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イーゴリ・マルケヴィチ(Igor Markevitch)|ケルビーニ:歌劇「アナクレオン」序曲(Cherubini:Anacreon Overture)
ケルビーニ:歌劇「アナクレオン」序曲(Cherubini:Anacreon Overture)
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:コンセール・ラムルー管弦楽団 1961年1月録音(Igor Markevitch:Concerts Lamoureux Recorded on January, 1961)
Cherubini:Anacreon Overture
ケルビーニ・クレッシェンド

歌劇「アナクレオン」はパリ・オペラ座で発表した2幕からなるオペラ・バレエです。
現在ではオペラ全編が上演されることは稀ですが、その序曲はオーケストラの重要なレパートリーとして今日まで親しまれています。
古代ギリシャの抒情詩人アナクレオンを主人公とした空想的な恋愛物語であり、老詩人アナクレオンが保護している若い男女、クロエとバティルの恋をめぐる物語です。
アナクレオン自身がクロエと結婚すると見せかけて若者を試しますが、最終的には二人の仲を認め、結婚を許すというハッピーエンドで結ばれます。
しかしながら、当時のパリの聴衆には内容が古臭いとみなされて、わずか数回の上演で打ち切られるという歴史的な失敗に終わりました。
しかし、オペラ本編の評価とは裏腹に、序曲は発表当時から「管弦楽の最高傑作」として熱狂的に支持されました。
イタリア的な美しい旋律、フランス的な劇的構成、そしてドイツ的な緻密な展開が融合しています。
ウェーバーやベルリオーズがこの序曲を絶賛しました。特に冒頭のホルンの使い方は、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番に影響を与えたと指摘されています。
- 序奏(Largo)
荘厳でミステリアスな雰囲気で始まります。特に冒頭のホルンのユニゾンは印象的で、ベートーヴェンの「レオノーレ」序曲第3番などの劇的な序奏に大きな影響を与えたと言われています。
- 主部(Allegro)
一転して、非常に躍動感のある軽快な第1主題が弦楽器によって提示されます。ケルビーニらしい「知的な熱狂」が感じられる部分です。
この曲の最大の聴きどころの一つは、執拗に繰り返されるリズムの上で音量を増していく、劇的なクレッシェンドで、「ケルビーニ・クレッシェンド」とも言われます。
これは後にロッシーニが完成させる「ロッシーニ・クレッシェンド」の先駆けとも評され、当時は「最も効果的な器楽的クレッシェンド」として賞賛されました。
明晰さへの指向
ドイツのオケというものは、フルトヴェングラーに代表されるように、楽器の集合体ではなく、まるでオーケストラという一つの楽器であるかのように有機的に響きます。豊かな低声部を支えとして、さらには内声部も充実した重厚な響きは、クラシック音楽などというものを聞いたことがないような人にたいしても圧倒的な威力を発揮します。
そして、そう言う圧倒的な響きでもってフルトヴェングラーのようなドラマ性に満ちた音楽が展開されれば、最初から聞く耳を塞いでしまっている人でない限りは魅了されないはずはないのです。
それに対して、フランスの哲学では、オーケストラは不可侵の「個」をもった一人ひとりのプレーヤーの集合体であり続けるようなのです。
ですから、オーケストラがまるで一つの有機体であるかのように個々のプレーヤーを飲み込んでしまうことを本能的に拒否するように聞こえます。
その結果として、個々の楽器は縦のラインに統合された和声に飲み込まれてしまうことを可能な限り拒否し続けるがために、響きは薄くなり拡散していかざるを得ません。
しかし、その事の見返りとして、ドイツでは重い響きに塗り込まれてしまいがちな複雑な内部構造が、フランスのオケからは手に取るように聞き取ることが出来ます。
そして、その様な内部の精緻な構造を聞き取ることに喜びを感じるのは、官能的な響きの喜びに身を浸すよりははるかに難しいのです。
そういう事を初めて私に教えてくれたのはマルケヴィッチでした。
もちろん、マルケヴィッチはロシア貴族の末裔でありフランス人ではありません。しかし、僅か2才でスイスに移り住み、さらには14才の時にコルトーに連れられてパリに行き、ナディア・ブーランジェのもとで作曲家やピアニストとしての教育受けたのですから、その精神の有り様はフランス人よりもフランス的だったと言えるでしょう。
マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際にの演奏においても徹底的に要求し続けたのです。
ですから、彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人だったのです。
そんな中で、意外と頑張ってマルケヴィッチと付き合っていたのがチェコ・フィルハーモニー管弦楽団でした。
1959年のプラハの春音楽祭では「春の祭典」の伝説的な演奏を行っています。
1960年代にはドイツグラモフォンがグノーの「聖チェチーリアのための荘厳ミサ曲」やケルビーニの「レクイエム ニ短調」などを録音しています。
マルケヴィッチとチェコ・フィルという組み合わせは初めはぴんと来なかったのですが、考えてみれば当時のチェコ・フィルを率いていたのはカレル・アンチェルでした。
なるほど、アンチェルのもとで鍛えられていたのですからマルケヴィッチの棒にもついていけたのでしょう。
調べてみるとマルケヴィッチとアンチェルの間には深い信頼関係があったようで、アンチェルはオケのトレーニングをマルケヴィッチに依頼したこともあったそうです。
オケにとってはとんでもない話だったのでしょうが、そう言うつながりなしにあの伝説的な「春の祭典」のライブ演奏はあり得なかったでしょう。
マルケヴィッチとチェコ・フィルという組み合わせも拾っていかないといけませんね。
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