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メンデルスゾーン:フィンがルの洞窟 序曲

カラヤン指揮 ベルリンフィル 1960年9月録音

Mendelssohn:Fingal Cave Overture




一流の風景画

一般的に「フィンがルの洞窟序曲」と呼ばれる作品ですが、原題は「ヘブリディーズ諸島」となっているそうです。
メンデルスゾーンは20歳の時にイングランド、そしてスコットランドへと旅行をします。その旅行の時の印象を元に作曲されたのが交響曲第3番「スコットランド」なのですが、それ以外にも観光地として有名だったフィンガルの洞窟にいたく感動し、この序曲の主題が舞い降りてきたそうです。一生かかって呻吟しても何も舞い降りてこない盆暗作曲家にしてみれば何とも羨ましい話です。
そして、メンデルスゾーンはその感動をひとりの中に閉じこめておくことができず、姉のファニー宛にその感動をその主題とともに書き送ります。

「僕がヘブリディーズ諸島にどんなにひどく感銘を受けたか分かってもらえるように、頭に思い浮かんだものを姉さんに届けようと思います」

しかしながら、メンデルスゾーンはモーツァルトではありませんから、その舞い降りた主題をもとに一気に作品として仕上げることはできず(仕上げることが出来る方が異常なのですが)、ドイツに帰国後じっくりと時間をかけて完成させています。

メンデルスゾーンのことが大嫌いだった(金持ちで、おまけにユダヤ人だったから?)ワーグナーでさえも、この作品のことを「一流の風景画」と評しています。まあ、褒め言葉なのかどうかは微妙ですが・・・。


精神性に頼らない指揮芸術


カラヤンという人はどういう作品であっても聞きやすくゴージャスに仕上げる才能を持った人でした。しかし、そのことは何を聞いてもカラヤン風にお化粧されると言うことなので、中には作品そのものがもっている素直な良さをスポイルしてしまうことも否定できませんでした。
それから、なんと言っても、誰からも評価されてて「帝王」などと言う尊称を奉られていると、それを意識的に否定することで自分の「偉さ」を誇示したいと思う人も生み出しました。それを全て「アンチ・カラヤン」とは断定しませんが、それでもそう言うスノッブな動機でカラヤンを否定していた人も少なくありませんでした。
そして、そう言う「アンチ・カラヤン」な人々がひそかに心待ちにしていたのは「カラヤンの死」でした。

美術の世界などでは顕著なのですが、存命中は高く評価されていても、その作家が亡くなると一気に評価が下がります。(号あたりの単価が50%オフになるのが常識とか・・・)
音楽の世界も同じで、存命中にどれほど高い評価を得ていても、亡くなると同時に忘れ去られていくという人も少なくありません。
ですから、アンチ・カラヤンな人々は、カラヤンの評価なんて彼の政治力の賜物にしかすぎず、死んでしまえばその政治力も発揮できないのであっという間に忘れ去られてしまうだろうと期待したのです。

そして、その願望は1989年に叶えられることになりました。
おそらく、アンチ・カラヤンな人たちは、カラヤンの凋落がいつ始まるのかと、心ワクワクさせながらそのときを待ったはずです。
ところが、1年たっても、2年たっても、さすがに新譜は出てこなくなりましたが(^^;、カラヤンに対する評価はそれほど大きな変化はおこりませんでした。「おかしいな、○ー○なんかはあっという間に忘れ去られたのに、これはどういう訳だ?」と訝しく思ったのですが、その後5年たっても10年たっても、カラヤンはいまだに存命中であるかのように、彼の録音は再発され続けました。
そして15年たち、20年たっても状況に大きな変化はないと言うことになると、多少は心に素直さをもっているアンチ・カラヤンな人は「これは、いくら何でもおかしいぞ」と思うようになるわけです。

はい、この「アンチ・カラヤンな人」とは私のことです。(*_ _)人ゴメンナサイ

もう、ここまできたのですから、思い切って言い切っちゃいます。
カラヤンという指揮者は、同じ業界人の中で比べれば、フルトヴェングラーやトスカニーニ、さらにはワルターなどと肩を並べうる存在だったのかもしれないのです。(だった。・・・と言い切るにはまだ時間不足)

芸術という分野においては「時間」」こそが最も公正で厳格な審判です。評価に値しないものは時間の経過とともに消え去っていきます。
逆に価値あるものとは何かと言えば、時間の流れの中でも古びることもなく残されたもののことです。
この事実を素直に受け入れるならば、時間が残したものについては謙虚に評価して向き合うべきです。ですから、この数年はかなり意欲的にカラヤンの録音を集め聞き込んできました。

かつては、「カラヤンの余りよい聞き手ではない」と言ってきたのですが、最近はそこまで謙遜する必要がないレベルまで聞き込んできた自信はあります。
その聞き込んできた中でつくづくと感じたのは、カラヤンが偉大だったのは、20世紀の前半でフルトヴェングラーやトスカニーニが築き上げた指揮芸術というものに、まだ違うアプローチがあることをかぎ取り、そのかぎ取った世界をものの見事なまでに現実化したことにある、と言うことです。

ホロヴィッツのピアノに精神性を求める人はいません。もちろん、そのことをもって「奴には猫ほどの知性もない」と批判した評論家もいましたが、クラシック音楽という世界は「精神性」だけで成り立っているわけではないという当たり前の事実をものの見事に腕一本(いや、二本か?)で証明して見せました。事情はハイフェッツにおいても同様です。

ピアノやヴァイオリンみたいな器楽奏者の世界では、片方にバックハウスやケンプが存在し、他方にホロヴィッツがいても何の不思議もなく受け入れられてきました。
しかし、どういう訳か指揮芸術においては21世紀を迎えてもまずは「精神性」が求められ続けました。

ホロヴィッツは「猫ほどの知性もない」と酷評されても気にもとめませんでしたが、指揮者が「猫ほどの知性もない」と言われれば残念ながらいまだに致命傷です。
でも、そんなつまらぬ知性などはどこかに放り出して、鬼のようなトレーナーと化してオケを鍛え上げ、究極のシンセサイザーとして超絶的にゴージャスにして美麗なる音楽を聴かせてくれる指揮者が存在すれば素敵だとは思いませんか?

もちろん、カラヤンは人に負けないほどの知性を持っていましたが、しかし、彼が本当に求めていたのは、そう言うホロヴィッツ的な指揮者だったのではないかと思うようになってきました。

カラヤンが亡くなってから、クラシック音楽の世界にはカリスマがなくなったと言われます。
もしかしたら、その一番の原因は、誰もがお高くとまりすぎて、本当の意味でカラヤンみたいに馬鹿になりきれていないからではないでしょうか。

8月に入ってから、落ち穂拾いみたいにアップし切れていなかったカラヤンのパブリックドメインの音源を追加しています。
「帝王」カラヤンの地位を不動のものにし、そこから自分の信じた指揮芸術を形あるものに仕上げようとする入り口にあたる録音ばかりです。同じ時期に、彼は愛人であるウィーンフィルともまとまった録音を残していますが、やはり本妻であるベルリンフィルとの録音の方にこそ、そう言う彼の方向性が透けて見えるような気がします。

ただ、こうしてカラヤンの録音をまとめて追加しはじめると、必ず決まって「カラヤンみたいなつまらぬ指揮者の録音をアップする暇があるなら、他に紹介すべき録音がたくさんあるだろう!」みたいなネチネチしたメールをいただきます。
でも、私は改心したので(見方を変えれば「裏切り者?」)、これからも頑張ってカラヤンの録音はフォローしていくつもりです。
いまだにアンチカラヤンで頑張っている人も、いい加減「改心」されてはいかがでしょうか?

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