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バッハ:ピアノ(チェンバロ)協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056

(P)グレン・グールド ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1958年5月1日録音



Bach:Concerto No.5 for Piano and Orchestra in F minor, BWV 1056 [1. Allegro]

Bach:Concerto No.5 for Piano and Orchestra in F minor, BWV 1056 [2.Largo]

Bach:Concerto No.5 for Piano and Orchestra in F minor, BWV 1056 [3.Presto]




バッハは編曲でも凄い。

バッハは少しでもよい条件の働き口を探し続けていた人なのですが、その最後の到着点はライプツィヒの聖トーマス教会のカントルでした。
この仕事は、教会の仕事だけでなく、ライプツィヒ市の全体の音楽活動に責任を負う立場なので、バッハにとってはかなりの激務だったようです。そんな、疲れる仕事の中で喜びを見出したのが「コレギウム・ムジクム」の活動でした。
「コレギウム・ムジクム」は若い学生や町の音楽家などによって構成されたアマチュア楽団で、当時のライプツィヒ市では結構人気があったようです。通常の時期は毎週1回の演奏会、見本市などがあってお客の多いときは週に2回も演奏会を行っていたようです。
バッハは、このアマチュア楽団の指導と指揮活動を1729年から1741年まで(中断期間があったものの)務めています。

ここで紹介している一連のチェンバロ協奏曲は、すべてこのアマチュア楽団のために書かれたものです。
ただ、バッハにしては不思議なことなのですが、そのほとんどがオリジナルではなくて、自作または、他の作曲家の作品を編曲したものなのです。しかし、公務ではなくてどちらかと言えば自らも楽しみながらの活動であったことを考えれば、すべてオリジナル作品で気楽に演奏するのは、さすがのバッハでも大変だったでしょう。
しかし、「編曲」とは言っても、その手練手管は見事なものです。
残念ながら、原曲となった作品の多くは紛失しているものが多いので、直接比較するのは難しいのですが、それでもチェンバロの特徴をうまくいかして見ごとな作品にリニューアルいています。

原曲の多くはヴァイオリン曲です。
ヴァイオリンとチェンバロでは音域が違いますし、何よりも持続音が前者は得意、後者は根本的に不可能という違いがあります。ですから、長い音符はすべて細かく分割されて、さらには装飾音符も華やかに盛り付けられて、実に精妙な響きを生み出しています。
不思議なことに、このような協奏曲形式の大家ともいうべきヴィヴァルディは1曲もチェンバロのための協奏曲を残していません。その意味では、鍵盤楽器であるチェンバロに主役の座を与え、後のピアノ協奏曲への入り口を開いたのは、これらの編曲によるチェンバロ協奏曲だといえます。ですから、オリジナルではない編曲バージョンだとはいえ、その価値が低くなることはありません。

とりわけ、第1番というナンバーが与えられているBWV1052は規模も大きくモーツァルトの協奏曲と比べても遜色のない作品です。そのため、この作品だけは「チェンバロ」という楽器が忘れ去られた時代にあっても「ピアノ協奏曲」として演奏され続けました。
やはり、バッハは凄いのです。

チェンバロ協奏曲(第5番)へ短調 BWV.1056

この作品もまた、失われたヴァイオリン協奏曲(ト短調)の編曲であることは確実らしいです。音域をチェンバロに合わせるために「ヘ短調」に下げた以外は大きな変更は行っていませんが、この作品の中で最も魅力的な中間楽章は、この失われたヴァイオリン協奏曲の緩徐楽章ではないようです。
このラルゴ楽章の美しさはバッハ作品の中でも出色のものであり、簡素な構造でありながら聞き手の心に深い感情を呼び起こさずにはおれない音楽です。弦のピッツィカートにのって叙情的な旋律をチェンバロがうたいだすのですが、その旋律ラインの美しさに心奪われない人はいないでしょう。

最近の研究では、このラルゴ楽章はカンタータ「我が片足は既に墓穴に入りぬ(BWV156)」のシンフォニア楽章の異稿に基づく編曲ではないかと考えられているそうです。しかし、こういう話を聞かされると、どれほど多くのすぐれた音楽が失われてしまったことかと悔しくなってしまいます。

ゴルシュマンの指揮は積極的に自己主張をしていて、ただの伴奏では終わっていません


率直に言って、このバッハのピアノ(チェンバロ)協奏曲には驚かされました。

グールドは以下のような顔ぶれと日程で、バッハのピアノ(チェンバロ)協奏曲を録音しています。


  1. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第1番 ニ短調 BWV1052 レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1957年4月4日&30日録音(Mono)

  2. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第5番 ヘ短調 BWV1056 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1958年5月1日録音

  3. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第3番 ニ長調 BWV1054 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1967年5月2日録音

  4. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第7番 ト短調 BWV1058 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1967年5月4日録音

  5. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第2番 ホ長調 BWV1053 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1969年2月10日,12日録音

  6. ピアノ(チェンバロ)協奏曲第4番 イ長調 BWV1055 ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団 1969年2月11日,12日録音



なお、第5番の録音クレジットが「1967年5月1日録音」となっているものもを時々見かけます。私も最初はそれを信じて勘違いしてしまいました。
おそらく、1967年に「CBS Masterworks MS 7001」として3番、5番、7番がまとめて収録されたレコードが発売されていて、それを後年「Glenn Gould Plays Bach」というタイトルでオリジナル・ジャケットによる復刻盤CDをリリースするときに誤ってクレジットされたのが原因かと思われます。ちなみに、「Glenn Gould Plays Bach」というボックス盤のクレジットは「May 1,2&4, 1967」となっていますから、この3曲は連続して録音されたと判断したのでしょう。

しかしながら、もとのアナログレコードには3曲まとめて収録されているのですが、3番と7番が「1967年5月2日,4日録音」なのですが、5番だけは「1958年5月1日録音」です。
おそらくは、この数字の並び方が何とも微妙で、CD化するときに、「1958年」というクレジットが何かの手違いだと判断してしまったのでしょう。

そして、そういう勘違いをしてしまうのにも理由があって、伴奏がともに「ヴラディミール・ゴルシュマン指揮 コロンビア交響楽団」であること、さらにはこれが決定的だと思うのですが、この3曲の間には録音クオリティの差がなかったことも挙げられます。そして、その3つの録音がともに「TAS Super LP List」で「優秀録音盤」としてノミネートされるくらいに優秀だったことも勘違いの原因になったのでしょう。

ただし、私がこの一連の録音を聞いて「驚いた」のはその様な録音のクレジットをめぐる些細な勘違いに対してではありません。
世の中にはその様な些細なミスに敏感な方もおられるようですが、そう言うことは音楽を聞く上ではそれほど本質的なことではありません。

私がこの一連の録音を聞いて驚いたのは、指揮者がバーンスタインからゴルシュマンに変わっても、相変わらずオーケストラの響きは分厚くて重かった事です。
世間では「情熱的なバーンスタイン、機敏なゴルシュマン」などと言われているのですが、そのゴルシュマンであっても、グールドのピアノの繊細さと軽やかさに出会うと随分と重くて分厚く感じてしまいます。

グールドというピアニストは実にエキセントリックな男でした。
彼がバーンスタインと最終的には喧嘩別れしてしまったのは、その音楽的ベクトルが真逆だったからです。彼にとって、バッハの音楽が57年録音のように暑苦しく鳴り響くことは許し難かったはずです。
ですから、第1番に続く第5番の協奏曲を録音するときには「ヴラディミール・ゴルシュマン」へと指揮者を交代させたのでしょう。

そして、誰もが思うはずです、「ヴラディミール・ゴルシュマンって何ものですか?」
おそらく、そんな指揮者の名前なんて誰も知らないですよね、私だってこの録音ではじめてその名前を目にしました。

ですから、きっとこう思うはずなのです。
「なるほど、バーンスタインとバッハをやるのはあの一回だけで懲りたので、次からは淡々と伴奏をつけてくれる指揮者として「ヴラディミール・ゴルシュマン」なる指揮者を選んだのだろう。」

ところが、このゴルシュマンさん、聞いてみればバーンスタインほどではないにしてもけっこう分厚くオケを鳴らしてるのです。さらに、聞き進んでいけば積極的に自己主張をしていて、ともすればピアノの音がかき消されそうになっている場面もあるのです。
それはもう、決して伴奏などと言うものではなくて、まるでバッハの協奏曲がロマン派のコンチェルトであるかのように勝負を仕掛けている場面もあるのです。

最初は、ハイフェッツがよくやるような、わざと凡庸な指揮者を使うことで自分のソロが引き立たせようという「あくどい手段」かと思ったのですが(^^;、どうもそうではないようです。
そうであるならば、営業的に考えても指揮者はバーンスタインでいいのではないと思うのですが、喧嘩別れする前の第5番の協奏曲の時からゴルシュマンに変更しているのです。

そして、何故かそう言うゴルシュマンさんの指揮をグールドも気に入ったようで、残りの協奏曲の録音も全てゴルシュマンを指揮者として指名しているのです。
確かに、ゴルシュマンの指揮はバーンスタインほどには分厚くはないにしても、昨今のバッハを聞きなれた耳からすれば大同小異の様に聞こえますから、グールドの真意が奈辺にあったのかは実に不思議なのです。

ただし、グールドのピアノについては何も付け加える必要はないでしょう。どういう指揮者を相手にしてもそれでグールドの何かが変わるというわけではありません。
緩徐楽章における惚れ惚れとするような歌い回しと、両端楽章における飛び跳ねるようなラインの描き方が同居できるのはグールドだけでしょう。

おそらく、それが可能となるのは彼がチェンバロではなくてピアノを使っているからでしょう。
チェンバロならば両端楽章におけるラインをグールドのように描き出すことはそれほど難しくはないでしょうが、緩徐楽章の深い歌心を表現することは絶対に不可能です。
逆にピアノを使えば、緩徐楽章の歌心は表現できても、両端楽章のラインをグールドのように描き出せるピアニストはまずいないのです。

ピアノという楽器を使って、その両者を高いレベルで実現できるところにこそグールドのグールドたる所以があるのです。

それにしても、緩徐楽章におけるグールドは実に上機嫌で、最初から最後までほぼ切れ目なしにうなり声が聞こえてきます。
おそらくは、ちょっとでも手が空けばいつもの癖でオーケストラの指揮も始めていたのでしょう。

そして、もしかすれば他の指揮者ならば一言二言嫌みを言われずにはおかないその様な奇矯な振る舞いに対しても、ゴルシュマンはニコニコと許容していたのかも知れません。

調べてみれば、このゴルシュマンなる人は、名前はロシア風なのですが生まれも育ちも生粋のフランス人だったようです。
戦前はディアギレフが主宰するバレエ団の指揮者としても活躍し、さらにはミヨーやサティ、オネゲルなどのフランス近代の新作を次々と初演した人だったようです。つまりは、30年代を中心にけっこう華々しい活躍をした指揮者だったのです。

しかし、1930年代からアメリカのオーケストラとの活動が増えたためにアメリカに活拠点を移し、戦後は市民権も得たものの、その活動はデンヴァーなどの地方オケの指揮者にとどまりました。
アメリカに移ってからはキャリア的には恵まれなかったようで、めぼしい録音などはほとんど残されておらず、辛うじてこのグールドとの競演盤でその名を留めているだけです。

確かに、もう少し低声部の響きを薄めにして内部の織り目がはっきりと見えるようにしてくれればもう少し良かったのにと思わないでもありません。
しかし、強めのアタックでバッハの音楽の外縁部はしっかりと縁取っていて、そのおかげでグールドが自由に振る舞えているという側面もあるので、それなりにいい仕事はしていると思われます。

これを分厚くて重いと感じてしまうのは、日頃はピリオド演奏を貶しながらも、知らず知らずのうちにその影響を受けてしまってるからかも知れません。

それにしても、このゴルシュマンと言い、ハイドンの交響曲全集を目指したゴバーマンと言い、この時代のアメリカの層の厚さを思い知らせてくれる人たちです。


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