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カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ:チェロ協奏曲第3番イ短調, Wq.172(Carl Philipp Emanuel Bach:Cello Concerto in A Major, Wq.172)

(Cello)アンドレ・ナヴァラ:アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 1950年6月24日録音(Andre Navarra:(Con)Andre Cluytens:Paris Conservatory Concert Society Orchestra Recorded on June 24, 1951)



Carl Philipp Emanuel Bach:Cello Concerto in A Major, Wq.172 [1.Allegro]

Carl Philipp Emanuel Bach:Cello Concerto in A Major, Wq.172 [2.Largo con sordini, mesto]

Carl Philipp Emanuel Bach:Cello Concerto in A Major, Wq.172 [3.Allegro assai]


溌剌とした輝きと中間部の繊細で叙情的な旋律が魅力的です

バッハと言えば「ヨハン・セバスティアン・バッハ」のことなのですが、18世紀にバッハと言えば「カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(C.P.E.バッハ)」の事でした。
バッハ一族は優れた音楽家を輩出した事で知られているのですが、その中でも最も世俗的な成功をおさめたのがエマヌエル・バッハでした。

エマヌエルは若くしてプロイセン王国の皇太子フリードリヒ(後のフリードリヒ2世)の宮廷にチェンバロ奏者として採用され、その後長きにわたってフリードリヒ2世の信頼を勝ち得ていくのです。
そんなエマヌエルのもとを父であるバッハが訪れて「音楽の捧げもの」を作曲したのは有名な話です。

よく知られているように、「音楽の捧げもの」はプロイセン国王であったフリードリヒ2世が示した主題(王の主題)をもとにした作品集です。しかし、その与えられた「王の主題」はフーガとして処理していくのは不可能とまでは言わなくても、かなり困難な代物でした。
おそらくは、その主題は王のものと言うよりは、宮廷楽団の中でバッハ一族の力が伸びていくのを快く思わなかった一部の音楽家達が、その鼻っ柱をへし折ってやろうという「悪意」に基づいて作り出したものではないかと想像されます。つまりは、どう頑張ってもフーガに展開できないような主題を与えて、息子のエマヌエルも含めて王の前で恥をかかせてやろうという魂胆があったのです。

ところが、そこでバッハは常人であれば想像もできないような技を披露してしまうのです。
王の面前で醜態をさらすのを今か今かと待ちわびている宮廷音楽家達の前で、バッハは彼らの想像をはるかに超えるフーガが即興で展開していくのです。
おそらく、才能のある音楽家であればあるほどに、そのあまりの出来事に呆然としたことでしょう。しかしながら、そのままでは彼らもの面目が丸つぶれとなるので、さらに6声のフーガに展開することを求めるのです。

無茶苦茶と言えば無茶苦茶な要求です。3声と6声では難易度が桁外れに異なるからです。
しかしながら、バッハは即興で披露することは出来なかったものの、後日、彼は「王の主題」に基づいた6声のフーガを「音楽の捧げもの」としてフリードリヒ2世に献呈するのです。
そして、エマヌエルは自らの音楽的才能は、その様な父の指導の賜物だと述べることでプロイセンの宮廷での地位を確固たるものにしていったのです。

確かに、彼の音楽的才能が父から引き継いだものだという事は決して嘘ではありませんでした。
とりわけ、鍵盤楽器のための作品に対する彼の貢献は非常に大きく、鍵盤楽器の奏者のために書かれた「試論(邦題:正しいクラヴィーア奏法)」はモーツァルトやベートーベンにとってもバイブル的な存在でした。
そう言えば、あのモーツァルトがエマヌエルに対しては深い経緯を込めて「彼は父であり、我々は子供である」と述べていたのです。あのモーツァルトはここまで他の人を誉めるなど空前にして絶後のことです。
そして、ベートーベンもまた彼の鍵盤楽器のための作品に対して賞賛の言葉をおくり、知り合いの出版社にエマヌエルの楽譜を可能な限り手配するように依頼しているのです。

エマヌエルの大きな功績はソナタ形式の確立に大きな役割をはたしたことであり、それによって和声がもたらす多彩な響きを開拓していったことです。それは、基本的に対位法の人であった父親から多くのものを学びながらもそこから確かな一歩を踏み出した人だったことを意味しています。
そして、それ故に、彼はモーツァルトやベートーベンからも大きな尊敬を勝ち得たのです。
それ故に、彼のメインのフィールドは鍵盤楽器であり、チェロのような弦楽器のための音楽は彼の中にあってはそれほど主要な地位を占めるものではありませんでした。このチェロ協奏曲も原曲はチェンバロのための作品だったようで、何らかの求めに応じてチェロの音楽に編曲したようです。
しかし、そうであっても、エマヌエルらしい溌剌とした輝きと中間部の繊細で叙情的な旋律がもたらす魅力は全く色あせてはいません。
確かに、音楽のスケールは小さく、それ故にそこで表現される感情の振幅は小さいかもしれません。
しかし、この世の中にいきなりモーツァルトやベートーベンが現れるはずもなく、その前段階で彼のような人が新しいフィールドを開拓していたからこそ、次の世代は大きな飛躍が実現でいたのです。
そして、その様な小さな枠の中に収まっている音楽というのは、ベートーベンのような押しつけがましさからは免れているという美点も持っているのです。

疲れているときにベートーベンなんかを聞くとさらに疲れが増しますからね(^^;。


急がなかった早熟の天才

クリュイタンスの古い録音を聞いていてふと出会ったのがこのアンドレ・ナヴァラでした。もちろん名前は聞いたこともあって幾つか録音も聞いた記憶はあるのですが、何故かこのサイトでは今まで一度も取り上げていないことに気づきました。
ナヴァラと言えば、フルニエと並んでフランスを代表するチェリストですから、これはいけませんね。

と言うことで、まずは簡単な経歴から紹介しておきましょう。
亡くなってから30年以上もたつとさすがに人々の記憶からは薄れていきますから。

アンドレ・ナヴァラは1911年生まれで、父親はコントラバス奏者でした。幼くしてその才能はめざましく、9歳でトゥールーズ音楽院に入学し、13歳で首席卒業、さらにパリ音楽院に進学し15歳で首席卒業、そして、20歳でラロの「チェロ協奏曲 ニ短調」を演奏してソリストとしてデビューしています。
まあ、言ってみればよくある神童、言葉をかえれば早熟の天才と言うところでしょうか。
しかし、彼のチェロのおもしろいのは、そう言う「早熟の天才」にしては意外なほどに骨太で力強い音楽を聞かせてくれたことです。「十で神童 十五で才子 二十過ぎれば只の人」というのはよくある話ですが、今でも彼はフルニエやジャンドロンと並んでフランスを代表するチェリストとして認識されています。
決して早熟の天才と言うだけではなかったようです。

おそらくその背景には、彼がソリストとしての活動をメインにする前にパリ・オペラ座管弦楽団の首席チェリストとして長く活動したことが大きかったのかもしれません。彼はそこで戦前の華やかなパリの空気に包まれながら、トスカニーニやワルター、フルトヴェングラー等の偉大な指揮者たちの音楽を間近で経験して、彼の音楽のバックボーンを形づくったのではないかと思われます。
言い換えてみれば早熟ではあったものの決して彼は道を急がなかったのです。
そう言えば、ピアニストのポリーニがショパンコンクールで優勝した後己の「若さ」を自覚していて、その後10年近くにわたって表だった演奏活動から身を引いてレッスンにいそしんだことは有名な話です。急いではいけないのですが、昨今の商業主義はその様な余裕を才能ある若者に与え要としないのが今という時代の不幸なのでしょう。

そして、ナヴァラもまた、満を持するように1945年からソリストとしての活動に集中しています。
おそらくその事が、フランス風の洗練されただけの音楽にならなかった大きな理由だったのではないか、などと勝手に想像しています。

シューベルトのアルペジョーネソナタやエマヌエル・バッハのチェロ協奏曲等を聞くと、軽くもなければ甘過ぎもせず、どこかしっとりと落ちついたたたずまいが魅力的ですし、シューマンの協奏曲でのエネルギッシュな快活さなどには圧倒されます。
そして、そのシューマンとエマヌエル・バッハにかんしては、クリュイタンスがバックをつとめているというのは有り難い話です。
とりわけ、エマヌエル・バッハに関しては極めてレアな音楽なだけに、その音楽とナヴァラの魅力を存分に引き出してくれています。

もう少し、ナヴァラの録音を紹介しないといけないですね。

この演奏を評価してください。

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2024-01-08:大串富史





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