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リスニングルームによせられたコメント
リスニングルームによせられたコメントをまとめたコーナーです。多くの方の熱いコメントを期待しています。(2008年3月10日記)
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- 私が10代後半の頃、CBSソニーから「ベストクラシック100」というレコードが出ていました。ジョージ・セルに関心を持ち始めた私は、すかさず彼のモーツァルト交響曲39番・40番のLPを購入しました。40番の方は、素晴らしい演奏と思いつつ、当時家にあった家庭用ステレオでは音がきつく聞こえたので、もっぱら39番の方を聴いていました。ここで驚嘆したのは、クリーヴランド管弦楽団の弦の響きのクールな美しさでした。
実はこの演奏、小林利之氏の著書『ステレオ名曲に聴く』には、「娯楽性はまったくありませんが、やはり忘れられない演奏です。」と書かれていて、「この曲には娯楽性なんて必要ない!」なんて息巻いていたのも懐かしい思い出です。
- 2021-07-02:はい、どーん
- バルトークのカルテットを初めて聞いたとき、「これはベートーヴェンだ!」と思いました。専門的なことはなーんもわからんただの音楽好きですが、直感でそう思ったのです。
以来バルトークの音楽にとても親しみを寄せています。伝記も読みました。「父・バルトーク」というの読んだことありますか。すてきな本です。題名通り、息子さんが父親の思い出を語るというものですが、ほんとうに父のことを愛情を込めて書いているのが感じられて感動的です。
天才作曲家の特徴というのは、古今東西の音楽に通じているマニアであるということと、さらに新しい楽器の扱いに精通していることだと思います。バルトークはベートーヴェンやモーツァルトをほんとうに敬愛していた。伝統の否定から新表現が生まれたのではない。
その知識に基づいて自由に「交配」を行います。最新のものと最古のものとをかけ合わせる。西のものと東のものを混ぜ合わせる。…たとえばピカソは、当時パリで最新のアートと、アフリカの原始美術を合体させました。すると知識のない素人には、何もないところから飛んでもない変異種が生まれてきたというふうに見えます。
自作の初演をフルトヴェングラーに依頼したこともあるそうだから、合奏の完璧にこだわる人ではなかったのでしょう。残された自作自演の録音を聞いても、けっこう恣意的にテンポを動かして情感を出しています。
取り留めのない文章を送ってすいません。私が言いたいのは、バルトークの音楽はすてきだ! ということです。音楽愛と、知的好奇心にあふれているからです。
- 2021-07-01:りんごちゃん
- いつも大変お世話になっております
わたしは「グールド信奉者」というわけではないのですが、管理人さんがここで書かれていることを読みますと、最後のところでかゆいところに手が届いていないなという印象を持たざるを得ませんので、ちょっとだけ補足してみるのもよいかと思います
Mr.Sのシューベルトの未完成のページなどに管理人さんが書かれていることをまず引用させていただきますと
「最初から求めもしなければ追求もしていないものがないからと言って文句を言うのは筋違いで、もしもそう言うものが欲しいのならば、そう言うものを「売っている」お店に行けばいいのです。」
もっともな話ですよね
ゼルキンの演奏する第五番に管理人さんの言われるような魅力があることは承認してよいと思うのです
一方グールドははじめからそのようなものは眼中にないので、管理人さんの仰るようなことをいわれても多分痛くも痒くもないでしょう
グールドに対しては、例えばピアノソナタ32番で達成されているような、めちゃうまでファンタスティックな詩情あふれる音楽を作り上げることに失敗しているとだけ言ってあげればよいのです
でグールドがベートーヴェンのピアノ協奏曲でファンタスティックな詩情あふれる音楽の実現におおむね失敗しているのは間違いないと思うのですが、ピアノソナタ32番のような演奏に周囲から合わせるのはまず無理そうですよね
そのようなことができるのは多分グールド位のものでしょう
結局第五番の演奏のように、出だしは「おっ、これは面白いかな!」と思うものであっても、共演者がグールドの意図についていくことができず、「破綻をきたさないようにおつきあい」をする以外のことが出来ないので、グールドの方から共演者にすり寄っていく以外に選択がなく、ピアノソナタ32番のようなグールド的魅力にあふれる演奏にも、またゼルキン的魅力にも欠ける中途半端なものにとどまらざるを得なかったのでしょう
こちらには第一番の演奏だけが上がっていませんが、グールド作のカデンツァの著作権が切れていないということなのでしょうか
このカデンツァの中に、グールドがベートーヴェンの協奏曲をどのように演奏したかったのかが凝縮されているようにちょっと思えるのです
第一番の演奏では、異様に速いテンポでクールに暴走している中になんとも言えない滑稽さが感じられる所が良いと思うのです
第1楽章のカデンツァは何故かフーガになっており、その場違い感がなんとも言えず滑稽で実にシュールな演奏に仕上がっています
実際のところ、このカデンツァで使われているテーマはもともとコミカルに聞こえるところのあるものでして、ベートーヴェンはそれを大真面目に使っているのですが、グールドのように弾くとそれが滑稽に聞こえるところが面白いので、作曲者が大真面目に振る舞っているところとの落差が大きくそれが実に効果的に聞こえるという点で、この曲はこのような演奏に大変向いている曲なのかもしれません
笑いというものは真面目に説明するだけ余計なお世話ですので説明はこのくらいにしておきましょう
そういえば、グールドはモーツァルトのピアノソナタでもこういう変な演奏を繰り広げているのですが、モーツァルト本人はそういう阿呆が大好きな人間だったので、きっと墓の中で大喜びしていることでしょうね
グールドは多分モーツァルトと同じようにDifficile lectu mihi marsなどと真面目な顔をして歌っているだけなのです
グールドはこういう演奏を大笑いして楽しみたいだけなのでしょうが、そういうものを理解できないタイプの人にとっては、グールドの演奏ははじめから理解不能な部分がかなり大きいのではないかと思いますし、それはやむを得ないことでしょう
グールド本人も誰もがこれを評価するなどとは思っていないでしょう
多分バーンスタインの頭の中にはこういったものはかけらもなかったのでしょうね
グールドが協奏曲を演奏できない最大の原因はそんなあたりにきっとあったのではないかという気がいたします
この5曲の中では第一番の演奏が一番出来が良いと思うのですが、伴奏者はこれだけがゴルシュマンでして、ゴルシュマンとはバッハでも息のあった演奏を達成していますから、彼だけがグールドの意図を理解しそれに合わせることができる指揮者だったようです
グールドは他の曲でもこのくらい変な演奏にしたかったのではないかと思うのですが、流石にそれには障害があまりに多すぎたようですね
管理人さんによると、グールドは「ベートーベンは独りよがりな作曲家の究極の歴史的例証」などと言っていたらしいですね
わたしはこの言葉は概ね正しいのではないかと思うのですが、同じように「グールドは独りよがりなピアニストの究極の歴史的例証」ということもできるかもしれませんね
こう言ってしまいますと、ベートーヴェンに対してもグールドに対しても最大級の賛辞となってしまいますが
協奏曲というスタイルはそれに絶望的に向いていないのは確かなようでして、5曲ともゴルシュマンと組んでおけばよかったのにと思わずにはいられません
- 2021-07-01:ほんのむし
- 畠山陸雄さんによるハスキルの伝記を読んでいます。4歳のとき、ブカレスト音楽院の教授のところへ連れて行かれて、モーツァルトのソナチネを聴かされて、初めて聞いたその曲をただちに再現した、しかも転調して、とか、8歳のときにウィーンで初の協奏曲公演としてモーツアルトの23番を弾いて高い評価を受けたとか出ています。が、本格的にモーツアルトに取り組んだのは40代になってから、といった表現も出ています。また、キャリアの中でも、ステージ恐怖症をかかえながら、協奏曲には多く取り組んでいますが、ベートーヴェンの3番と4番、シューマンのもの、ショパンの2番、モーツアルトの9番、13番、19番、20番、23番、24番、27番ばかりが繰り返し、取り上げられています。22番は2回、15番、25番は1回きりか。バッハの幾つかの協奏曲、そしてラフマニノフの2番もわずか。他方、ベートーベンの5番は一度も出ず、ショパンの1番も2回ほど、ブラームスの2番も1回きり。パリで学んだことから、サンサーンスの4番、5番とかファリャとかもありますが、今のようにメディアも少なく、録音が盛んでなかった時代の特徴なのか、彼女が圧倒的評価を受けたのが遅れたせいもあるもしれません。シューベルトの2曲のソナタがレパートリーに入ったのも、50代になってからのようです。
テクニックとかミスタッチとか問題となると、現代の演奏家のほうが決まっていると思いますが、ピアノを聴きたいとなると、とりあえずハスキル、となってしまいます。刷り込みのせいもあるんでしょう。何十年の前の録音を30数年にわたって、百回以上聞いてきましたが、たとえミスがあっても、彼女の思いが万全に表現できますように、と思ったり、うまく行った、すばらしいと思いながら聞くなんて、まあ、好きなんでしょうね。
その伝記を読むことで、病気がちで、貧しい生活を強いられながら、それを何も感じさせないピアノへの献身、支援者の輪、リパッティとの尊敬や愛情に基づく交友、共演した指導者、演奏家、指揮者たち、コルトー、カザルス、マガロフ、バックハウス、グリュミュオー、アンセルメ、フリッチャイ、マルケヴィッチ、シェルヘン、モントゥー、カラヤン、クーベリックなどの横顔なども垣間見られて、演奏家の人生というものについて、いろいろ考えさせられました。(クララより2歳下で同門で小学校も同じだったセルの腕白ぶりというも、わずかですが、出ていました)
あと、もしよろしければ、モーツアルトのヘ長調のソナタもアップしていただければ幸いです。タッチの柔らかさ、しなやかさと深さが、よく聞き取れる演奏です。
- 2021-06-30:コタロー
- ヴァイオリニストとしてのシモン・ゴールドベルクが聴けるとは大変うれしいことです。彼の演奏は、彼の指揮ぶりと同様、「知・情・意」のバランスが取れていてとても良いですね。下手な感傷に陥らないところが彼の美点だと思います。
- 2021-06-28:アドラー
- 「暴演」。。。うーん、確かにクラウスさんのテンポは、第4楽章は安定してないですね。聴いていて落ち着かないです。仮にこれがクラウスの目指した音楽なのなら、彼はこの音楽で何を描こうとしていたのかな、とも考えました(が分かりません)。私のイメージですけど、オケの中でも落ち着きをなくしているような奏者もいるようだけど、そんな指揮のもとでもメンタルが強いのか、比較的落ち着いてやっている人もいるように聞こえます。
このテンポの揺れですけど、安定してないとはいえ、演奏会場で聴いていたら自然に感じるかもしれない、という程度のようにも思います。
オケの明らかな混乱は、第3楽章の冒頭に見られますね。聴いていて、一瞬何が起こったのか?私の耳がおかしくなったのか?と思いました。面白いです。
- 2021-06-28:コタロー
- ショーソンの交響曲はモントゥーがサンフランシスコ響を指揮した演奏を初めて聴いたのですが、モノラル録音のせいか、さほど感銘を受けませんでした。その点、パレーの演奏は、音楽の持つ躍動感だけではなく、叙情性をも上手く表現しているような感じがします。
大阪出身の音楽評論家である出谷啓氏がこの演奏を「花園のなかにいるよう」と評したのは、卓見だと私は思います(この演奏のオリジナルジャケットはとても美しいそうですね)。そういえば、ポール・パレーという指揮者の名前を聞いたのも、出谷氏の文章が最初でした。
そして、パレーの演奏に幅広く接することができたのは、ユング様のサイトのおかげです。
偶然にも、大阪出身のお二人がパレーに対して眼を開かせてくださったというのは面白い事実ですね。
- 2021-06-27:アドラー
- 私は月光ソナタ、特に第1楽章はホロヴィッツが好きで、このサイトであげて頂いているどちらの演奏もとても好きです。気負うことなくすっと弾き始めたらいっぺんにロマン派の世界に集中が高まるような自然さとか、その濃い集中に思わず引き込まれてしまいます。その点、ケンプやバックハウス、ブレンデルの月光は、ホロヴィッツとは違うメロディックな音楽世界を感じさせて、それはそれで魅力はあるけど、メロディを作るためにテンポを少し速くしているような感じがして、私にはわざとらしさが感じられます(ケンプやバックハウスが好きな人には申し訳ないけど)。このグルダの第1楽章は、ホロヴィッツと違う静けな暗さがあって、ホロヴィッツの方は月が映った湖面が目に浮かぶような感じもしますが、グルダの方は湖面のイメージが合わない暗さと、息を呑むような集中を感じます。こんな月光初めて聞きました。とてもいいです。第3楽章もとてもいいのですが、すごく細かな不満があって、ペダルのためなのか、第1楽章の緊張感が、やや鈍っているように感じます。ごつごつしていてもいいので、もう少しペダルを減らせてもらえれば。。。おそらく第1楽章から順に録音したんでしょうけど、もし第3楽章を先に録音したらこうはならなかったんじゃないか、という程度の違いではあるんですけど。
- 2021-06-26:コタロー
- フランクの交響曲とのファースト・コンタクトは、不幸なことに(?)、カラヤン指揮、パリ管弦楽団のものでした。カラヤンの演奏はテンポが遅く、録音も霞がかかっているような感じに聴こえました(それは、再生装置のせいもあったかもしれません。なにせ、家庭用の普及形のステレオでしたから)。この曲で目から鱗が落ちたのは、後年モントゥー指揮シカゴ交響楽団の演奏のCDを聴いた時でした。とにかくカラヤンの演奏では晦渋と感じたこの曲がこんなにチャーミングに聴こえるとは!
そして今回のパレーの演奏はまさに目から2枚目の鱗が落ちるような、なんとも疾走感のある演奏で、とても良かったです。
- 2021-06-26:toshi
- 私の所有するLPにジョゼフとリリアンのモーツァルトの二重奏曲がありました。
先日処分しましたが・・・
- 2021-06-26:joshua
- 中学時代、音楽鑑賞の時間。U先生が誰のヴァイオリン協奏曲が一番好きだ?って訊かれました。40人の教室で。その問答をあとで同級生から、「先生とお前ふたりでしゃべっとったな」と茶化されたものです。そのとき何気なしにバッハ、と口から出てしまうと、先生はバッハにヴァイオリン協奏曲はなかったね、と。自信の無かった私は、そうでしたねとお茶を濁したものの、気になり、当時のFMエアチェックから、レオニード・コーガンのソロ、バルシャイの指揮に依るものを探し当て、先生まで進言したのを思い出します。ありふれた他愛ない話ですが、自分には懐かしい。これは何度聞いても汲みども尽きせぬニュアンスに満ちた音楽。あれから、45年。落ち着きたいときはこの曲、特に1楽章に戻ってきます。その間、シェリング・ウィンタートゥール盤を聴き、旧フェスティバル・ホールまでシェリングを「見に」行ったものです。グリュミオーの新旧2種もよかった。もちろん紹介いただいたこの、シュナイダーハンも多数回聴いてきました。今回気になって、指揮者Rudolf Baumgartnerしらべてみました。スイス人。ルツェルン音大教授。84歳没。彼からちょうど30年遡る1987年生まれのオーストリア人、Bernhard Paumgartner。ワルターの弟子でカラヤンの師でもあった人。グリュミオーのMozart協奏曲第1回全集でウィーンシンフォニカーのバトンを振った人です。老眼をこすってよくみました。前者は「バ」、後者は「パ」なんですね。
- 2021-06-26:Sammy
- くっきりとした明瞭さ、颯爽としていながらコクのある豊かな上質のオーケストラの響きで、とても魅力的な素晴らしい演奏だと思いました。yungさんの楽曲解説が「極上のショーピース」そして演奏が「極上のサウンド」とありましたが、そういう楽曲と演奏の質の高いフィット感が心地よく感じられました。
- 2021-06-25:コタロー
- 傑出した演奏です。そのパッションはかのトスカニーニの演奏に匹敵しています。また音楽的洗練度もきわめて高いです。そして第4楽章の主部ではトスカニーニが踏みしめるような遅めのテンポで進行させるのに対して、パレーはトスカニーニとは対照的に一気に駆け抜けるような風情です。そして、何故かそれが不思議な感動を呼ぶのです。それはパレーの豊かな音楽性に裏打ちされているからでしょう。この演奏は、名盤の仲間入りをさせてあげたいと思います。
- 2021-06-24:コタロー
- アルペジオーネ・ソナタは、わずか31歳で早逝したシューベルトの悲哀をいっぱいに詰め込んだ音楽ですね。マイナルディの演奏はそんなシューベルトの気持ちに寄り添った優しさをたたえた音楽になっています。
話は変わりますが、アルペジオーネを忠実に復元した楽器を作ったら、音楽学者どもは喜ぶでしょうが、演奏者たちからはそっぽを向かれてしまうこと間違いないでしょうね。バロック時代に流行していたヴイオラ・ダ・ガンバでは代用できないのでしょうかね(音量的にピアノとは張り合えないかもしれないですね?)。
- 2021-06-23:joshua
- 昨日のアタウルフォ アルヘンタ、セル、サヴァリッシュ、そしてこのショルティ、ピアノ一本でも食うには困らない名ピアニスト、でも指揮の魅力には抗し難い。自分で音を出さないのか、人を制して自分が出したい音を出させる、これが最大の音楽家の主体性の顕れ何ですね。指揮者は言葉で指示し、練習を重ねて自分の持つ音に近づける。言葉のない奏者たちは、せいぜい指揮者の悪口を裏で叩く。この構図が成り立つ時、指揮者は音楽で食う人から100人を制する施政者になるわけでしょうか。ソリスト、室内楽メンバーはそれが嫌なのか、自分の音楽をする。ピアノは如何程か知りませんが、ベームは明確に自己の出したい音を持って指揮した、といいます。オケに自分の音を出させて酔いしれる姿は、リスナーの我々が名演に酔いしれるのに案外近いんじゃないでしょうか? スコアを見て自分の音を描けることは、無論素晴らしい。でも、リスナーは楽員と確執も持たない。
- 2021-06-22:joshua
- 自家用車の暖房をかけっぱなしにしている間に換気を怠り一酸化炭素中毒で死去。同乗者は助かった、アルヘンタ45才。頓死が無ければ、もっと面白い演奏を残してくれたと思いますよ。イエペスのギターでアランフェスの伴奏を付けていたこの人。チャイ4を残しています。ぜひ聞きたいですね。シューベルトのグレートが独特だったし。
- 2021-06-21:joshua
- あるところにはあるもんですね。録音が心もちメタリックで薄く感じられるのは、携帯で聴いたからでしょうが、弦は、ブンブン震えるボーイングが感じられるほど克明に伝わってきます。同時期にティタニアパラストでベルリンを振ったフルベンの熱演と似てるかな、と思いきや、4楽章コーダは鮮やかに処理して天晴れです。同日のジュピターが楽しみです。両シュトラウス以外のクラウス、面目躍如です♪
- 2021-06-21:ブラ1も
- ウイーン交響楽団との第1交響曲もいいです。最近若いころのチェリ演奏を聴いてます。1957年のベルリン放送とのベト7も素晴らしいと思いますが後半が録音できてないんですよね。1970年代にフランスのORTFとの演奏もあるみたいですが、すでに自然な流れを拒否し始めてるので1957年の録音がコンプリートだったらよかったとしみじみ思います。というか1990年半ばまで活躍した指揮者のあえて40年代や50年代の演奏をサルベージしなきゃいけないって・・・変ですよね?
- 2021-06-21:コタロー
- この曲のファースト・コンタクトは中3の頃でした。ひょんなことから「ホルン音楽の魅力」(タイトルの記憶は定かではありませんが)のようなレコードを購入して、そのA面にこの曲が入っていたのです。今となっては指揮者名も忘れてしまいましたが、結構面白い音楽だと感じて聴いていました。
ひるがえって、このサイトでゴバーマンのハイドンの一連の交響曲がアップされたとき、この曲は残念ながらアップされませんでした。
半ば諦めかけたときに、何とクラウス指揮の90年以上も前の録音がアップされたのです。
大きなノイズが入る部分がありますが、音質は総じて明瞭です。何といっても当時のホルンの古色蒼然とした音色が満喫できるのが魅力です。クラウスの指揮は思いのほか颯爽とした仕上がりですね。
- 2021-06-17:コタロー
- ハイドンのオラトリオって面白いですね!ビーチャムの「四季」も楽しかったですが、この「天地創造」は神話的な世界観が忠実に再現されていて、約2時間に及ぶ全曲を一気に聴き通してしまいました!
演奏の方も、ヨッフムが創設まもないバイエルン放送交響楽団に対してやる気のみなぎる指揮ぶりを見せて素晴らしいです。1951年のライヴ録音ですが、音質も良好です。
それにしても、何の先入観を持たずに無心な気持ちで音楽に接してみると、意外な名曲を探り当てることができるのですね。
- 2021-06-16:古川賢一
- いつもお世話になっております。
シュナイダーハン、いいですね。
モーツアルトとヴァイオリンの関係ですが、確かにピアノコンチェルトに対して、ヴァイオリンコンチェルトは早々に書き終えていますね。
ただ、ヴァイオリン・ソナタをみると、コンチェルトの5番(1775年)より後、たとえば第36番は1781年にも作曲されています。
そして、演奏技術的にも楽想的にも、ヴァイオリンがピアノと対等な立場になっており、二重奏ソナタとしてのほぼ完全に近いバランスが実現されていると云われています。
従って、決別したのはヴィルオジティを示すコンチェルトから決別したのであって、ヴァイオリンの表現の追求をやめたわけではないように思うのですが。
- 2021-06-14:コタロー
- 本の世界には「稀覯本(きこうぼん)」といって、めったに読むことができない本というのが存在するのですが、この音楽はまさに「稀覯音楽(?)」といえるのではないでしょうか。
もちろん、私自身初めて聴いたのですが、音楽の傾向としては印象派的な一種の「やさしさ」が支配していると言えそうです。
また、ベイヌム指揮するアムステルダム・コンセルトヘボウの優れた演奏も印象に残りました。
このような珍しいレパートリーが聴けるのも、このサイトの魅力ですね。
- 2021-06-10:コタロー
- 私はこの演奏を聴いて、今は亡き山本直純氏を思い出しました。昭和50年代頃だったと思うのですが、日曜日の午後に「オーケストラがやって来た」というテレビ番組がありました。ここでは、山本直純氏が実際にオケを指揮しながら、様々なクラシック音楽を面白く料理して楽しませてくれました。このグーセンスによる編曲も発想は同じところにあるのではないでしょうか。とりわけ、金管楽器と打楽器を強化することで、この曲の持つエンターテインメント性を極限まで引き出したものだといえます。その意味で、こんな奇抜な「メサイア」の演奏は二度と現れないでしょうね。
- 2021-06-07:toshi
- チェリビダッケ、これほど不思議な指揮者はいないと思います。
ベルリンフィル時代とその後のスウェーデン時代以降と音楽のスタイルが全然変わっていて、戸惑います。
どちらにしても、あの莫大な回数のオケのリハーサルを容認したオケがあったことには驚かされます。さすがに、パリ管は20回のリハはOKできなかったようですが・・・
- 2021-06-07:コタロー
- カサドシュというと、ジョージ・セルとの協演によるモーツァルトのピアノ協奏曲が有名です。若い頃はこれぞ理想のモーツァルトだと思って聴いていたのですが、歳を取るにつれて、なにか予定調和的な物足りなさを感じるようになっていったのも事実です。
その意味で、いわば他流試合的なこの演奏には強い興味を持って聴くことができました。カサドシュもモーツァルトの時とは違って伸び伸びとふるまっていますね。また、ベイヌム指揮するアムステルダム・コンセルトヘボウ管も見事な演奏を繰り広げています。
それにしても、ベイヌムがこの録音の約一か月後に急逝してしまったのは痛恨の極みです。アムステルダム・コンセルトヘボウ管にとっても一大損失でしたね。
- 2021-06-06:しょうちゃん
- バッハの「音楽の捧げもの」は、レーデル&ミュンヘン・プロ・アルテの演奏が好きです。テレマンでも懐かしいその響きを聴かせてもらいました。何故かほっこりします。
- 2021-06-05:Hiro
- この演奏会に至る過程についてバーンスタイン自らの書簡が公表されています。
The Truth About a Legend by Leonard Bernstein (https://leonardbernstein.com/lectures/writings/the-truth-about-a-legend-glenn-gould)
グールドの死後に発表されているので柔らかな表現になっている可能性はありますが、お互いリスペクトをもって演奏したことがうかがえると思います。
- 2021-06-05:コタロー
- この演奏は、30数年来CDで愛聴してきたものです。アンセルメの演奏はエレガントの極みで、何度聴いても飽きない素晴らしいものです。今回アップしていただき、ありがとうございました。
- 2021-06-04:コタロー
- 10点満点です。とりわけ、初めの2つの楽章からは深い感銘を受けました。
この名演奏がパブリックドメインとして、このような形で聴けることは大変ありがたいことですね(私的には、この演奏に匹敵するのはカザルス=マールボロのライヴ録音だと思っています)。
- 2021-06-04:サンセバスチャン
- ショーンバーグはホロヴィッツと親しく交際していました。また、ホロヴィッツの演奏を酷評しておりません。そのあたりユング様の誤解があるように思います。ネコほどの知性もないが、演奏は素晴らしいというような意味で使っているのだと思います。学究的なピアニストへの皮肉じゃないでしょうか。ホロヴィッツの家には作り付けの巨大な書棚があり、膨大な楽譜で埋まっていました。
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[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)
[2026-09-24]

マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)
[2026-09-22]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-09-20]

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)
[2026-09-18]

ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)
[2026-09-16]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 「海の嵐」Op. 8, No. 5, RV 253(Vivald:Violin Concerto in E-Flat Major, Op. 8, No. 5, RV 253, "La tempesta di mare")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)
[2026-09-13]

アルビノーニ:ソナタ イ長調(Albinoni:Sonata In A Major, Op. 2, No. 3)
レナート・ファッサーノ指揮:ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:Virtuosi Di Roma Published in 1958)
[2026-09-11]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067(J.S.Bach:Orchestral Suite No.2 in B minor, BWV 1067)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-09-08]

サンティーノ・ガルシ:リュート曲集(Santino Garsi:Pieces For Lute)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:1953年4月7日~8日録音(Walter Gerwig:Recorded on April 7-8, 1953)
[2026-09-06]

オーランド・ギボンズ:幻想曲(Gibbons:Fantasies)
スコラ・カントゥルム・バジリエンシス・ヴィオール属合奏団:1954年4月29日~5月3日録音(Gambenconsortder Schola Cantorum Basiliensis:Recorded on April 29-May 3,1954)