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モーラ・リンパニー(Moura Lympany) |ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30(Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 Op.30(Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30)
(P)モーラ・リンパニー:アンソニー・コリンズ指揮、ロンドン新交響楽団(Moura Lympany:(Con)Anthony Collins New Symphony Orchestra of London Recorded on 1952)
Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30 [1.Allegro ma non tanto]
Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30 [2.Intermezzo: Adagio]
Rachmaninov:Piano Concerto No.3 in D minor, Op.30 [3.Finale: Alla breve]
難曲中の難曲
今では映画「シャイン」のおかげで、2番のコンチェルトよりも有名になってしまったかもしれません。なんといっても、古今東西のあらゆるピアノ協奏曲の中でこれほどまでに演奏が困難なものはちょっと思い当たりませんし、映画でもその点を強調して主人公はその困難さにとりつかれて精神に異常をきたしてしまうのですから、話題性は満点です。
しかし、どうなんでしょうか?最近のバカウマの若手連中なら誰でも弾きこなすのではないでしょうか。確かに難しいことは難しいでしょうし、とりわけ2種類あるカデンツァのうち「ossia」と呼ばれる方はとんでもなく難しいものです。それでも、演奏するだけなら何とかやり遂げるだけの能力は今の若手ならほとんどが身につけているのではないでしょうか。
それはさておき、この作品を聞けば、派手さはあるものの2番のコンチェルトで聞けたロシアの郷愁のようなものは後退していることに気づかされます。それは、この作品がラフマニノフのアメリカへの演奏旅行のために創作されたという経緯とも関係しているのかもしれません。当時のアメリカではとにかく派手な名人芸がもてはやされていましたから、この作品ではラフマニノフの芸人魂が爆発したかのような作品が出来上がってしまったのではないでしょうか。
とにかくピアノという楽器を使ってどこまで圧倒的に音楽を盛り上げることができるのかという課題に対する一つの模範解答がここにあることは間違いありません。
ただしなのです。
この作品に限ったことではないのですが、私には彼の作品に散漫でとりとめのない雰囲気を感じ取ってしまうのです。その散漫さが2番のコンチェルトでは影を潜めていたのが、ここでまたあふれ出してきたように感じられます。
ピアノの響きはどこまでも分厚くて重厚であり、それがここぞという場面ではクレッシェンドに続くクレッシェンドで音楽を圧倒的に盛り上げていくのですが、聞き終わった後になんと見えない空虚さを感じてしまいます。その芸人魂には感服するのですが、果たして歴史の審判に耐えて芸術作品として後世に残るのかと聞かれれば自信を持ってイエスとは言えないユング君です。
第1楽章:Allegro ma non tanto
冒頭の静かな弦楽器の刻みに乗って、オーケストラではなくピアノのオクターブによる有名な第1主題が提示されます。
この主題はロシア正教会の聖歌に由来するとも言われ、素朴でありながら深い哀愁を帯びています。
哀愁漂う第1主題に対し、変ロ長調の第2主題はピアノと木管楽器の対話による、抒情的で温かみのあるメロディです。
展開部の終わりには、ピアノ独奏による巨大なカデンツァが置かれています。
ラフマニノフ自身は2種類のカデンツァを遺しており、重厚で和音強打が続く「オッシア(大カデンツァ)」と、軽快で華やかな「オリジナル(小カデンツァ)」があります。現代ではどちらを選ぶかもピアニストの見せ所となっています。
第2楽章:Intermezzo: Adagio
「間奏曲」と題されていますが、深く重厚な感情が渦巻く、極めてロマンティックな緩端楽章です。
ピアノの登場に先立ち、オーケストラがため息をつくような、切なく美しい主題をたっぷりと歌い上げます。ピアノが加わると、きらびやかで即興的な変奏が次々と展開されます。
途中で一転してト長調の軽快なワルツ風の熱狂的なエピソード(第1楽章の第1主題の変形)が挟まれます。
楽章の最後、ピアノが激しい終止和音を鳴らした直後、休みなく第3楽章へと突入します。
第3楽章:Finale: Alla breve
前楽章から息つく間もなく、ピアノの力強い三連符の打鍵によって幕を開ける、極めてエネルギッシュで推進力に満ちた楽章です。
第1主題は、まるで騎馬隊が駆けるような力強いリズムが特徴です。
これに対し、第2主題はラフマニノフらしい、どこまでも広がっていくような甘美で雄大なメロディです。
中間部ではこれまでの楽章のモチーフが回想されつつ、ピアノは全曲中で最も激しいパッセージを要求されます。
終盤、音楽はニ短調から栄光に満ちたニ長調へと転調します。
オーケストラとピアノが一体となり、地鳴りのような大音響で第2主題を堂々と再現する瞬間は、クラシック音楽史上屈指のカタルシスを生み出します。
小難しい理屈はいらない
イギリスの女性のピアニストで「デイム(Dame)」に列せられたのはマイラ・ヘスとモーラ・リンパニーだけです。
紳士の国イギリスで「サー」や「デイム」に列せられるというのは大変な名誉ですから、音楽家であればそれに相応しい音楽的才能が認められるのは当然としても、人間的にも高い尊敬を受けていたのでしょう。
しかし、同じ「デイム」でもヘスのピアノとリンパニーのピアノでは随分と方向性が異なるようです。
デイム・ヘスのピアノは聞く人の胸に切々と語りかけます。
それは、音楽とは一時の楽しみを与えるだけのものではなくて、それを聞く人の胸に何かとても大切なメッセージを届けようとする営みだと確信しているようです。
それと比べると、リンパニーのピアノは「芸」です。
ただしそれは決して悪口ではありません。
音楽とは何よりも聞きに来てくれる人に喜びと楽しみを与えるものであり、そこに小難しい理屈はいらないというスタンスです。
ですから、どちらかと言えば囁くように鳴るヘスのピアノに対して(実際、コンサートでも彼女のピアノ音量は決して大きくはなかったようです)、リンパニーのピアノは豪快に鳴ります。
そして、その事は彼女が愛したロシアの音楽、例えばラフマニノフのコンチェルトや前奏曲などを聴くとよく分かります。
なお、彼女の経歴をAIさんに聞くとおおむね以下の通りです。
彼女は、1916年、イギリス・コーンウォールのソールタッシュにて「メアリ・ゲルトルード・ジョンストン」として誕生しました。幼少期にベルギーの修道院へ送られた際にピアノの才能を見出され、リエージュ音楽院で学び始めます。
12歳(1929年)のとき、指揮者バジル・キャメロンの指揮でメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番を演奏しオーケストラ・デビューを果たしました。
この際、キャメロンから「もっと芸名らしく魅力的な名前にしなさい」と助言を受け、メアリのロシア風の愛称「モーラ」と、母親の旧姓(Limpenny)の古風な綴りから「リンパニー」を取り、現在の名前に改名しました。
その後、ロンドン王立音楽アカデミーに奨学金で入学。さらにウィーンへ渡りポール・ワインガルテンに師事したほか、クララ・シューマンの直弟子であるマチルダ・ヴェルネ、そしてイギリスの名教師トビアス・マテイらに師事しました。
マテイが叩き込んだ「過度なルバートを排した、明晰で知的なフレージング」は、彼女の演奏スタイルの強固な骨組みとなりました。
第二次世界大戦中、ドイツ軍の空襲を受けるロンドンで、国民の精神的支えとなった「ナショナル・ギャラリー・コンサート」に多数出演し、イギリス国内で絶大な人気を獲得しました。
1945年のパリ解放直後には、イギリス人音楽家として初めて現地で演奏し、まだ屋外でドイツ軍の砲声が響くなか、アラン・ローストホーンの協奏曲を演奏したエピソードは伝説となっています。
戦後はアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インドなどを巡る世界的な大ツアーを成功させました。
1970年に乳がんを患い、乳房切除手術を受けます。
一時は演奏活動が危ぶまれましたが、不屈の精神で見事に復帰。復帰後はさらに演奏の深みが増したと絶賛されました。
1989年にはデビュー60周年を記念してロイヤル・フェスティバル・ホールでリサイタルを開催。
80歳で現役を引退するまで一線で活躍し続け、2005年にフランスのマントンにて88歳でその生涯を閉じました。
ざっと、こんなところです。
そんなリンパにーを振り返るとき、忘れてはいけないのはラフマニノフの「24の前奏曲」全曲を世界で初めてレコードに録音したことです。
ラフマニノフの生前に完成されたこの録音は作曲家本人からも高く評価され、彼女は生涯で計3回(1940年代、1950年代、1990年代)にわたり同曲の全曲録音を残しています。
当時、クラシック界には「女性ピアニストにはロシア音楽のようなダイナミックで重量感のある曲は弾けない」という根強い偏見や、華やかな容姿に対する批評家のやっかみがありました。
しかし、リンパニーは男性ソリスト顔負けの強靭な打鍵と完璧なテクニック、それでいてイギリス風の洗練された繊細な美しさを両立させ、その実力で批評家たちを黙らせました。
彼女もまたガラスの天井に挑み続けた人だったのです。
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