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クーベリック(Rafael Kubelik)|ドヴォルザーク:弦楽のためのセレナーデ ホ長調, Op. 22
ドヴォルザーク:弦楽のためのセレナーデ ホ長調, Op. 22
ラファエル・クーベリック指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 1957年4月録音
Dvorak:Serenade for Strings In E Major, Op.22 [1.Moderato]
Dvorak:Serenade for Strings In E Major, Op.22 [2.Menuetto. Allegro con moto]
Dvorak:Serenade for Strings In E Major, Op.22 [3.Scherzo. Vivace]
Dvorak:Serenade for Strings In E Major, Op.22 [4.Larghetto]
Dvorak:Serenade for Strings In E Major, Op.22 [5.Finale. Allegro vivace]
幸福感に満ちた音楽
その時、ドヴォルザークは有頂天になっていました。貧乏だけれど才能の認められた若い音楽家に国家が与える奨学金に合格したという通知が舞い込んだのです。
何しろ、その奨学金というのは1年間に400グルテンでした。
当時のドヴォルザークは、教会のオルガン奏者や個人レッスン等など・・・という仕事をしてかき集めることができた金額は1年間に160グルテン程度だったと伝えられています。
ですから、それは今まで見たこともなかったような大金だったのです。
そして、その喜びがどれほどのものだったかは、その年の仕事ぶりからもうかがえます。
日銭を稼ぐためのつまらぬ仕事から一切解放されて作曲に打ち込むことができるようになったのですから、それまで心の中にため込みながらも形にすることができなかったものが一気にあふれ出したようでした。
弦楽五重奏にピアノを含んだ三重奏や四重奏等の室内楽作品、そして交響曲(第5番)に大規模なオペラ(5幕からなる「ヴァンダ」)、そしてここで紹介している弦楽のためのセレナードがその年に書かれているのです。
もしかしたら、その時は、彼の一生においてもっとも幸福だった時期かもしれません。その幸福感はとりわけこのセレナードに溢れていて、まさに「青春の歌」とも言うべき音楽に仕上がっています。この音楽形式としてはチャイコフスキーの弦楽のためのセレナードが有名なのですが、それと比べても全く遜色ない作品に仕上がっています。
そして、その3年後に今度は楽器編成を変えてもう一曲セレナードを書いています。
それが管楽器のためのセレナードです。
弦楽器の方はまさに窓辺で恋人におくるロマンティックな音楽だとすれば、管楽器の作品はまさにボヘミアの草原で繰り広げられる宴を思わせます。特に、弦楽器の方ではチェコの民族的な雰囲気が希薄だったこと埋め合わせるかのように、管楽器の方ではそう言うチェコの魂があふれ出しています。また、管楽器の音色を絶妙に組み合わせて紡ぎ出される世界はモーツァルトの同様の作品を思い出させる程の素晴らし朝です。
あまりにも紳士的にすぎたようです
クーベリックはウィーンフィルとドヴォルザークの7番と9番を録音しているのですが、何故か8番が欠落しています。
実はそれには理由があって、その欠落している8番はイスラエル・フィルと録音する予定だったのです。
Deccaがイスラエル・フィルと録音するようになった経緯はショルティとの録音を取り上げたときにふれたことがあります。少しばかり引用しておくと以下のような事情によるものでした。
「Decca」と言うレーベルは株式仲買人だったエドワード・ルイスが始めた会社なのですが、その後、モーリス・ローゼンガルテンが経営に参画し二頭体制となります。
ルイスはロンドンに本拠を置きイギリスでの録音を取り仕切り、ローゼンガルテンはジュネーブに本拠を置いて大陸での録音を取り仕切るようになるのです。そして、この二人は年に一度パリで落ち合って、その後一年間の録音計画を話し合うというのが「Decca」の経営スタイルだったようです。
このローゼンガルテンという人物は様々な事業を営むユダヤ人だったのですが、その様々な事業のうちの一つが「Decca」だったのです。彼は決してクラシック音楽に深い愛情を持っている人物ではなかったのですが(それは、エドワード・ルイスも同様)、スイス人としての愛国心とユダヤ人としての意識は強く持っていたようです。
そして、その内のスイス人としての愛国心がアンセルメとスイス・ロマンド管弦楽団の重用につながっていたのですが、新たにユダヤ人としての意識からイスラエル・フィルとの録音を思い立ったのです。
当時のイスラエル・フィルは世界的レベルには及ばないオケだったので、その思いつきは録音プロデューサーにとっても指揮者にとっても迷惑な話でした。そして、その迷惑な話に駆り出されたのが、カルショーとショルティ、そしてクーベリックだったのです。
カルショーは自叙伝の中でその迷惑の要因として二つのことを上げています。
一つは録音を行うのに相応しい会場がイスラエルには存在しなかったことであり、も一つはイスラエルフィルの弦楽器は世界レベルで通用するものの、金管楽器に関しては著しく水準が下がるからでした。
しかし、ボスの命令には逆らえないので、まずはカルショーとショルティが一番最初にテルアビブに派遣され、その後にクーベリックが派遣されました。
そして、その結果はショルティとクーベリックという指揮者の違いを如実に示すことになったのです。
ショルティは己が求める水準に達するまでは絶対に妥協しない指揮者でした。
ショルティは驚くほどの忍耐力とトレーナーとしての能力を発揮して優れた弦楽器と木管楽器の美質を引き出しながら、不都合のある金管楽器に関しては可能な限りその問題点を押さえ込む事に成功しました。
しかし、クーベリックは優れた指揮者ではあったのですが、彼はあまりにも紳士的であり保守的な指揮者でした。彼にはショルティのように鞭を振り上げてオケを従わせるなどと言う「野蛮」な事はやれない人だったのです。ですから、駄目なものは駄目で仕方がないと言うことになり、結果としてドヴォルザークの8番は金管楽器の不出来故に商品としては使えないレベルの録音になってしまいました。そして、何とか売り物になったのは優れた弦楽器群だけで事足りる弦楽セレナーデだけと言うことになったのです。
しかし、それも言ってみれば優れたイスラエル・フィルの弦楽器群の能力に馬なりで乗っかっているような感じで、悪くはないのですが今ひとつ自己主張に乏しい演奏でした。それは、同じ弦楽器群を使ってショルティが録音したチャイコフスキーの弦楽セレナーデと較べてみれば違いははっきりと分かります。あれは、チャイコフスキーの作品の持っている古典的で純粋な形式美を見事なまでに描き出したものでした。
だからといって、クーベリックがショルティに劣るという話ではありません。
つまりは、クーベリックがその本領を発揮できる環境はDeccaにはなかったと言うことであり、この一事を持ってクーベリックを判断するのは誤りであることだけは最後に付け加えておきます。
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