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Home|ギオマール・ノヴァエス(Guiomar Novaes)|ショパン:ワルツ 変イ長調, Op.42(第5番)&ショパン:3つのワルツ, Op.64 (第6番~第8番)(Chopin:Waltzes, Op.42&Waltzes No.6, Op.64)

ショパン:ワルツ 変イ長調, Op.42(第5番)&ショパン:3つのワルツ, Op.64 (第6番~第8番)(Chopin:Waltzes, Op.42&Waltzes No.6, Op.64)

(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)



Chopin:Waltz No.5 in A-flat major, Op.42

Chopin:Waltzes No.6, Op.64 [No.1 in D-flat major Minute Waltz]

Chopin:Waltzes No.7, Op.64 [No.2 in C-sharp minor]

Chopin:Waltzes No.8, Op.64 [No.3 in A-flat major]


ショパンの手によって芸術として昇華した

いわゆるウィーン風のワルツからはほど遠い作品群です。
ショパンがはじめてウィーンを訪れたときはJ.シュトラウスのワルツが全盛期の頃でしたが、その音楽を理解できないと彼は述べています。
いわゆる踊るための実用音楽としてのワルツではなく、シューマンが語ったようにそれはまさに「肉体と心が躍り上がる円舞曲」、それがショパンのワルツでした。また、全体を通して深い叙情性をたたえた作品が多いのも特徴です。

ショパンの手によってはじめてワルツと言う形式は芸術として昇華したと言えます。

ショパン:ワルツ 変イ長調, Op.42(第5番)



ショパンの一連のワルツ作品の中でも最も優れた作品の一つと言えるでしょう。

ショパンの円熟期ともいえる1840年に作曲されたもので、この頃のショパンは公開の場での演奏活動から距離をおいていた時期でもあります。そして、この時期はドイツのの楽譜出版社であるライトコプフ・ウント・ヘルテル社と頻繁に出版交渉を重ねている時期でもありました。
そこには、ショパンの心境の変化もあったようで、サロン音楽と言えば「会話の付随物」としか思われていなかったドイツにおいて、いわゆる「サロン音楽」の地位を引き上げようとする意気込みがあったのかもしれません。
確かに、パリにおいてはショパンのワルツは「もっとも高貴な種類のサロン楽曲である」と評価されていました。

とりわけ、このOp.42(第5番)のワルツには舞踏詩としての側面とワルツ本来が持っている形式が見事に融合しています。
また、楽曲の規模も大きく長大なコーダも印象的です。さらには、ピアにスティックな効果も満点で、まさにショパンのワルツの一高峰と言ってもいいでしょう。

その意味において、「ワルツが単なる飾り物でない」とするシューマンの言葉を裏付ける作品と言えます。

ショパン:3つのワルツ, Op.64 (第6番~第8番)



第6番(Op.64 No.1)は「子犬のワルツ」としてよく知られている作品です。ジョルジュ・サンドが飼っていた犬が自分の尻尾を追いかけてグルグル回っている様子をあらわしたものだと言い伝えられています。また、その追いかけっこがあっという間に終わってしまうので「瞬時のワルツ」ともいわれることもあるようですが、こちらの方はあまり浸透はしていないようです。

第7番(Op.64 No.2)はショパンがつくり出した新しいワルツの典型と言っていい作品で、それはワルツのリズムよりも明らかにマズルカのリズムに近い音楽になっています。それ故に、実用的な舞曲としてのワルツからは最も遠く隔たった作品で、逆から見れば真のワルツ風叙情詩になっていると言えます。
そして、そこにはサンドとの訣別や死を覚悟せざるを得ない病の苦しみがもたらす憂いがにじみ出していると言えます。


考え抜かれた演奏

ギオマール・ノヴァエスはかなりまとまった数のショパン作品を録音しています。この時代を考えれば(今の時代も同じかも)当然と言えば当然なのかもしれませんが、やはり聞き手にとっては嬉しい事実です。

ノヴァエスは「ブラジルの偉大なピアニスト」といわれることもあり、「パンパスの女パデレフスキー」とよばれることも多かった人です。このパンパスとは言うまでもなく、ブラジル南部に広がる草原地帯のことです。幼い頃に育ったブラジルの風土や文化は彼女の心の奥深い部分に根を張っている事は否定できないでしょう。

しかし、10代半ばでパリに移り住み、パリ音楽院でイシドール・フィリップに学ぶ事でピアニストとしての基礎を固め、その後はアメリカを中心に、とりわけニューヨークを拠点に活動を行いましたから、音楽的には生まれ故郷のブラジルとの関わりはそれほど大きくはないと思われます。

ですから「パンパスの女パデレフスキー」という異名の「パンパス」の方は音楽的にはあまり影響はあたえておらず、重要なのは、「女パデレフスキー」の方でしょうか。つまり、彼女が19世のロマン主義的なピアニストを連想させる事の方が重要かもしれません。
つまりは、彼女の出発点はヴィルトゥオーゾ的ピアニストとしてのものであり、優れたテクニックで数多くの作品を楽々と弾きこなす存在だったと言うことです。
そして、何よりも丹念に旋律線を歌い込むピアニストで、それもまた同時に情緒過多になることなく無理のない歌い回しの枠を崩すことはありませんでした。

その前提として、彼女は考え抜くピアニストであったと言うことは忘れてはいけないでしょう。
確かに、彼女は実演において二度と同じようには演奏しなかったと言われるのですが、それは気のおもむくままに演奏したというのではなく、常に考え続けて、その考えたことを次のコンサートでは披露したと言うことなのです。
「考えるな、感じろ!」とはブルー・スリーの言葉ですが、クラシック音楽の世界では真逆で「感じるな、考えろ!」が基本とならなければいけません。感じるがままに演奏してものになるほどこの世界は単純ではありません。
ヴィルトゥオーゾ的ピアニストで「パンパスの女パデレフスキー」などという異名を奉られれば、いかにも感情のおもむくままにピアノを弾いていたような誤解を与えるのですが、彼女のベースは考え抜くことでした。

すでに紹介済みなのですが、セルやクレンペラーなどを従えて多くの協奏曲を演奏したり録音したのは、そう言う彼女の姿勢が高く評価されていたからです。
そして、録音されることを目的とした演奏であるならば、それまでの演奏活動の中で考え抜いた事の決算という意味をもっていたはずです。ですから、結果としてその演奏は高雅で情感溢れるものであり、時にはショパンのパッションが力強く描き出されたりもするのですが、かといってそれは鬼面人を驚かすようなものではありません。

そして、ショパンのように次から次へと新しい録音が登場してくるような世界では、その演奏が十分に魅力的であったとしても、その上に積み重なっていく大量の録音によっていつかは覆い尽くされ聞き手の視野から消えていくのが宿命みたいなものです。
おそらく、ショパンのような音楽は存命中のピアニストが一番有利なのでしょう。亡くなってしまえば、いつかは聞き手の視野から見えなくなっていくのが宿命です。もちろん、例えばコルトーのような例外はありますが。

それだけに、こういうサイトではそう言う埋もれた録音の山の中からノヴァエスのような存在を拾い出すのが大きな役割なのでしょう。
あらためて彼女のショパン演奏を聞けば、どれもこれも安心してショパンの世界に浸れる安定感と叙情性に溢れています。

この演奏を評価してください。

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  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
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  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



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