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ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第8番 ト長調 Op.30-3

(P)アルトゥール・ルービンシュタイン (Vn)ヘンリク・シェリング 1961年1月3日録音


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ベートーベンのヴァイオリンソナタの概要

ベートーベンのヴァイオリンソナタは、9番と10番をのぞけばその創作時期は「初期」といわれる時期に集中しています。9番と10番はいわゆる「中期」といわれる時期に属する作品であり、このジャンルにおいては「後期」に属する作品は存在しません。
ピアノソナタはいうまでもなくチェロソナタにおいても、「後期」の素晴らしい作品を知っているだけに、この事実はちょっと残念なことです。

ベートーベンはヴァイオリンソナタを10曲残しているのですが、いくつかのグループに分けられます。

作品番号12番の3曲

まずは「Op.12」として括られる1番から3番までの3曲のソナタです。この作品は、映画「アマデウス」で、すっかり悪人として定着してしまったサリエリに献呈されています。
3曲とも、急(ソナタ形式)-緩(三部形式)-急(ロンド形式)というウィーン古典派の伝統に忠実な構成を取っており、いずれもモーツァルトの延長線上にある作品で、「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」という範疇を出るものではありません。

しかし、その助奏は「かなり重要な助奏」になっており、とりわけ第3番の雄大な楽想は完全にモーツァルトの世界を乗り越えています。

  1. 『第1番 ニ長調』(op.12-1):習作的様相の強い「第2番」に比べると、例えば、ヴァイオリンとピアノの力強い同音で始まる第1主題からしてはっきりベートーヴェン的な音楽になっています。

  2. 『第2番 イ長調』(op.12-2):おそらく一番最初に作曲されたソナタと思われます。作品12の中でも最も習作的な要素が大きい。

  3. 『第3番 変ホ長調』(op.12-3):変ホ長調という調性はヴァイオリンにとって決してやさしい調性ではないらしいです。しかし、その「難しさ」が柔らかで豊かな響きを生み出させています。「1番」「2番」と較べれば、もう別人の手になる作品になっています。また、ピアノパートがとてつもなく自由奔放であり、演奏者にかなりの困難を強いることでも有名です



作品23と24のペア

続いて、「Op.23」と「Op.24」の2曲です。この二つのソナタは当初はともに23番の作品番号で括られていたのですが、後に別々の作品番号が割り振られました。
ベートーベンという人は、同じ時期に全く性格の異なる作品を創作するということをよく行いましたが、ここでもその特徴がよくあらわれています。悲劇的であり内面的である4番に対して、「春」という愛称でよく知られる5番の方は伸びやかで外面的な明るさに満ちた作品となっています


  1. 『第4番 イ短調』(op.23):モーツァルトやハイドンの影響からほぼ抜け出して、私たちが知るベートーベンの姿がはっきりと刻み込まれたさくいんです。より幅の広い感情表現が盛り込まれていて、そこにはやり場のない怒りや皮肉、そして悲劇性などが盛り込まれて、そこには複雑な多面性を持った一人の男の姿(ベートーベン自身?)が浮かび上がってきます。

  2. 『第5番 へ長調』(op.24):この上もなく美しいメロディが散りばめられているので、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中では最もポピュラリティのある作品です。着想は4番よりもかなり早い時期に為されたようなのですが、若い頃のメロディ・メーカーとしての才能が遺憾なく発揮された作品です。



作品30の3曲「アレキサンダー・ソナタ」

次の6番から8番までのソナタは「Op.30」で括られます。この作品はロシア皇帝アレクサンドルからの注文で書かれたもので「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれています。
この3つのソナタにおいてベートーベンはモーツァルトの影響を完全に抜け出しています。そして、ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権を目指したのベートーベンの独自な世界はもう目前にまで迫っています。
特に第7番のソナタが持つ劇的な緊張感と緻密きわまる構成は今までのヴァイオリンソナタでは決して聞くことのできなかったスケールの大きさを感じさせてくれます。また、6番の第2楽章の美しいメロディも注目に値します。


  1. 『第6番 イ長調』(op.30-1):秋の木漏れ日を思わせるような、穏やかさと落ち着きに満ちた作品です。ベートーベンらしい起伏に満ちた劇性は気迫なので演奏機会はあまり多くないのですが、好きな人は好きだという「隠れ有名曲」です。

  2. 『第7番 ハ短調』(op.30-2):ハ短調です!!ベートーヴェンの「ハ短調」と言えば、煮えたぎる内面の葛藤やそれを雄々しく乗り越えていく英雄的感情が表現される調性です。この作品もまたベートーヴェンらしい悲痛さと雄大さを併せもっているので、「春」「クロイツェル」に次ぐ人気作品となっています。

  3. 『第8番 ト長調』(op.30-3):7番の作曲に全力を投入したためなのか、肩の力が抜けてシンプルな作品に仕上がっています。ただし、そのシンプルさが何ともいえない美しさにつながっていて、人というのは必ずしも、何でもかんでも「頑張れ」ばいいというものでないことを教えてくれる作品です。



作品47

そして、「クロイツェル」と呼ばれる、ヴァイオリンソナタの最高傑作ともいうべき第9番がその後に来ます。
「ほとんど協奏曲のように、極めて協奏風に書かれた、ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」というのがこの作品に記されたベートーベン自身のコメントです。
ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が自由奔放かつ華麗にファンタジーを歌い上げます。中期のベートーベンを特徴づける外へ向かってのエネルギーのほとばしりを至るところで感じ取ることができます。
ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権というベートーベンがこのジャンルにおいて目指したものはここで完成され、ロマン派以降のヴァイオリンソナタは全てこの延長線上において創作されることになります。


  1. 『第9番 イ長調(クロイツェル)』:若きベートーベンの絶頂期の作品です。この時代には「交響曲第3番(英雄)」「ピアノ・ソナタ第21番(ワルトシュタイン》)「ピアノ・ソナタ第23番(熱情)」が生み出されているのですが、それらと比肩しうるヴァイオリンソナタの最高傑作です。



作品96

そして最後にポツンと創作されたような第10番のソナタがあります。
このソナタはコンサート用のプログラムとしてではなく、彼の有力なパトロンであったルドルフ大公のために作られた作品であるために、クロイツェルとは対照的なほどに柔和でくつろいだ作品となっています。


  1. 『第10番 ト長調』:「クロイツェル」から9年後にポツンと作曲された作品で、長いスランプの後に漸く交響曲第7番や第8番が生み出されて、孤高の後期様式に踏み出す時期に書かれました。クロイツェルの激しさとは対照的に穏やかな「田園的」雰囲気にみちた作品となっています。




芸術が持つ残酷さ

シェリングとルービンシュタインの組み合わせによる録音は私が知る限りでは、1958年と1960年の年の暮れに行われた以下のものだけです。

1958年の年の暮れ


  1. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第9番 イ長調 「クロイツェル」 Op.47:12月30日録音

  2. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第5番 へ長調 「春」 Op.24:12月31日録音




1960年の年の暮れ


  1. ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調 op.100:1960年12月28,29日録音

  2. ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調op.78「雨の歌」:1960年12月30日録音

  3. ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調 op.108:1960年12月30日& 1961年1月3日録音

  4. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第8番 ト長調 Op.30-3:1961年1月3日録音



これ以外には、1970年代にフルニエも加えて、シューベルト、シューマン、ブラームスの三重奏曲を録音していますが、この二人の経緯を考えれば随分少ない数です。
ただ、考えようによっては、シェリングはルービンシュタインによって見いだされた時には既に一流のヴァイオリニストであり、機会さえ与えられればルービンシュタインのサポートは必要ではなかったと言うことなのかもしれません。ルービンシュタインはピアノの王様として多忙を重ねていましたし、シェリングもまた凄い勢いで己のキャリアを伸ばしていく中で、ゆっくりと録音しているような暇はなかったと言うことなのかもしれません。

そう考えれば、忙しい年の暮れに録音された理由も見えてくるような気がします。もっとも、欧米ではお正月の重みは日本とは随分と異なりますから同列には出来ませんが、それでもこんな時期に録音をするというのはそれほど一般的でないことも確かです。
お互いの日程を調整すれば、このあたりしか時間が空いていなかったのでしょうね。
ただ、室内楽ではルービンシュタインとの共演は重ねていましたので、いざ録音となってもそれほど時間は必要とはしなかったのでしょう。かなりタイトな日程での録音ですが、どれもこれもが高いクオリティ維持しています。

ただ、私たちは、その後のシェリングの晩年を知っています。
70年代に来日した頃のシェリングは完全なアルコール依存症患者であり、数メートル離れたところからでもアルコールのにおいが漂ってくるほどの重症だったと伝えられいます。

もともとアルコールが大好きだったという素地はあるのでしょうが、依存症にまでなった背景には世界の第一線でソリストとして活躍していくことの重圧があったことは否定できません。そう考えれば、ルービンシュタインによって世界の檜舞台に躍り出たことが本当に幸せだったのかは難しい判断となります。もしかしたら、彼が本当に望んでいたのはメキシコでの穏やかな教師生活だったのかもしれません。
そう言えば、優れた才能を持ちながら、ソリストという生活に背を向けて教育活動に専念してしまったという人は結構います。イヴ・ナットなんかもそうですし、ヴァイオリニストではティボール・ヴァルガの名前なども思い出します。

彼が、若い頃の華やかなキャリアに見切りをつけて教師生活に入ったのも、もしかしたらソリストという過酷な生活には向かない「自分」というものを感じていたのかもしれません。しかし、ある日突然、同郷の偉大なピアニストによって世界への舞台が突然開かれれば、それを拒める人がいないことも事実です。
そして、その事によって聞き手である私たちは、シェリングというかけがえのないヴァイオリニストを手に入れることが出来たのです。

とは言え、果たしてそれがシェリングにとって本当に幸せだったのか・・・と言う思いも消えないところに、芸術が持つ残酷さが垣間見えます。

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