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Home|マリア・ユーディナ(Maria Yudina)|モーツァルト:ピアノソナタ第8番 イ短調 K. 310

モーツァルト:ピアノソナタ第8番 イ短調 K. 310

(P)マリア・ユーディナ:1951年録音

Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [1.Allegro maestoso]

Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [2. Andante cantabile con expressione]

Mozart:Piano Sonata No.8 in A minor, K.310/300d [3.Presto]


モーツァルトの人生における重要なターニングポイント

ソナタ第7番 ハ長調 K 309 1777 マンハイム
ソナタ第9番 ニ長調 K 311 1777 マンハイム
ソナタ第8番 イ短調 K 310 1778 パリ

さて、最初の6曲(K279〜284)に続く3曲は、就職先を求めて母と二人で行ったパリ旅行の途中で作曲されたものです。
この演奏旅行は、父レオポルドの厳格な監督から生まれて初めて解放された時間を彼に与えたと言う意味でも、さらには当時の最先端の音楽にふれることができたという意味でも、さらにはパリにおける母の死という悲劇的な出来事に遭遇したという意味においても、モーツァルトの人生における重要なターニングポイントとなった演奏旅行でした。

K310のイ短調ソナタに関してはすでに語り尽くされています。ここには旅先のパリにおける母の死が反映しています。あまりにも有名な冒頭の主題がフォルテの最強音で演奏される時、私たちはいいようのないモーツァルトの怒りのようなものを感じ取ることができます。そしてその怒りのようなものは第2楽章の優しさに満ちた音楽をもってしても癒されることなく、地獄の底へと追い立てられるような第3楽章へとなだれ込んでいきます。
疑いもなく、ここには母の死に直面した当惑と、その死に直面して何の為すすべもなかったふがいない己への怒りが満ちているように思えます。

そして、それに先立つ二つのソナタK309とK311から、レオポルドの監督から逃れて思う存分に羽を伸ばしているモーツァルトの素顔が透けて見えるだけに、その痛ましさはよりいっそう深まります。
パリへ向かう途中のアウグスブルグとマンハイムで作曲されたと思われるK309とK311には自由を満喫して若さと人生を謳歌している屈託のない幸せなモーツァルトの喜びがあふれています。この二つのソナタとイ短調ソナタを比べてみると、わずか6ヶ月で人はこんなにも飛躍できるものなのかと驚嘆させられます。


昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です

いやはや、強烈なモーツァルトです。
まさに「鉄の女」という異名に恥じない「豪快なモーツァルト」です。ただし、モーツァルトに「豪快」という形容詞が褒め言葉になるかと言えば首をかしげざるを得ませんから、これは評価が分かれることは間違いありません。

それにしても、例えばパリで母親を失ったモーツァルトの絶望感が刻み込まれているというK.310のイ短調ソナタ(8番)の冒頭の凄まじさ!!
さらに言えば、まるでソ連の戦車軍団が驀進していくかのようなK.331のトルコ行進曲!!
さらにさらに付け加えれば、スターリンの求めに応じて録音したと伝えられているK.488のイ長調のコンチェルト(23番)の深い祈り。

どれもこれもが異形という言葉をこえるほどの音楽が展開されています。それと比べると、同じような時期に録音されたニ短調のコンチェルト(20番)やK.457のハ短調ソナタ(14番)はまだしも常識の枠の中には収まっています。
ただし、その「異形」には、受けを狙った外連味とは全く無縁の、強い「確信」に貫かれています。

特に、ユーディナはソ連の独裁者であったスターリンのお気に入りのピアニストとして有名でした。しかし、そのお気に入りは彼女のお追従によってもたらされたものでないことは明らかです。
それどころか、何故にスターリンが彼女を愛したのかが不思議なほどの「反体積的」な女性でした。

とりわけ有名なのは、スターリンの求めに応じて録音したと伝えられているイ長調コンチェルトにまつわるエピソードです。
スターリンはその録音をいたく気に入ったようで、ユーディナに対して破格のギャランティ(2万ルーブルだったと伝えられています)をはずみました。ところが、そのギャラを彼女は修道院の修理費用として全額寄付してしまうのです。これだけでも当時のソ連においては十分に「犯罪的」だと思うのですが、さらにその高額なギャラに対するお礼として次のような内容の手紙をスターリンに送ったのです。

「ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ、あなたの支援に大変感謝いたします。私はこれから、国民や国に対するあなたの罪を神が許してくれるよう、昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です。慈悲深い神はきっと許してくださることでしょう。いただいた2万ルーブルは、私が通っております教会の改修工事のために遣わせていただきます」

しかし、不思議なことにスターリンはこの手紙を無視したようで、いかなる処罰も受けなかったようです。
ただし、このような言動は彼女にとっては日常茶飯事であり、彼女が勤めていたいくつかの音楽院の教授職も「自由に過ぎる言動」を理由として3度も首になっていますし、演奏禁止処分などは数え切れないほどだったようです。それでも、彼女は親しい友人を招いては内輪の演奏会を続けました。

彼女にとって、常に精神的なものはいかなる物質的富よりも価値のあるものでした。そして、その精神的なものにおいてもっとも価値のあるのはまずは信仰であり、次いで音楽だったのでしょう。
その意味では、彼女の演奏には、その様な宗教的確信に貫かれた彼女ならではの解釈が貫かれています。そして、そのような強い確信がなければ、このような異形な演奏などはできなかったことでしょう。何しろ、あのリヒテルが彼女のことを尊敬はするが「好きではなかった」と語っていて、その理由の一つとして「作曲家に対して忠実ではなかった」と批判しているのです。

しかし、彼女の音楽で本当に素晴らしいのは、リリー・クラウスでさえ足元にも及ばないような強靱なタッチによる音楽の造形ではなくて、緩徐楽章における深い祈りです。、

それは、スターリンを感動させたイ長調コンチェルトの中間楽章でも明らかです。
おそらく、彼女が手紙にしたためた言葉は一編の嫌みもない真実の言葉だったのでしょう。スターリンが「国民や国に対して大きな罪を犯している」というのも真実でしょうし、そう言うスターリンに対して「神が許してくれるよう、昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です。」というのも真実なのでしょう。
この中間楽章には、その様なユーディナの偽りのない祈りが聞き取れます。

同じ事が、あの悲劇的なイ短調ソナタの第2楽章からも聞き取ることができます。あの劇的な第1楽章を受けて、ほんの少しの慰めを見いだしたような中間楽章もすぐに深い翳りと憂愁の思いに満たされていくとき、そこにもユーディナの祈りが聞こえてきます。そして、いつも同じ事を繰り返すことになるのですが、そう言う演奏とは二度と巡り会えなくなった時代の流れを恨めしく思うのです。

最後に、録音のことについて少し付け加えておきます。
ソ連における古い録音と言うことで、音質面では懸念も多かったのですが、実際に聞いてみると、SP盤時代の美質が上手く収められています。
低域で言えば250Hzあたりから、高域で言えば6KHzあたりから特性がストンと落ちていますが、中域部の一番美味しい部分が実に上手くすくい取られています。ですから、それなりに配慮を持って再生すればユーディナの強靱さと祈りを聞き取る上で何の不満もありません。
ただ、不思議なのは50年代の半ば頃から60年代に入っての録音が逆にさえないのです。

このあたりも、もしかしたらスターリンの死が影を落としているのかもしれません。
それにしても、彼はどうしてこんなに厄介なピアニストを愛したのでしょうか。

彼がユーディナに求めたイ長調コンチェルトのレコードはスターリンの死後に彼の執務室から見つかったと伝えられています。それこそ、贈り物などは掃いて捨てるほどあったであろうスターリンにとって、その一枚のレコードはこの上もなく貴重なものであったことだけは事実なのです。
独裁者というのは常に不思議な存在です。

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



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