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アイザック・スターン(Isaac Stern)|プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 ト短調, Op.63(Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63)
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲 第2番 ト短調, Op.63(Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63)
(Vn)アイザック・スターン:レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1957年1月21日録音(Isaac Stern:(Con)Leonard Bernstein)New York Philharmonic Recorded on January 21, 1957)
Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [1.Allegro moderato]
Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [2.Andante assai]
Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [3.Allegro ben marcato]
新しさよりは古典的な協奏曲との近しさすら感じてしまう

プロコフィエフはロシア革命の混乱を逃れてアメリカに渡るのですが、そこでの生活も水に合わなかったのか、さらに活動の本拠をパリに移します。当時のパリは、ロシア革命の混乱を逃れた亡命ロシア人が数多く生活をしたのですが、その中でもプロコフィエフはとびきりの有名人であり、パリの社会もまた彼を暖かく迎え入れました。
そして、パリを拠点として熱心に演奏活動も行い作曲活動にも取り組んでいくことになります。
そんな彼に、フランス人ヴァイオリニストのロベール・ソータンのために新しいヴァイオリン協奏曲が委嘱されます。そして、その委嘱にこたえて作曲されたのがこのヴァイオリン協奏曲第2番でした。そして、1935年には彼は祖国への復帰を決意するので、この作品は彼の西洋における最後の差曲活動となりました。
彼が、どうして恵まれた西洋での生活を投げ捨ててソ連に帰ったのかは様々な憶測が語られているのですが、本人がその事について何も語っていない以上、本当のことは誰にも分からないでしょう。
とにかく、この作品は1935年の初めにパリで書き始められ、その後、カスピ海のほとりにあるソ連のバクーで書き上げられました。
しかし、ソ連に帰ったプロコフィエフは最初は特別待遇だったようで、かなり自由に出国が出来たようで、この作品の初演はスペインの首都マドリッドで行われ、その後プロコフィエフはヴァイオリニストのソータンとともに北アフリカの国々を演奏旅行でまわっています。
そして、この作品に関してはソータンが独占的に1年間は演奏する権利が与えられていたのですが、残念ながら彼の演奏ではこの作品の名声を高めることは出来なかったようです。
彼の第1番のヴァイオリン協奏曲がなかなか評価されなかった中で、それを粘り強く演奏し続けてその評価を確かなものにしたのはヨーゼフ・シゲティだったことは有名な話です。
それと同じように、結果としてこの作品の評価を確立したのはハイフェッツでした。ハイフェッツは自らの演奏会でこの作品を積極的に取り上げ、その事に対してプロコフィエフも喜びと感謝の言葉を残しています。
ただし、この協奏曲は第1番と較べるとかなり雰囲気が異なっています。
パッと聞いて気づくのは、第1番の協奏曲にはヴァイオリン演奏の様々な技巧が散りばめられているのに対して、この2番ではかなり保守的といえるほどの範囲にとどめられていることです。また、形式的に見ても新しさよりは古典的な協奏曲との近しさすら感じてしまうのです。
つまりは、ここには、あの若いころのピアノ協奏曲で見せたような挑戦的な色彩や響きはすっかり影をひそめて、極めてシンプルで簡素な音楽に仕上げているのです。このあたりが、私がプロコフィエフという作曲家の分からないところで、新しいのか古いのか、過激なのか穏健なのか、何ともとらえどころがないので困ってしまうのです。
ただし、そんな難しいことを考えずに素直に聞けば、第1楽章からは古くからのロシアの歌に漂う様な憂愁の味が染み込んでいますし、続く第2楽章も叙情的で旋律豊かな音楽になっています。それは、ロマン派までの音楽史か受け付けない古い耳にとっても、実に心地よい音楽であることは事実です。
そしてロンド形式で書かれた最終楽章はエネルギー感に溢れる音楽であり、フィナーレは荒々しいほどのエネルギー感を爆発させて曲を閉じます。これ儲け狙いと言えば、そう言う面は否定できないでしょう。
しかしながら、音家家というものは言葉ではなくて音で物事を語るとすれば、この音楽に漂うロシア的な要素にこそ、彼が故郷へ復帰した心情が最も雄弁に語られているのかもしれません。穿ちすぎかもしれませんが・・・。
熱量にあふれた肉厚の演奏
プロコフィエフの音楽といえば「鋼鉄のモダニズム」などと言う前衛的な鋭さを強調して演奏するのが通念でした。
しかし、アイザック・スターンのプロコフィエフには半端ない熱量があります。スターンはその熱量でプロコフィエフを包み込みます。
オイストラフが演奏するプロコフィエフは「鋼鉄のモダニズム」などと言う前衛的な鋭さを強調して演奏するとは一線を画していました。
しかし、スターンのプロコフィエフはさらに肉厚でたくましさにあふれていて、「ひんやりとした無機質なプロコフィエフ」からより一層距離を置いています。
スターンは50年代、60年代、80年代と、三度にわたってスタジオ録音を残しています。
とりわけ、63年のオーマンディとの録音は「フィラデルフィア・サウンド」とあいまって華やかさと力強さが際立っています。
50年代のミトロプーロスとバーンスタインとの録音はそれよりは尖っていましたが、基本は変わりません。瑞々しさが魅力と言えるでしょうか。
第1番の冒頭や第2番の第2楽章のようにロマンティックな旋律では、待ってましたとばかりに濃厚で情熱的なヴィブラートが炸裂します。
しかし、スケルツォ楽章などでは、一音一音を豊かに鳴らし切ることによってプロコフィエフ特有の辛辣なリズムや強烈なアクセントを見事に表現して見せます。
プロコフィエフの音楽には、尖ったモダニズムと、ロシアの伝統に根ざした豊かな抒情性という2つの極があるのですが、そのバランスをスターンは実にうまく表現して見せます。
ということで、好意的に解釈すればそのようなことになります。
もちろん、「緩すぎ!!暑苦しい!!」と感じる人がいても否定はしません。
私は「ひんやりとした無機質なプロコフィエフ」はどうにも苦手なのでスターンの録音は嫌いではないです。…でも、暑苦しすぎかな…と思うこともあります。
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