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シューマン:幻想小曲集 作品12


(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:1962年4月19日 & 12月3日録音

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [1.Des Abends]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [2.Aufschwung]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [3.Warum]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [4.Grillen]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [5.In der Nacht]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [6.Fabel]

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [7.Traumes Wirren

Schumann:Fantasiestucke, Op.12 [8.Ende vom Lied]


すべてが楽しい結婚式にとけ込む

ふと気づいてみると、シューマンのピアノ作品をほとんど取り上げていないことに気がつきました。その背景には、彼のピアノ作品に対する何とはない「苦手意識」みたいなものがあるからでしょう。

そこにはベートーベンのような強靱な構築力や推進力はありませんし、シューベルトほどの歌謡性もなく、憂愁の色合いもショパンのほどには色濃くはありません。しかし、考えてみればそれは当然で、彼の二流のベートーベンでもなければ、シューベルトやショパンの後塵を拝したわけでもありません。
シューマンは疑いもなくシューマンなのであって、時には暗いデモーニッシュな雰囲気をたたえる幻想性を愛でるべきなのでしょう。
その雰囲気が私の中では上手く心に添ってこなかったというわけです。

しかし、自分の心にどこか添わないからと言っていつまでも放置しておくにはこの欠落が大きすぎます。少しは頑張ってぼちぼちと取り上げていかなければいけないでしょう。

この「幻想小曲集 作品12」も今まで取り上げていなかった作品です。シューマンの数あるピアノ作品の中でももっとも有名な部類に属するものですから、自分でもいささか信じがたい欠落です。
しかし、シューマンのピアノ作品については取り上げ方が少ないと言うことでメールを頂いたことは一度もないので、もしかしたら、何となくピンとこないという人も多いのかもしれません。

この小曲集は1837年から1838年にかけて書かれた作品ですが、その時期はまさにクララとの結婚をめぐってクララの父と訴訟も交えた激しいやり取りを行っていた時期と重なります。それはシューマンにとっては心がズタズタにされるような危機的状況であると同時に、そこから立ち直ってクララへの愛を音楽で告白することによって一つの飛躍を勝ちとった時期でもありました。

この小品集はまさにその様なクララへの愛の表白であることは明らかであり、彼はその時期に2つのピアノ・ソナタ(Op.11 & Op.14)、子供の情景(Op.15)、クライスレリアーナ(Op.16)、幻想曲(Op.17)などを生み出すのです。
「幻想小曲集」はホフマンの小説「カロの手法による幻想小品集」に由来しますし、彼はここにおさめられた「楽長クライスラー」の詩から「クライスレリアーナ」を着想するのですから、よほどこの文学作品から影響を受けたのでしょう。

そう言えば、音楽家としてのシューマンは作曲と評論が二本柱でした。評論活動にこれほど力を注いだ作曲家というのも珍しい存在で、音楽と文学の結びつきをこれほど隠さなかった作曲家も珍しいのかもしれません。
そして、その文学との結びつきが持って回った「晦渋」さを身にまとわせて、私の中では音楽を素直に音楽としてだけ聞くことを邪魔しているのかもしれません。

幻想小曲集 作品12


  1. 第1曲「夕べに(Des Abends)」:静かな夕暮れが迫る黄昏時を思わせる静かな音楽。作品全体の「序」にあたるのでしょうか。「非常に心を込めて弾く(Sehr innig zu spielen)」と指定されている。

  2. 第2曲「飛翔(Aufschwung)」:「序」から一転して力強く大空に羽ばたくイメージの音楽。「きわめて急速(Sehr rasch)」にと指定されている。

  3. 第3曲「なぜに(Warum?)」:典型的なロマン派の叙情的な小品になっている。真剣で、そして静かな問いかけが為される音楽。「ゆっくりと繊細に(Langsam und zart)」と指定されている。

  4. 第4曲「きまぐれ(Grillen)」:スケルツォの形をとるが中間部では物思いに沈む。「ユーモアをもって(Mit Humor)」と指定されている。

  5. 第5曲「夜に(In der Nacht)」:暗い情熱に満ちた音楽で、シューマンはこの曲について「愛する人の待つ灯台に夜ごと泳いでいく人と、松明を掲げて待つ愛する人」の寓話をクララに書き送っています。「情熱をもって(Mit Leidenschaft)」と指定されている。

  6. 第6曲「寓話(Fabel)」:「子供情景」を思わせるようなメルヘン風の音楽。「ゆっくり(Langsam)」と指定されている。

  7. 第7曲「夢のもつれ(Traumes Wirren)」:極めて技巧的な音楽なのでコンサートでは単独で取り上げられる機会の多い音楽。「極めて速く(Auserst lebhaft)」と指定されている。

  8. 第8曲「歌の終わり(Ende vom Lied)」:詩的で短編小説のような性格小品。「適度なユーモアをもって(Mit gutem Humor)」と指定されている。この終曲について「すべてが楽しい結婚式にとけ込むと言うことです」とクララに書き送っているが、同時に「君を想う心の痛みが帰ってくると」とも書きつづっています。



多様な解釈を許す度量の広さ


この前は「アニア・ドーフマン」という、ほとんどの人にとっては名前も聞いたことがないようなピアニストの演奏でシューマンの「幻想小曲集」を取り上げました。調べてみれば、この作品を取り上げたのがドーフマンの演奏によるものがはじめてなので、比較の対象としてルービンシュタインによる演奏も取り上げておきます。

世間一般では、これはそれなりに「名盤」として評価されています。
一部では、「音が古くて寝ぼけたような低音」という録音評もあるのですが、そちらの方はあまり信じない方がいいと思います。

確かにシューマンと言えば「夢見るような幻想性」と言うことが売りなのですから、これはそれなりにそう言った路線に沿った演奏になっています。
おかしな喩えで恐縮なのですが、ドーフマンのピアノはどこか大関を目指して日々奮闘している高安関(2017年5月)の体当たりのような立ち合いを連想させます。あの立ち合いは実に強烈で、まともに食らった相手は間違いなくはじき飛ばされています。
だから、あの横綱白鵬も、明らかに立ち合いでは少し変化してかわしていました。

それと比べれば、ルービンシュタインの方は「相撲はこうやって取るんだよ」と言わんばかりに、まずは立ち合いで相手の動きを受け止め、後は左を差しこんで上体を浮かせ、右からがっちり上手をひいて余裕で寄り切るみたいな風情です。
相撲に興味のない方はいったいこいつは何を言ってるんだ、みたいな感じでしょうが、つまりは「シューマンってのはこうやって演奏するモンなんだよ」みたいな長年の経験に裏打ちされた余裕と自信みたいなものが溢れているのです。

確かに、シューマンのスコアはドーフマンのような強烈な表現は求めていないのかもしれません。
念のためにもう一人、シューマンを得意としたイヴ・ナットの録音も聞いてみたのですが、それはさらに穏健な表現に終始していました。

彼女の経歴を見てみると、50年代の半ばに活動の重点は演奏から教育に移行しています。その背景に何があったのかは分かりませんが、これとよく似たスタンスを取った人にヴァイオリンのティボール・ヴァルガがいます。
かなり前になりますが、そのティボール・ヴァルガが自らの名を冠した音楽祭での演奏がまとまってCDとしてリリースされたことがあります。その音楽祭は基本的には教育活動として行われていたのですが、そこでのヴァルガの演奏に多くの人が度肝を抜かれたものでした。

何故ならば、そこには「この作品はこういう風に演奏するものだ」という「世間からの批判」をかわすための安全装置が全て外されていたからです。
ですから、その表現にどれほどの妥当性があるのかは、個々の作品を分析する能力のない私にとっては何とも言えないのですが、それでも聞いていてとてもスリリングで面白かったことだけは事実です。

不思議な話ですが、活動の重点が教育活動の方に移行してしまった人の方が、現実の演奏に於いては極めて挑戦的な表現を厭わない傾向があるようです。
そして、それと全く同じ事をこのドーフマンの演奏からも感じられました。

もちろん、それも横綱相撲のルービンシュタインのような存在が居るからこそ、そう言う気楽なことが言えるのであって、全てがドーフマンみたいな表現になったらそれはそれでいささか居心地が悪くなるのも事実です。
とは言え、そう言う多様な解釈を許す度量の広さこそがクラシック音楽の世界の魅力なのだと、あらためて再認識させてくれたドーフマンでした。

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