつも、このアプローチで行くなら、トスカニーニNBCと共演したハイフェッツのライブがずっと感激します。1945年頃のSPで音は悪いのですが、終楽章など、よくこの速さでこれだけ正確に弾けたものだと。それと、ハイフェッツの協奏曲録音でいつも思うことは、音の細いこと。上手いのなら、オイストラフ のようにいかないのは何故?
- 2020-03-01:joshua
- そうですかぁ 十代ではじめて聴いたドボ8は、クーベリック指揮バイエルンrundfunkerでした。テレビの貧弱な音でも、すぐに好きになりました。日本橋にレコードを買いに行くと、セル指揮アムステルダムコンセルトヘボウがありました!痩せた音を繰り返し聞くうちにこれまた好きになりました。長らくCDを見つけられず、ネット上で再会したのが、yungさんのこのサイトだったのです。感謝
- 2020-02-29:備前屋の旦那
- このジャケットは、曲名の最初に書かれている交響詩「水の精」(ウォーター・ゴブリン)から来ているのでしょう。
ドボルザークの「四大ホラー交響詩」の一つで、「水の精の王が村娘をさらって無理やり嫁にするが、実家に里帰りしたいと言うので「晩までに帰ってくるように」と言い渡して実家に帰すが、嫁は母親に止められて帰ってこず、怒り狂った水の王は二人の間に出来た赤ん坊を引き千切って実家のドアに叩き付けて去っていく」という物語に題材を得て作った曲なので、この不気味な人物は「水の王」だと思います、青いですし。
「四大ホラー交響詩」の中では最後に完成した「野ばと」が日本での評価が高いようですが、完成時期が他の三曲と離れているので「野ばと」抜きの組み合わせが多いのは面白いところです。
- 2020-02-20:曽呂
- スワロフスキー好きなんですよ(^0^)
クラシックを聴き始めた50年以上前、コンサート・ホールレーベルでグルダの相棒として、またウィンナ・ワルツやポルカ。リストのハンガリー狂詩曲の管弦楽版やらで楽しく聴きました。
この歳になっていつも思う「聴き始めの”刷り込み”現象」の影響ははたしかにあると思うけれど、強烈な個性は感じさせない代わりにスッと耳に入ってくるニュアンスはいまだになんともいえない心地よさです。
- 2020-02-17:Sammy
- この全集は気になりながら、やっと今になって、大好きな6番から聴き始めました。
録音の鮮烈さに驚き、演奏のきりりと引き締まった集中力の高さ、そして悠然としていながらここぞというところでにじり寄り畳みかけるような熱気に圧倒されました。
特に、後期交響曲の中でも随一の、最終楽章の溌溂とした舞踏の音楽の、スリリングで痛快な高揚は本当に素晴らしいと思いました。そのあとの静かな終結も美しいです。
- 2020-02-15:上海51
- グルダの装飾音に関してはK.331のソナタで聴いた事もありましたが、このピアノ協奏曲21番にはたまげました。本当にトンデモない凄い演奏、録音です。それにしても、スワロフスキー先生指揮のオケも素晴らしく、良くグルダの怪演に付き合ってくれたものだと感謝です。27番の方はかなり普通ですので、この21番の凄さは特筆ものです。
後にアバドやアーノンクール残したモーツァルトの協奏曲の演奏は意外と普通なものでしたので、この演奏こそ歴史的名盤と言えそうです。
yung様、良くぞこの録音をアップして下さいました。私の再生環境では素晴らしい音に聞こえます(特に27番)。
- 2020-02-14:yk
- 懐かしい録音ですね。この演奏を未だに”最低ランクに格付け”する向きがある・・・・と言うのは残念です(勿論、無暗に”最高ランク”に持ち上げる必要もありませんが・・・)。
グルダの録音の中でも何故この演奏が際立って”奇矯”なのか?・・・については、今となっては判りませんが、一つには指揮を執っているスワロフスキーの影響もあったのかも知れません。スワロフスキーにはモーツアルトの手稿、手紙などの研究からモーツアルトのピアノ曲演奏における”アドリブ”について色々例を挙げた考察があるそうです・・・・例えば、曰く、
<もちろん、モーツアルトも、協奏曲で(独奏が休止していて)オーケストラが演奏されているときには、彼に振り当てられた通奏低音をピアノによってアドリブ演奏したので、独奏楽器は休んでいる暇がなかった。こうした習慣がなくなったことが協奏曲像を本質的に変えてしまった・・・ハンス・スワロフスキー>(同曲DENONのCD-28C37-31、1985 ライナーノートより)
こう言った文章から、当時は、この録音に聞く”アドリブ”も”奇矯”な演奏と言うよりも、寧ろモーツアルトの時代の演奏の再現という意味で一種の原点回帰(の一環)としての(研究的・教育的?)試み・・・と言う意味合いが有ったように思われ、アバド等も育て当時ウィーン音楽教育界の重鎮でもあったスワロフスキーが、30歳代の若き俊英グルダを擁してこの録音を実現したとも考えられます。
いずれにしても、”正しさ(その他は”誤り”)”を金科玉条とする教条的な原点・ピリオド主義(の悪弊)がようやく一段落した(ように見える)昨今、この演奏ももう一度冷静な目(耳)で聴いてみれば、(好き嫌いは別としても)若さ溢れる挑戦(発)的なグルダのピアノがこういう形で残されたことは単なる”奇矯”以上に喜ばしいことに(私には)思えます。
- 2020-02-14:エラム
- この録音は初めて聞きました。
思わず「これ、ひっでえ!」と笑いながら叫んでしまいました。
しかし改めて痛感するのは、グルダのピアノの美音です。
彼のどの演奏を聴いてもピアノの響きの美しさが素晴らしい。
- 2020-02-13:Sammy
- 魅力的なドラティ指揮ロンドン響の一連のマーキュリー録音をついつい続けて聴いている中で、この演奏はちょっと趣が違うように思いました。
作品のロマンティックな特徴もあるのだとは思いますが、明瞭でシャープな基本的な雰囲気は確実にあるとはいえ、同時にしなやかなレガートや時に大胆なテンポの動かし方から豊饒な音楽がさりげなく立ち上り広がっていく様は見事です。
みずみずしい透明感と共存しながらいわく言い難い美しさが広がる音作りは絶妙で、作品の明るく伸びやかな美しさとさりげなくマッチして、聴いていてとても幸せな気分になりました。そして後半の緊迫と高揚も劇的で、終始クールなはずの演奏なのに、高い集中力故もあって独特の熱気が迫り、最後は感無量の堂々たる終結。
リストからの影響あってのスメタナのはずですが、作品のレベルでは「前奏曲」が「モルダウ」の足元にも及ばない…というなんだか複雑な気分になる現実を、彼らによる両方のすぐれた演奏、録音を聴くことを通じて、残酷なほど鮮やかに感じてしまいました。
- 2020-02-12:Sammy
- リストの「プレリュード」は派手さに関しても、深刻さに関しても、私としてはどうも中途半端な印象がぬぐえません。しかし、これだけこけおどしなく堂々たる迫力で真正面から切り込まれると、何かとてもいいものを聴いた感じになるのが不思議です。そして、この人たちの演奏で、もっといい曲(失礼!)を聴いてみたい、という思いが沸き上がってきます。
- 2020-02-11:Sammy
- オーケストラの重量感と技量の高さ、指揮者の明瞭で鋭い表現、くっきりした録音が相まって、作品が洗い直されたフレッシュで迫力のある形で眼前にまざまざと示される、新鮮な演奏と聞きました。作品の核心に向かって研ぎ澄まされていくような感じがあり、仰る通り、次世代に聞き継がれるべき名演のひとつ、と思います。
- 2020-02-05:joshua
- 11番の洗礼を受けたのは、この演奏。アンネローゼ.シュミットやカール.エンゲルといった東独のプレイヤーが早くに全集を作ってますから、いずれは聴くつもり。されど、邂逅はあるいは刷り込みなのかもしれないですが、大事にしたい。そう言えば、交響曲なら、このサイトで邂逅したラインスドルフ、ドラティのハイドン全集に通じる、比較的凹凸のない出来映え。広く聴き漁る楽しみ。
- 2020-02-03:備前屋の旦那
- なんと強烈な!。
セルといいライナーといいショルティーといい、ハンガリー人はは怖いおじさんだらけなのでしょうか?。
ハンガリーって怖い国なのでしょうか?。
そのライナーとクライバーンの共演によるシューマンは、オケとピアノの乖離を嫌ったシューマンらしさが表現されていて、実は一番シューマンらしいといえるかもしれません。
ですが、そういうクライバーンだからこそ、「難曲を自己主張たっぷりに弾きこなしてなんぼ、なピアニストの世界」には向いていなかったのかもしれません。
この演奏を聴くと、「この才能をすり潰すとは、ああ、もったいない」としかいいようがありません。
- 2020-02-02:ごんじー
- 昨年はベルリンフィルの「幻想」をFLACアップいただき有難うございました。お礼が遅れて申し訳ありません。
さて、ハーグ盤聞かせていただきました。当盤が発売されていたころ、批評家の諸氏は何かとベルリン盤と比較して高評価をしていなかったことを思い出します。しかし、比較するのではなく、これはこれでステレオという録音環境の進歩もあって指揮者の意図が生々しく伝わっつていい演奏かと思います。幻想」は指揮者冥利に尽きる楽曲なのかなー オッテルローは手練手管駆使して溌剌と演奏しているようです。
- 2020-02-01:Sammy
- 力で押す感じはなく、穏やかさと軽やかさが同居し、丁寧でありつつも飄々とした音作りを感じました。ほんの少しずつ念押し気味に、しかしさりげなく表情がつけられていて、それが一聴あっけらかんとしているような音楽に、歌うような表情、柔らかな陰影と彩りを節々に常にほんのりと添えているように思えます。
小編成のオーケストラと明瞭な録音の組み合わせで、室内楽的な、すっきりと歌い交わす声が優しくしかしはっきりと響きあうさまは、やや淡くかつそれでも常に味わいがある。
「新世界」はもっと劇的でラディカルな音楽ではなかったか?と思いつつ、激することのないこの穏やかさが、恐らく異色とも言えるにせよ、この演奏の美徳というか品格というか、そう言わずにおれません。
- 2020-01-31:joshua
- なるほど、27曲あるピアノ協奏曲を20番を境に、それ以前のナンバーの演奏スタイルはこれでいいではないか、という意見ですね。賛成です。クラウスはわかってこう弾いている。かつてのニュアンス豊かな弾き分けは、50年代と違った意味で必要ない、と。これは協奏曲というより、サロンで聞く室内楽と捉えましょうか?より近くにリリーを見て聴く貴重な音楽体験なのかも。
- 2020-01-27:Sammy
- 作品が好きなので、贔屓の引き倒しかもしれませんが、とても心地よく聴きました。堂々と、かつ溌溂としていてとても魅力的な演奏と思いました。
オッテルローとハーグのオーケストラの演奏にはどこか親密な雰囲気を感じることが多いのですが、この演奏も特に最終楽章など、室内楽的な部分は特にゆったりしっとりと抒情的で対話するような風情がなかなか素敵です。その点もこの作品の背後にあるハイドンと彼のオーケストラとの関係を想起させるところがある、と半ば妄想してしまいます。
- 2020-01-25:たかもり
- マルケヴィッチが来日して日本フィルを指揮した後、何年かしてオーケストラのストをめぐって分裂し、がんばれ日フィルと名付けられたコンサートが各地で行われている頃、私も縁あってコンサートのお手伝いをさせていただきました。終演後団員との懇親会という飲み会があったのですが、割と率直に聞く側の質問に答えてくれて、音楽ファンとしては夢のようなひと時でした。どの指揮者が良いか悪いかなんていうことも本音で話してくれました。マルケヴィッチが奮闘しているオーケストラの支援のため再来日して指揮した時のことで、日フィルのティンパニー奏者が本番前3日間不安で眠れなかったと言ってました。指揮通り叩くために悩んだそうですが、私はその演奏会を聞いてませんが演奏会評は極めて良かったように記憶しています。マルケヴィッチというと、いつもその時のティンパニー奏者の顔と、支援のためのドキュメンタリー映画で彼が出てくるシーンを思い出します。
- 2020-01-25:joshua
- フィガロの結婚、ドンジョヴァンニこそは、この顔合わせで同時期に実現した、シュワルツコプ、コッソット、ルートヴィッヒ、アンナ・モッフォを初めとするオールスター名録音ですね!果たして、上記2タイトルもPDに入ったのでしょうか?だとしたら感激です!すると、クレンペラーのドンジョヴァンニ、魔笛も視野に入ってきます。ショルティの指輪が上梓いただいたくらいですから。録音界にグランドマスター的夢の世界が存在した60年代です。ワルターも、オペラこそは、コロンビア響と残して欲しかった。さっきのクレンペラーは、70年代まで長生して、フィガロを録ったんですから。ジュリー二に戻りますが、音の悪いEMIカラスの椿姫は聞けたものじゃありませんが、上記2タイトルは、是非多くの方に聴いて頂きたいジュリー二壮年の傑作です。
- 2020-01-23:joshua
- これは、プラハのドヴォルザークホールでの録音ですね。してみれば、6曲すべて、録音されています。さらに、10年後の60年代にも、3番.5番6番の三曲が録音されています。ナクソスページで確認できます。ロストロは、92年を代表録音としながらも、没後にこれらが、公表されるのを知らなかったのでしょうか?なくなった21世紀初めには、インターネットも当たり前になり、予想はできたはず。チェリビダッケは、家族の承諾で録音が世に出た、ということですが、ロストロは無伴奏に限って、似たことを考えたのか?それほどに、この曲がロストロにとって特別な理由が有れば知りたいですね。
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[2026-03-12]

フォーレ:夜想曲第13番 ロ短調 作品119(Faure:Nocturne No.13 in B minor, Op.119)
(P)エリック・ハイドシェック:1960年10月21~22日録音(Eric Heidsieck:Recorded 0n October 21-22, 1960)
[2026-03-11]

バッハ:前奏曲とフーガ ホ長調 BWV.566(J.S.Bach:Toccata and Fugue in E major, BWV 566)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1961)
[2026-03-08]

ベルワルド:交響曲第4番 変ホ長調 「素朴な交響曲」(Berwald:Symphony No.4 in E-flat major "Naive" )
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年12月録音(Igor Markevitch:Berlin Philharmonic Orchestra Recorded on December, 1955)
[2026-03-05]

ヨーゼフ・マルクス:ヴァイオリンソナタ「春のソナタ」(Joseph Marx:Sonata for Violin and Piano in A major "Spring")
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)オットー・アルフォンス・グレーフ 1954年録音(Vasa Prihoda:(P)Otto Alphonse Greif Recorded on 1954)
[2026-03-03]

ハイドン:弦楽四重奏曲 ニ長調, Hob.III:63(Op.64-5) 「雲雀」(Haydn:String Quartet in D major, Hob.III:63(Op.64-5) "Lark")
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団:1954年5月録音(Vienna Concert House Quartet:Recorded on May, 1954)
[2026-02-28]

グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82(Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op.82)
(Vn)マイケル・レビン:ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1954年12月17日録音(Michael Rabin:(Con)Lovro von Matacic The Philharmonia Orchestra Recorded on December 17. 1954)
[2026-02-25]

ハイドン:弦楽四重奏曲第60番 イ長調 Op.55, No.1, Hob.3:60(Haydn:String Quartet No.60 in A Major, Op.55, No.1, Hob.3:60)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1936年11月19日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on November 19, 1936)
[2026-02-22]

ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 第1番 変ホ長調, Op.3(Beethoven:String Trio in E-flat major, Op.3)
パスキエ・トリオ:1950年代録音(Pasquier Trio:Recorded on 1950s)
[2026-02-18]

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番へ長調, Op.135(Beethoven:String Quartet No.16 in F major Op.135)
ハリウッド弦楽四重奏団:1957年4月22日,5月11日&6月1日,3日,12日,20日録音(The Hollywood String Quartet:Recorded on April 22, May 11 & June 1, 3, 12, 1957)
[2026-02-16]

スメタナ:わが故郷より(Smetana:from my hometown)
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)リディア・ベフトルト 1949年録音(Vasa Prihoda:(P)Lydia Beftot Recorded on 1949)