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ドヴォルザーク:弦楽四重奏曲 第14番 変イ長調, Op.105(Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105)

バリリ四重奏団:1954年録音(Barylli Quartet:Recorded on 1954)

Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105 [1.Adagio ma non troppo ? Allegro appassionato]

Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105 [2.Molto vivace - Trio]

Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105 [3.Lento e molto cantabile]

Dvorak:String Quartet No.14 in A-flat major, Op.105 [4.Finale. Allegro non tanto]


故郷チェコへ戻った喜びが凝縮

弦楽四重奏曲 第14番は、ドヴォルザークが完成させた生涯最後の弦楽四重奏曲です。
書き始めたの羽生ヨーク滞在時だったのですが第1楽章の途中で筆が止まってしまいます。ホームシックや、多忙な音楽院での仕事が影響したと言われています。
1895年4月、ドヴォルザークは家族と共にボヘミアへ戻ります。

しかし、帰国後しばらくは、庭仕事やハトの飼育を楽しみ、家族との穏やかな時間を優先したため、作曲から離れていました。筆が再び進み始めたのは12月に入ったころでした。
この曲には、アメリカ時代の「黒人霊歌」や「インディアンの音楽」の影響よりも、「自分のルーツであるボヘミアに戻れた喜び」が強く投影されています。
これ以降、彼の関心が交響詩やオペラへと移っていったために、弦楽四重奏曲としてはこの作品が最後となったのでした。


  1. 第1楽章 Adagio ma non troppo - Allegro appassionato
    チェロから始まる変イ短調の重々しい序奏で幕を開けます。この内省的な雰囲気は、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲を彷彿とさせます。
    一転して明るい変イ長調の「アレグロ・アパッショナート」へ移り、躍動感あふれる第1主題と、3連符のリズムが特徴的な優美な第2主題が提示されます。
    展開部ではこれらの主題が緻密に組み合わされ、最後は祝祭的な盛り上がりの中で終わります。

  2. 第2楽章 Molto vivace
    チェコの民俗舞曲「フリアント」のリズムを取り入れた、非常にエネルギッシュなスケルツォです。
    シンコペーションを多用した力強い主部と、対照的に穏やかでロマンティックな中間部(トリオ)から成ります。

  3. 第3楽章 Lento e molto cantabile
    「歌うように」という指示の通り、極めて美しい旋律が支配する緩徐楽章です。
    祈るような穏やかな賛歌から始まりますが、途中でチェロの不穏な響きとともに、ワーグナーの影響を感じさせるような半音階的でドラマチックな展開(中間部)を見せます。
    最後は再び冒頭の安らぎに満ちた旋律が戻り、静かに消え入るように終わります。

  4. 第4楽章 Allegro non tanto
    チェロが突然「うなる」ような短い動機を提示し、一瞬不穏な空気が流れますが、すぐに明るい舞曲風の主題へとはじけます。
    ボヘミアの活気に満ちたリズム(ポルカなど)と、第1楽章の回想などが巧みに交差する、構成力の高いフィナーレです。
    最後はドヴォルザークの全弦楽四重奏曲の締めくくりにふさわしい、圧倒的な幸福感と歓喜のコーダ(終結部)で幕を閉じます。




こすっからい存在

ウェストミンスターに残されたバリリ四重奏団やウィーン・コンツェルトハウス四重奏団の録音を聞いてみると、今風の演奏比べれば縦の線なんかはかなりいい加減です。さらに、アンダンテやアダージョの楽章なんかになると、いかにもおらが町の音楽はこうなんだ!と言うような土着性(媚び?)を感じさせてくれるます。
言葉をかえれば、ハイドンやモーツァルト、ベートーベン、シューベルト等々の「おらが町」の音楽家の音楽を「おらが風」に演奏してきた伝統を強く感じさせます。
もちろん、「おらが町」ではないシューマンやブラームスであっても、さらにはそれよりも遠い地のドヴォルザークにヤナーチェクに、さらにはレスピーギであっても「ウィーン風」に演奏してしまうのです。

しかし、こういう音楽の形に安易に「ウィーン風」という形容詞を冠するには注意が必要です。

何故ならば、ウィーンにおける戦前の演奏を聴いてみると意外なほどに端正な演奏をしていることが多くて、いわゆるこういう「ウィーン風」の演奏には出会わないという事実があるからです。
そして、私たちが一般的にイメージする「ウィーン風」の演奏というイメージの少なくない部分が、アメリカのウェストミンスターというレーベルによって作られたのかもしれないという「疑惑」が否定しきれないのです。

ウェストミンスターというレーベルがヨーロッパに乗り込んできたのは40年代の終わり頃でした。
第2次世界大戦の傷手は至る所に残っていて、クラシック音楽の世界と言っても未だに立ち直るには時間と金がいる状況だったのです。そして、そう言う危機的な状況だったが故に、ウェストミンスターという新興レーベルがウィーンの音楽界に食い込むことができたのです。

そして、そう言うレーベルから録音の依頼があったときにウィーンの音楽家連中は考えたはずです。
海の向こうのアメリカでは鬼のような即物主義が音楽界を席巻しているらしい、…それならばそれと同じスタイルで勝負するのはどう考えても得策ではない、…当然のことながら、レーベルの方にしても、そんなスタイルの演奏は望んでもいないだろう、…それならば、アメリカとは異なった自分たちのスタイルを前面に押し出すことこそが世界市場で売り出していくための武器だ…(私の妄想ですが^^;)」と考えたはずです。

そして生まれたのが、いわゆる「ウィーン風」の演奏だったのです。(言い切っちゃいます!!)

その「ウィーン風の演奏」とは、今まであまり意識もしていなかった自分たちの独特な演奏スタイルをもとにしていま。それは間違いありません。
そして、世界市場で売り出していくための武器として再認識しはじめた時に、よりデフォルメされた形で昇華した演奏スタイルだったのです。
ですから、私たちが伝統的スタイルと信じてきた「ウィーン風の演奏」とは、マーラーが毛嫌いした「怠惰の別名」としての伝統ではなく、新しく再構築された演奏スタイルにつけられた「戦略的ブランド名」だったのです。

そして、おそらくこの戦略は、その後の歴史を見れば大成功であったことは疑う余地はありません。
ウィーンという町は言うまでもなくハプスブルグ帝国の都として栄えてきた町です。まさに都市の中の都市であり、それ故に、そこに住まう連中は骨の髄までの都市の人間なのです。

そして、本当の意味での「都市の人間」というのは実にこすっからい存在なのです。
白洲正子は京都の人間を「千年のすれっからし」と呼びました。
そして、いわゆる「ウィーン風」の演奏は、そう言うこすっからい連中でなければ表現できない味があることを忘れてはいけません。

バリリ四重奏団やウィーン・コンツェルトハウス四重奏団のメンバーは流石の都会人なのです。
ウェストミンスターは本当に素晴らしい録音を残してくれました。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



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