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モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K.425

ヴァンデルノート指揮 パリ音楽院管弦楽団 1957年録音



Mozart:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第1楽章」

Mozart:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第2楽章」

Mozart:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第3楽章」

Mozart:交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 「第4楽章」


わずか4日で仕上げたシンフォニ


1783年の夏にモーツァルトは久しぶりにザルツブルグに帰っています。その帰りにリンツに立ち寄った彼は3週間ほどトゥーン伯爵の邸宅に逗留することとなりました。
そして、到着してすぐに行われた演奏会では、ミヒャエル・ハイドンのシンフォニーに序奏を付け足した作品を演奏しました。実は、すぐに演奏できるような新作のシンフォニーを持っていなかったためにこのような非常手段をとったのですが、後年この作品をモーツァルトの作品と間違って37番という番号が割り振られることになってしまいました。もちろん、この幻の37番シンフォニーはミヒャエル・ハイドンの作品であることは明らかであり、モーツァルトが新しく付け加えた序奏部だけが現在の作品目録に掲載されています。

さて、大変な音楽愛好家であったトゥーン伯爵は、その様な非常手段では満足できなかったようで、次の演奏会のためにモーツァルト自身の新作シンフォニーを注文しました。この要望にこたえて作曲されたのが36番シンフォニーで、このような経緯から「リンツ」という名前を持つようになりました。

ただ、驚くべきは、残された資料などから判断すると、モーツァルトの後期を代表するこの堂々たるシンフォニーがわずか4日で書き上げられたらしいと言うことです。いかにモーツァルトが天才といえども、全く白紙の状態からわずか4日でこのような作品は仕上げられないでしょうから、おそらくは作品の構想はザルツブルグにおいてある程度仕上がっていたとは思われます。とは言え、これもまた天才モーツァルトを彩るには恰好のエピソードの一つといえます。

まず、アダージョの序奏ではじまった作品は、アレグロのこの上もなく明快で快活な第1主題に入ることで見事な効果を演出しています。最近、このような単純で明快、そして快活な姿の中にこそモーツァルトの本質があるのではないかと強く感じるようになってきています。第2楽章のアンダンテも微妙な陰影よりはある種の単純さに貫かれた清明さの方が前面にでています。そしてその様な傾向はメヌエットでも最後のプレスト楽章でも一貫しています。
おそらくは4日で仕上げる必要があったと言うことがその様な単純さをもたらしたのでしょう。しかし、その事が決してマイナスにならないところがモーツァルトの凄いところです。


30歳の若者にしか作れなかった音楽

ヴァンデルノートという名前を聞いてある種の「懐かしさ」を覚える人は、よほど年季の入ったクラシック音楽愛好家でしょう。なぜなら、65年には来日して、読売日響を指揮する颯爽とした姿を未だに懐かしく覚えている方もいるようですから。
もちろん私などは足元にも及ばず、ただ「知識」として知っているだけの存在です。

ベルギー人であるヴァンデルノートは、ベルギー国立管弦楽団、ベルギー王立劇場(モネ劇場)の指揮者を歴任し、さらには同郷のクリュイタンスの推薦もあってパリ音楽院管弦楽団の指揮台にもたびたび登場しました。そして、63年にはシカゴ交響楽団を指揮してアメリカデビューも果たし、彼のことをクリュイタンスの後継者と見なす人も多かったようです。

しかし、そのようなキャリアを捨て去るように、彼は67年にブラバンド管弦楽団というあまり有名とは言い難いオケの首席指揮者に就任し、その後はベルギー国内での活動に専念するようになって、世界的には姿が消え去ったような存在となってしまいました。
あれっ?、これって誰かと似ていると思い当たった方がいれば、それもまたかなりのクラシック音楽通です。そう、これってペーター・マークとそっくりです。

くわしくは、こちら。・・・エライ古い文章ですが・・・。
ただ、少し違うのは、マークはそのようなドロップ・アウトによって、田舎の小さなオケを相手に言うに言われぬ素晴らし音楽の世界を作り上げてくれましたが、ヴァンデルノートの方は、その晩年に残した音楽を聞くと、かなり苦しいものになってしまっていることです。(ベルギー・フランス語放送管弦楽団を指揮したライブ録音・・・人によっては「なかったことにしたい」ような演奏らしいです)
そう言えば、彼とのコンビでモーツァルトのコンチェルトを録音したハイドシェクは、「演奏よりその後のビールにしか興味のない人物」と評していたそうです。
彼のドロップ・アウトの本当の理由は未だに「謎」らしいので、もしかしたら、マークのような深遠な理由が背景にあるのではなくて、意外と「飲んべえ」が原因だったのかもしれません。

ただし、彼が若手の指揮者としてキャリアを上っていこうとしている時代の録音には素晴らしいものがたくさんあります。
特に、今回取り上げたモーツァルトの交響曲は素晴らしい演奏です。この時、ヴァンデルノートは30歳になったばかりです。

クラシック音楽の世界というのは「シルバーシート優先」という麗しい「伝統」があって、とりわけ指揮者というのは年を重ねるほど芸に深みが出てくると信じられています。ですから、一般的には、こういう駆け出しの指揮者の音楽などというものはそれほど注目されないものです。
確かに、こういう評価の仕方は概ね正しいことが多いのですが、その反面、そう言う「若者」にしか為しえない音楽の形というものも存在することは事実です。
そう言えば、人はその一生において同じものを三回見ると言った人がいました。若いときには「発見」の喜びで見つめ、脂ののりきった壮年期にはそれを「確かめる」ように見つめ、そうして老年を迎えて「見納め」の思いで眺めるというのです。
そして、この録音はそのような若者でしか為しえないようなほとばしるような生命観に満ちあふれた音楽になっています。
演奏の基本的なスタンスは、この時代を席巻していたザッハリヒカイトな音楽作りでしょう。一見すると、彼は指揮台で何もしていないように聞こえます。しかし、聞こえてくる音楽はこの上なくしなやかで生命観にあふれていて、そこにはザッハリヒカイトという言葉から連想される素っ気なさや硬直した雰囲気などは微塵も存在しません。

とりわけ素晴らしいのは、そのような演奏のベクトルと作品の性格がベストマッチした35番「ハフナー」と36番「リンツ」です。次いで、38番「プラハ」も悪くないですし、41番の「ジュピター」も勢いがあって悪くないです。
ただし、モーツァルトの白鳥の歌と言われることもある39番は、勢いだけでは処しがたく、40番のト短調シンフォニーでは、そのデモーニッシュなテイストを持てあましているのがはっきりと感じ取れます。
ですから、全てが全て二重丸とは言いませんが、それでもこの「ハフナー」と「リンツ」の録音を残しただけでも、ヴァンデルノートの名前を記憶にとどめておく価値はあると思います。

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