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ドヴォルザーク:交響曲第9番 ホ短調 Op.95 「新世界より」

バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1962年4月16日録音

Dvorak:Symphony No. 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [1st movement]

Dvorak:Symphony No. 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [2nd movement]

Dvorak:Symphony No. 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [3rd movement]

Dvorak:Symphony No. 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [4th movement]


望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミヤの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」

その言葉に通りに、ボヘミヤ国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるといえます。
さらに、過去の2作がかなりロマン派的な傾向を強めていたのに対して、この9番は古典的できっちりとしたたたずまいを見せていることも、分かりやすさと親しみやすさを増しているようです。

初演は1883年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。


好き勝手に料理した録音

ある意味では、バーンスタインという指揮者の本質的な部分があらわになった演奏家もしれません。
ただし、「外連味」という言葉でくくってしまうと異論があるかもしれません。
好意的に解釈すれば、その場その場における自分の感性にどこまでも正直で、たとえそれが「常識」とかけ離れていても、その感性を信じることに躊躇いを見せないという姿勢があらわになった演奏だと言えます。

あまり細かいことを書いても煩わしいだけなのですが、それでも第1楽章のとんでもない直進性には、若きバーンスタインの覇気が満ちあふれていて「これはいいぞ!!」と思わせられます。
ところが、それをうけた第2楽章のとんでもなく遅いテンポと、そのテンポで描き上げられていく曲線美を見せつけられると、それが前の楽章とどのように結びつくのか戸惑いを覚えてしまいます。
さらにはそれをうけた第3楽章の吃驚仰天の疾走を聞かされると、これはいったいどうなっているんだ?と「?」がいくつも頭の回りに明滅してしまうはずです。
そして、最終楽章に入って、漸く常識的なラインに落ち着いたかと思ったとたんに中間部で突然の急ブレーキがかかり、さらには、最後の最後で長ーーーいフェルマータがとどめを刺します。

つまりは、最初から最後まで、この作品の常識に沿うような場面は一つもなく、まさに一期一会のライブ演奏にであったような錯覚に陥るような演奏なのです。

ただし、その急激なギアチェンジからはフルトヴェングラーのように音楽の内部からわき出してくるような必然性は感じられません。有り体に言えば「恣意性」という言葉で切って捨てられそうなのですが、しかし、その「恣意性」とも思える作りの中からバーンスタインが指向する音楽が聞き取れ、そして、その音楽が十分に魅力的であることも否定できないのです。
そこからは、フルトヴェングラーでもなければトスカニーニでもなく、そしてカラヤンでもないバーンスタインの音楽があふれているのです。そして、その美質はヨーロッパの伝統から距離を置いたフリーハンドがなせる美質であったことに気づかされます。

一般的には、バーンスタインの録音は、活動の軸足をヨーロッパに置くようになった後年のものを評価するのが「常識」なのですが、私はこのような恐れを知らないニューヨークフィル時代の録音が大好きです。
そして、そう言う美質と同じ美しさを若き時代の小沢からも感じたものでした。

バーンスタインという人は、確かに20世紀を代表する指揮者であったことは事実です。
しかし、彼が残したスタジオ録音は正直言ってあまり面白くないものが多いです。その面白くない理由の最たるものは、どれもこれもお行事が良すぎるのです。
それは、巨匠となった後年の録音だけでなく、たとえば、60年代に手兵のニューヨークフィルと録音したブラームスやベートーベンなどにも当てはまります。確かに、それらはドイツ古典派とそれを継承した正統派の音楽ふさわしい立派な作りにはなっているのですが、どこか彼の本当の持ち味が発揮し切れていないもどかしさを感じてしまうのです。

その意味で言えば、この「新世界より」という「超」がつくほどの有名曲をかくも好き勝手に料理をして見せたこの録音は、若き時代のバーンスタインという指揮者の魅力を存分に味あわせてくれます。
ただし、この録音がスタンダードになることは金輪際ないことは確かです。

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