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Home|ミトロプーロス(Dimitris Mitropoulos)|コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」 組曲, Op.35a(Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a)

コダーイ:「ハーリ・ヤーノシュ」 組曲, Op.35a(Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a)

ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1956年2月27日録音(Dimitris Mitropoulos:New York Philharmonic Recorded on February 27, 1956)



Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [1.Prelude]

Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [2.Viennese Musical Clock]

Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [3.Song]

Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [4.The Battle and Defeat of Napoleon]

Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [5.Intermezzo]

Kodaly:Hary Janos suite, Op.35a [6.Entrance of the Emperor and His Court]


ハンガリー農民のイマジネーションと真実

1926年に喜歌劇「ハーリ・ヤーノシュ」が成功をおさめると、バルトークのすすめもあって、そのオペラから6つのエピソードを選び出して管弦楽用の組曲を作曲することになりました。そして、結果としてこの組曲がコダーイの代表作となりました。

この組曲は以下の6つの場面から成り立っています。各曲にはコダーイ自身によって説明が付与されています。


  1. 前奏曲、おとぎ話は始まる (Elojatek, Kezd0dik a tortenet)
    「意味深長なくしゃみの音で”お伽噺は始まる”ことになります。」

  2. ウィーンの音楽時計 (A becsi harangjatek)
    「場面はウィーンの王宮。ハンガリーからやって来た純朴な青年ハーリは、有名なウィーンの”オルゴール時計”を見て、すっかり驚き、夢中になってしまいます。時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れます。
    華やかな衣装を身に纏ったからくり人形が、時計の周りをぐるぐる行進し始めるのです。」

  3. 歌 (Dal)
    「ハーリとその恋人(エルジュ)は、彼らの故郷の村のことや、愛の歌に満たされた静かな村の夕暮れのことを懐かしみます。」

  4. 戦争とナポレオンの敗北 (A csata es Napoleon veresege)
    「司令官となったハーリは、軽騎兵を率いてフランス軍に立ち向かうことになりました。ところが、ひとたび彼が刀を振り下ろすと、さあどうでしょう。フランス軍の兵士たちは、まるでおもちゃの兵隊のように、あれよあれよとなぎ倒されていくではありませんか!
    一振りで2人、ふた振りで4人、そして更に8人10人・・・と、フランス軍の兵隊たちは面白いように倒れてゆきます。
    そして最後に、ナポレオンがただ一人残され、いよいよハーリとの一騎討ちと相成りました。
    とはいっても、本物のナポレオンの姿など見たことのないハーリのこと、『ナポレオンという奴はとてつもない大男で、それはそれは恐ろしい顔をしておった・・・。』などと、想像力たくましく村人たちに話します。
    しかし、この熊のように猛々しいナポレオンが、ハーリを一目見ただけで、わなわなと震えだし、跪いて命乞いをしたというのです。
    フランスの勝利の行進曲”ラ・マルセイエーズ”がここでは皮肉にも、痛々しい悲しみの音楽に変えられています。」

  5. 間奏曲 (Intermezzo)
    「この曲は間奏曲ですので、特に説明はありません。」

  6. 皇帝と廷臣たちの入場 (A csaszari udvar bevonulasa)
    「勝利を収め、ハーリはいよいよウィーンの王宮に凱旋します。ハーリは、その凱旋の行進の様子を、想像力たくましく思い描きます。しかし所詮は、空想に基く絵空事。
    ここで描かれているのも、ハンガリーの農民の頭で想像した限りでの、それは豊かで、それは幸福な、ウィーンのブルク王宮の様子に過ぎません。」



この6つの場面は二つの世界から成り立っていることに気づかされます。
まず一つは、ハーリ・ヤーノシュという人物が生み出したイマジネーションの世界です。

第2曲の「ウィーンの音楽時計」はハーリがウィーンの王宮を訪れたときの話と言うことになっています。ハーリはその王宮でオーストリア皇帝フランツの娘から求婚されたが断ったと自慢するのですが、ここで描かれているのはその王宮にあった「オルゴール時計」の話です。
時計が鳴り出すと、機械仕掛けの小さな兵隊の人形が現れてぐるぐる行進し始め様子にハーリはすっかり驚き、夢中になってしまうのです。

そんなハーリは第4曲の「戦争とナポレオンの敗北」で、ハーリ一人の力でナポレオン軍を打ち破った話をはじめます。そのお話は3つの部分から成り立っていて、まずは勇ましくフランス軍が行進してきて、さらには英雄ナポレオンが登場するのですが、それもあっという間にハーリによって打ち破られるというのです。

そして、最後の第6曲では、ナポレオンに勝利したハーリは華々しくウィーンの宮廷に凱旋することになるのです。面白いのは、ここで描かれている皇帝や宮廷のお偉いさん達は、すべてハーリというハンガリーの素朴な農民が夢想した姿として描かれていることです。そして、それは第4曲で描かれるナポレオンにも共通しています。
小さな主題が馬鹿馬鹿しいまでの大仕掛けで表現されていく様子は、それが明らかに冗談音楽であることを示しているのですが、その冗談の向こう側に素朴なハンガリの農民の気質が刻み込まれていることにも気づかされるのです。

そして、その様なハンガリーの農民の真実の気質が美しく歌い上げられているのが、第1曲,第3曲,第5曲です。
つまり、この組曲はその様な真実と冗談のようなイマジネーションが交互に織りあわされているのです。

第1曲の前奏曲には、ただのホラ話ではなくて、それを生み出した民族の誇りが描かれています。
第3曲の「歌」はハンガリー民謡の「こちらはティーサ河、あちらはドゥーナ河」から編曲されたもので、民族がもつ深くて高貴な愛情が描かれています。

そして第5曲は「間奏曲」という素っ気ないタイトルがつけられ、コダーイ自身も「特に説明はありません。」と素っ気ないのですが、個人的にはこれがこの作品の中の白眉だと考えています。
私はこの音楽を聞くたびに、涙をふりはらいながら踊り続ける男の姿が浮かぶのです。
冒頭の旋律はヴェルブンコシュという、若者を軍に募るための舞曲によるものだと言うことなのですが、それがこの音楽に涙を感じさせる要因なのかもしれません。そして、ホルン・ソロに始まる素朴な美しさにあふれたトリオの部分がその涙にさらに深みを与えています。


不完全性への寛容

昨今は右を見ても左を見てもAI絡みの話題があふれています。
すでに、AIの進歩は勝ち負けがはっきりするゲームにおいては人間の領域をはるかに凌駕してしまいました。さらに、生成AIは文章や画像などをまるで人間が作ったかのように作り出します。

おそらく、近いうちに生成AIはやがては、まるで人間が演奏したかのような音楽を生み出すことになるでしょう。
さらに言えば、例えば数学の世界で未だ未解決の課題がAIによって見事に証明されたり、物理の世界で今までの常識を覆すような理論が生み出されてしまうような事が起こるかもしれません。

そうなれば、人間というものの存在意義が疑念に去らされるような事態になるかもしれません。

しかし、すでに人間の領域をはるかに凌駕している将棋のような世界でも、人間同士による対局に意味がなくなる事はありませんでした。どれほど、AIがそれぞれの局面で最善手を示しても、人間同士の対局にはそれだけでない魅力が詰まっていることに私たちは気づかされたのでした。
おそらく、そう言う人間が持つ不完全性というものが、人間という存在というものが持つ意義を支えてくれるという、おかしなパラドックスが生じるのかもしれません。

おそらく、作曲家の楽譜に従って正確に演奏することだけが理想とするならばすでに人間はAIにかなわない領域が存在します。
おそらく、AIはそう言う完璧さだけでなくでなく、人間くさい演奏解釈などと言うものも身につけていくかもしれません。

今さら言うまでもないことですが、楽譜というものは絶対的なもののように見えて、その実は極めて曖昧な存在で、作曲家が伝えたいものを完璧に伝えきれるような存在ではありません。
その「伝えきれない」部分に関して「解釈」というものが入り込む必然性があります。
演奏家は楽譜を前にしたときにそこに己の解釈に基づいた何らかの確信の様なものをつかみ取る必要があります。

しかし、その事もいつかAIは身につけていくでしょう。
そうなれば、人間による音楽演奏というものはどうなるのかという危惧が芽生えてきます。

しかし、そう言う時代になっても人間による演奏が意味を失うことはないと私は信じています。
それは、人間が持つ不完全性が人間の存在意義を担保すると信じるからです。

例えばオーケストラ演奏を例にとってみれば、指揮者の作品に対する解釈とその解釈に対する確信がいかに確固たるものであっても、そこに不完全な人間による合奏で音楽は作りあげざるを得ないという不完全性が消えることはないからです。
それは、どれほど執拗にリハーサルを重ね、鬼のようにオケを締め上げてもその不完全性が消え去ることはありません。
そして、その不完全性こそがAIには不可能な人間だけが持つ魅力を担保するのです。

それは、将棋などにおける、間違いだらけの人間同士の対局が持つ面白さとどこか通じるものがあるのかもしれません。

前振りがあまりにも長くなりすぎました。(^^;
何故、急にこんな事をいいだしたのかと言えば、ミトロプーロスが残した録音を次々と聞いていくと、彼が持つ不完全性への寛容さに気づかざるを得なかったからです。

彼の音楽は常に己への強い確信に貫かれています。しかし、それを現実の音に変えてくれる個々のオーケストラプレーヤーの不完全性に対しては実に寛容でした。
彼はオケに対して声を荒げるようなことは絶対になかったそうです。これはトスカニーニを筆頭に強面系の指揮者が普通だった当時のアメリカでは異例の存在でした。

そして、さらに驚くのはその様な寛容性の中で、それでも最後には見事に彼ならではの音楽に仕上げてしまうのです。その嘘のような統率力には驚嘆するしかありません。

そして、ミトロプーロスが持つオーケストラへの寛容性は結果的には音楽をすることの喜びのようなものをあふれ出させます。
おそらくそう言う人間が宿命的に持たざるを得ない不完全性を受け入れる彼の音楽は、AIによる「完璧」な演奏とは異なる魅力を持ち続けることでしょう。

決して彼の残した録音の多くは名盤とよばれるようなことはないのでしょうが、こういう熱さと喜びに満ちた音楽というものもまた聞くものにとっては大いに魅力的です。

この演奏を評価してください。

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2023-07-03:さとる





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