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ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第4番 イ短調 Op.23


(vn)クリスチャン・フェラス (P)ピエール・バルビゼ 1958年11月17日~24日録音


ベートーベンのヴァイオリンソナタの概要

ベートーベンのヴァイオリンソナタは、9番と10番をのぞけばその創作時期は「初期」といわれる時期に集中しています。9番と10番はいわゆる「中期」といわれる時期に属する作品であり、このジャンルにおいては「後期」に属する作品は存在しません。
ピアノソナタはいうまでもなくチェロソナタにおいても、「後期」の素晴らしい作品を知っているだけに、この事実はちょっと残念なことです。

ベートーベンはヴァイオリンソナタを10曲残しているのですが、いくつかのグループに分けられます。

作品番号12番の3曲

まずは「Op.12」として括られる1番から3番までの3曲のソナタです。この作品は、映画「アマデウス」で、すっかり悪人として定着してしまったサリエリに献呈されています。
3曲とも、急(ソナタ形式)?緩(三部形式)?急(ロンド形式)というウィーン古典派の伝統に忠実な構成を取っており、いずれもモーツァルトの延長線上にある作品で、「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」という範疇を出るものではありません。

しかし、その助奏は「かなり重要な助奏」になっており、とりわけ第3番の雄大な楽想は完全にモーツァルトの世界を乗り越えています。

  1. ヴァイオリンソナタ 第1番 ニ長調 Op.12-1:習作的様相の強い「第2番」に比べると、例えば、ヴァイオリンとピアノの力強い同音で始まる第1主題からしてはっきりベートーヴェン的な音楽になっています。

  2. ヴァイオリンソナタ 第2番 イ長調 Op.12-2:おそらく一番最初に作曲されたソナタと思われます。作品12の中でも最も習作的な要素が大きい。

  3. ヴァイオリンソナタ 第3番 変ホ長調 Op.12-3:変ホ長調という調性はヴァイオリンにとって決してやさしい調性ではないらしいです。しかし、その「難しさ」が柔らかで豊かな響きを生み出させています。「1番」「2番」と較べれば、もう別人の手になる作品になっています。また、ピアノパートがとてつもなく自由奔放であり、演奏者にかなりの困難を強いることでも有名です



作品23と作品24のペア

続いて、「Op.23」と「Op.24」の2曲です。この二つのソナタは当初はともに23番の作品番号で括られていたのですが、後に別々の作品番号が割り振られました。
ベートーベンという人は、同じ時期に全く性格の異なる作品を創作するということをよく行いましたが、ここでもその特徴がよくあらわれています。悲劇的であり内面的である4番に対して、「春」という愛称でよく知られる5番の方は伸びやかで外面的な明るさに満ちた作品となっています


  1. ヴァイオリンソナタ 第4番 イ短調 Op.23:モーツァルトやハイドンの影響からほぼ抜け出して、私たちが知るベートーベンの姿がはっきりと刻み込まれたさくいんです。より幅の広い感情表現が盛り込まれていて、そこにはやり場のない怒りや皮肉、そして悲劇性などが盛り込まれて、そこには複雑な多面性を持った一人の男の姿(ベートーベン自身?)が浮かび上がってきます。

  2. ヴァイオリンソナタ 第5番 へ長調 Op.24:この上もなく美しいメロディが散りばめられているので、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中では最もポピュラリティのある作品です。着想は4番よりもかなり早い時期に為されたようなのですが、若い頃のメロディ・メーカーとしての才能が遺憾なく発揮された作品です。



作品30の3曲「アレキサンダー・ソナタ」

次の6番から8番までのソナタは「Op.30」で括られます。この作品はロシア皇帝アレクサンドルからの注文で書かれたもので「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれています。
この3つのソナタにおいてベートーベンはモーツァルトの影響を完全に抜け出しています。そして、ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権を目指したのベートーベンの独自な世界はもう目前にまで迫っています。
特に第7番のソナタが持つ劇的な緊張感と緻密きわまる構成は今までのヴァイオリンソナタでは決して聞くことのできなかったスケールの大きさを感じさせてくれます。また、6番の第2楽章の美しいメロディも注目に値します。


  1. ヴァイオリンソナタ 第6番 イ長調 Op.30-1:秋の木漏れ日を思わせるような、穏やかさと落ち着きに満ちた作品です。ベートーベンらしい起伏に満ちた劇性は気迫なので演奏機会はあまり多くないのですが、好きな人は好きだという「隠れ有名曲」です。

  2. ヴァイオリンソナタ 第7番 ハ短調 Op.30-2:ハ短調です!!ベートーヴェンの「ハ短調」と言えば、煮えたぎる内面の葛藤やそれを雄々しく乗り越えていく英雄的感情が表現される調性です。この作品もまたベートーヴェンらしい悲痛さと雄大さを併せもっているので、「春」「クロイツェル」に次ぐ人気作品となっています。

  3. ヴァイオリンソナタ 第8番 ト長調 Op.30-3:7番の作曲に全力を投入したためなのか、肩の力が抜けてシンプルな作品に仕上がっています。ただし、そのシンプルさが何ともいえない美しさにつながっていて、人というのは必ずしも、何でもかんでも「頑張れ」ばいいというものでないことを教えてくれる作品です。



作品47

そして、「クロイツェル」と呼ばれる、ヴァイオリンソナタの最高傑作ともいうべき第9番がその後に来ます。
「ほとんど協奏曲のように、極めて協奏風に書かれた、ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」というのがこの作品に記されたベートーベン自身のコメントです。
ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が自由奔放かつ華麗にファンタジーを歌い上げます。中期のベートーベンを特徴づける外へ向かってのエネルギーのほとばしりを至るところで感じ取ることができます。
ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権というベートーベンがこのジャンルにおいて目指したものはここで完成され、ロマン派以降のヴァイオリンソナタは全てこの延長線上において創作されることになります。


  1. ヴァイオリンソナタ 第9番 イ長調「クロイツェル」 Op.47:若きベートーベンの絶頂期の作品です。この時代には「交響曲第3番(英雄)」「ピアノ・ソナタ第21番(ワルトシュタイン》)「ピアノ・ソナタ第23番(熱情)」が生み出されているのですが、それらと比肩しうるヴァイオリンソナタの最高傑作です。



作品96

そして最後にポツンと創作されたような第10番のソナタがあります。
このソナタはコンサート用のプログラムとしてではなく、彼の有力なパトロンであったルドルフ大公のために作られた作品であるために、クロイツェルとは対照的なほどに柔和でくつろいだ作品となっています。


  1. ヴァイオリンソナタ 第10番 ト長調 Op.96:「クロイツェル」から9年後にポツンと作曲された作品で、長いスランプの後に漸く交響曲第7番や第8番が生み出されて、孤高の後期様式に踏み出す時期に書かれました。クロイツェルの激しさとは対照的に穏やかな「田園的」雰囲気にみちた作品となっています。



嬉しくなるほどの「情」の音楽


ベートーベンのヴァイオリンソナタというのはヴァイオリニストにとっては非常に重要なレパートリーなのですが、いろいろな演奏を聴いていると、これは結構難しい問題をはらんだ作品だなと思うようになってきました。
世間的には、オイストラフとオボーリンによる演奏が決定盤とされていて、「堂々とした落ち着きと風格のある演奏」だとか、「深くて大きな演奏」だとか言われてきました。

しかし、既にあちこちで書いてきたことなのですが、そのどれを聞いてもいまいちピンとこない私がいました。
そして、それとは裏腹にすっかり気に入ったのが、シュナイダーハンとケンプによる古い録音(1952年)でした。

顰蹙をかいそうなのですが、この両者の演奏を女性に喩えてこんな書き方をしていました。

シュナイダーハンの演奏は「すごい美人でありながら、その美貌に決して甘えることなく黙々と仕事に励む女性を見る思い」
オイストラフの方は「才色兼備の女性が自信と意欲を持って完璧に仕事を仕上げていくような雰囲気」

そして、その才色兼備の女性に対して「仕事に臨む姿勢にも、仕上がりのクオリティにも何の問題もないのでその仕事ぶりには感心はさせられるのですが、なぜか見る人の「情」が動かないのです。」などとほざいていました。そして、さらに返す刀で「仕事の仕上がりが完璧であればあるほど、ベートーベンの若書きゆえの弱さみたいなものがあぶり出されていくような気もするのです。そう言う意味では、シュナイダーハン&ケンプのコンビによる50年代初頭の録音では、そう言う弱さみたいな部分が上手く「情」と「艶」でくるまれていました。」とまでほざいていたのです。
何ともはや、ベートーベンに対して「若書き故の弱さ」などと恐れ多いことなのですが、それでもなお、このベートーベンのヴァイオリン・ソナタを聴きたくなれば手が出るのはシュナイダーハンやグリュミオーの方であって、オイストラフに手が伸びるのはクロイツェルくらいでした。
やはり、9番と10番を除けば、ベートーベンのヴァイオリンソナタは若者の音楽なのです。

作品12の最初の3つソナタを書いたのは20代の後半、そして作品30の3つのソナタは31歳頃に書かれているのです。様式的に飛躍を遂げるクロイツェルでさえ作曲したときは32歳から33歳にかけてだったのです。
番号で言えば1番から8番までは初期作品、クロイツェルは中期の作品と分類されるのですが、それらは全てエロイカ以前の音楽なのです。

ですから、そこには青年特有のメランコリーであったり気負いであったり、苛立ちであったり希望であったりというようなものが欲しくなるのです。もちろん、ベートーベンの音楽ですから、それを構築性という「理」で押し切っても文句を言われる筋合いはないのですが、それでも、それだけで押し切られると聞いていてつまらないと文句を言う私がいるのです。

そこで、このフェラスとバルビエによる演奏なのですが、これはもう「理」の部分はバルビエに任せて、フェラスは己の持ち味を存分に発揮して嬉しくなるほどの「情」の音楽を歌い上げてくれています。
これはまさに、まがう事なき「若者」の音楽であり、その若さに同世代のフェラスは強い共感を持って歌い上げています。

世評では、そう言うスタイルゆえにクロイツェルは浅い、見たいな言われ方をされるのですがとんでもない!!これこそは、若きベートーベンの内部に渦巻く若者ならではの苛立ちや気負いがものの見事に描き出した演奏です。

フェラスとバルビエというフランス人コンビによるベートーベンと言うことで、見た目はどうにも相性が悪そうなのですが、どうしてどうして、これはシュナイダーハンとケンプによる録音に肩を並べるほどの素晴らしい演奏です。(あくまでも私比・・・です。)
そして、このフェラスとバルビエこそは、お互いになくてはならないコンビであることがこの録音を聞いているとよく分かります。

バルビエは常にフレームです。そのフレームがあるからこそ、フェラスは安心してその枠の中で自由に振る舞えます。バルビエもまた、そのフレームの中でフェラスが美しく謳ってくれるのでその役割を果たす甲斐があるというものです。
そして、時にはバルビエもまた踏み込んだ歌を聴かせてくれたりもします。これぞコンビの見本みたいな組み合わせです。

なお、58年録音なのに何故にモノラルなんだ!!と最初は思うのですが、モノラル録音の絶頂期に録られただけあってクオリティは低くはありません。
それに、形式がピアノとヴァイオリンだけですから、モノラルでもそれほど不満を感じることはありません。

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