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ミルシテイン(Nathan Milstein) |グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82(Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op.82)
グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調 作品82(Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op.82)
(Vn)マイケル・レビン:ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1954年12月17日録音(Michael Rabin:(Con)Lovro von Matacic The Philharmonia Orchestra Recorded on December 17. 1954) Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op 82 [1.Moderato]
Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op 82 [2.Andante sostenuto]
Glazunov:Violin Concerto in A minor, Op 82 [3.Allegro]
中間部のカデンツァでは重音奏法を駆使して超絶テクニックが求められる
エリカ・モリーニ、ヤッシャ・ハイフェッツの演奏によるグラズノフの協奏曲を聞き比べてみて、さて一言書いてみようと思い立ってとんでもないことに気づいてしまいました。なんと、グラズノフの作品を一つも取り上げていないのです。もしかしたら、何かの小品をどこかの「小品集」で取り上げている可能性はあるのですが、作曲家としての「グラズノフ」は項目すら立てていないのです。
これには私自身も驚いてしまいました。
しかし、考えてみると、「バラキレフ、キュイ、ムソルグスキー、ボロディン、リムスキー=コルサコフ」という「ロシア5人組」から「チャイコフスキー」へとつながっていくロシア音楽の流れの中におくと、グラズノフの立ち位置は微妙です。おそらく、「チャイコフスキー」の後に続く「プロコフィエフ」や「ショスタコーヴィッチ」、または「ストラヴィンスキー」などを置いてみても事情はそれほど変わりません。
グラズノフという人は基本的には5人組の国民主義的な流れを受け継ぎながらチャイコフスキー流の洗練された音楽語法を身につけていました。そして、20世紀に入ってからの新しい潮流を取り入れる能力も持っていたにもかかわらず、何故かその道を基本的に拒否してしまったように見えるからです。
つまりは、どのような音楽を書いてもそれなりの完成度をを示すのですが、それは常に「いつかどこかで聞いたことがあるよう」様なある種の「既視感」をもたらすのです。
人はそれを「保守的」と呼ぶのでしょうが、裕福な家庭に生まれて、リムスキー=コルサコフを音楽の個人教師として育った男の「恵まれすぎたがゆえの悩ましさ」だったのかもしれません。
そんなグラズノフの作品の中で取り上げられる機会が多いのがこの「ヴァイオリン協奏曲」です。
それは、ひとえにハイフェッツの功績です。
ハイフェッツは何故かこの協奏曲を好んだようで、演奏会でもよく取り上げ、録音も複数残しています。そして、そのおかげで、ハイフェッツと同時代のヴァイオリニストたちもこの作品を良く取り上げました。
しかしながら、この協奏曲は結構不思議な構成をもっています。
一応は以下のような3楽章構成となっているのですが、それらはすべて切れ目無しに演奏されます。
Moderato (イ短調、自由なソナタ形式)
Cadenza : Andante sostenuto (緩徐楽章とカデンツァの融合。前半部は第1楽章第2主題を、後半は第1主題を素材とする。頻繁に転調するため調性は流動的)
Allegro (イ長調、三部形式風のロンド形式)
しかし、規模的には小さな作品なので、例えば、リムスキー・コルサコフのスペイン奇想曲のような「ヴァイオリン独奏付きの管弦楽曲」のように聞こえないでもありません。ところが、悲しいことに、そこにはリムスキー・コルサコフほどの目の醒めるような色彩感はないのです。
ただし、中間部のカデンツァはグラズノフ自身の作曲であり、そこでは重音奏法を駆使した超絶テクニックが求められる場面であり、おそらくは、それ故にハイフェッツはこの作品を好んだのでしょう。
そう言う意味では、この作品はグラズノフなりに独奏楽器としてのヴァイオリンの演奏技巧の追究と、それに相応しいオーケストラの音色表現を追求したものだっといえるのかもしれません。
もがき続けた早熟の天才
レビンに関してはあまり評価していなかったようで、昔の文章を振り返ってみると「与えられた答案用紙に向かってひたすら正しい解答を書き続ける神童の姿しか浮かび上がってこない」などと書いていました。
そんなレビンをもう一度振り返ってみようと思えるコメントをいただき、あれこれともう一度聞きなしてみると、かつてとは少し違った思いにとらわれました。
確かに、彼の演奏には「完璧さ」にとらわれた呪縛は否定できません。それでも、そこから何とか抜け出そうともがく姿に言い知れぬ悲哀を感じるのです。
結論から言えば、彼はその呪縛からは抜け出せず破滅へと向かっていきます。
レビンは、鬼教師として知られるガラミアン(Ivan Galamian)によって、「瑕疵のない、生まれついての完璧なヴァイオリニスト」と認められたただひとりの門人でした。
ガラミアンは、ヴァイオリン演奏を徹底的にシステム化・分析した「現代ヴァイオリン演奏の技法」の著者として知られる超合理主義者でした。ガラミアンの口癖は「Cry now. Play later.(今泣いておけば後で弾けるようになる)」でした。
ガラミアンはレビンというすぐれた才能を見出し育てたことは確かであり、ガラミアンから見てもレビンは完璧な存在だったのです。、
しかし、「完璧であり続けなければならない」という重圧は少しずつレビンを蝕んでいきました。
演奏中に舞台から落ちるのではないか、あるいは床が抜けるのではないかという強迫観念(パニック障害に近い症状)に襲われる様になったと言われています。
その様な完璧主義と舞台恐怖症から、スタジオでも極度の緊張に陥るようになり、録音作業が円滑に進まなくなりました。
また、コンサートでも「ドタキャン」を繰り返すようになり「いつ穴をあけるかわからない危険なアーティスト」とみなされるようになりました。
そして、彼と多くの録音を行ってきたキャピトルも「プロとしての信頼性」に欠けるとして1960年に彼との契約を解除してしまいました。
キャピトルとの契約終了は、レビンにとって「音楽家としての存在意義を否定された」に等しい大きなショックでした。
それ以後、彼は一度もスタジオ録音を行うことはなく、本来であれば円熟期に向かうであろう30代に一枚のレコードも残せなかったのです。
この1960年から彼が亡くなる1972年までの12年間の空白は、何とかならなかったのかと思わずにはおれないのです。
誰か彼に救いの手を差し伸べる人はいなかったのでしょうか。
また、どこかでラミアンからの呪縛を振りほどくことはできなかったのでしょうか。
そういえば、ガラミアン門下から出たイツァーク・パールマンは、ガラミアンの厳格さと適度な距離を保ち、時には異を唱えるだけの精神的なタフさを身につけていきました。
二人の間の「指使い(フィンガリング)」をめぐる攻防はよく知られており、最後はガラミアンに「君が正しい」と言わしめたのです。
しかし、そういうタフさはレビンにはなかったのです。
彼が苦闘し続けた60年代になっても、ガラミアンの練習室だけがレビンにとって安らげる場所であり続け、ガラミアンもまた悩みながらも、そういうレビンに対してどうしようもなかったのでした。
レビンが崇拝していたヴァイオリニストはハイフェッツでした。そして、その後継者たらんと自ら望んだだけでなく、レビンの才能を認めた数々の巨匠からも、ハイフェッツの再来と見なされていました。
技術的には欠けるものはありませんでした。
しかし、ハイフェッツにあってレビンに欠けていたのは、何があっても「俺こそが正解だ」と開き直れる強さでした。
嗚呼、しかしその強さがなかったがゆえに挫折していった音楽家のなんと多いことか。
そのもがき続けた人生に言い知れぬ悲哀と苦さを感じ、程度の差はありすぎるのですが、ふと我が身を振りえるのです。
話が変なところに流れていくのですが、早死にせずに、命永らえて辱多いのも、愛おしいものです。「命長ければ辱多し」は、一般的に「長く生きて恥をさらすよりは、惜しまれながら亡くなるのが美しい」と解されるのですが、私はそれでもなお、生きて、ジタバタと辱をさらす人間にも愛しさを感じるのです。
生きてこそ…です。
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