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ベートーベン:ピアノソナタ第3番

ギーゼキング 1949年11月28日録音



Beethoven:ピアノソナタ第3番 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第3番 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第3番 「第3楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第3番 「第4楽章」


ハイドンに献呈されたピアノソナタ

 ボン時代にベートーベンはハイドンと知り合います。イギリスに招かれての行き帰りの時です。
若きベートーベンの才能を認めたハイドンはウィーンに出てきて自分のもとで学ぶようにすすめます。喜んだベートーベンは選定侯の支援もあって飛ぶようにウィーンに向かいます。
 ハイドンがイギリスからの帰りにベートーベンと出会い、ウィーン行きをすすめたのが1792年の7月です。そのすすめに応じてベートーベンがウィーンに着いたのが同じ年の11月10日です。当時の社会状況や準備に要する時間を考えれば、ベートーベンがどれほどの期待と喜びをもってウィーンのハイドンのもとにおもむいたのかが分かります。
 しかし、実際にウィーンについてハイドンのもとで学びはじめるとその期待は急速にしぼんでいきます。偉大な選手が必ずしも偉大なコーチにならないとのと同じで、偉大な作曲家ハイドンは決して教師に向いた人ではなかったようです。
 おまけにベートーベンの期待があまりにも大きく、そして、ベートーベン自身もすでに時代を越え始めていました。

 ハイドンの偉大さは認めつつも、その存在と教えを無批判に受け入れるというのはベートーベンには不向きなことでした。それよりは、自分が必要と思うものをクールに受け取れる存在の方がよかったようです。
 そこで、ベートーベンはサリエリ(映画アマデウスのおかげで凡庸な作曲家というイメージが定着してしまいました)やアレブレヒツベルガーなどから作曲理論を学ぶようになり、結局は翌年の春にはハイドンのもとを去ることになります。
 この作品番号2としてまとめられている3曲のピアノソナタは、そのような若き時代の意気軒昂たる姿がうかがえて興味深い作品です。そして、世上噂されるハイドンとの不和も、これらの3曲がハイドンに献呈されていることを考えると、決定的なものではなかったようです。

 ちなみに、この3曲が完成したのは1795年と言われているが、作品の着想そのものはボン時代にさかのぼるそうです。それが、イギリスでの大成功をおさめてウィーンに帰ってきたハイドンに謝意を示すために一気に完成されたと言われています。
ピアノソナタ第3番 ハ長調 Op.2−3
第1楽章
 アレグロ・コン・プリオ ハ長調 4分4拍子 ソナタ形式
第2楽章
 アダージョ ホ長調 4分の2拍子 ロンド形式
第3楽章
 アレグロ ハ長調 4分の3拍子 スケルツォ
第4楽章
 アレグロ・アッサイ ハ長調 8分の6拍子 ロンド形式


「かろみ」の世界

49年から50年にかけてベートーベンのピアノソナタをまとめて録音しながら、4・5・7番と20・22番の5曲だけは録音されずに残されてしまいました。この少し後にモーツァルトのピアノソナタは全曲録音して全集として完成させているわけですから、このベートーベンに関しても「全集」として完成させることへの意欲はなかったとは思えません。20番と22番に関しては演奏する気になれなかったというのなら理解できないことはないのですが、4・5・7番に関してはベートーベンの初期を代表する重要な作品ですから、この欠落の仕方は実に不思議です。
全くの想像ですが、おそらくは芸術上の問題ではなくてビジネス上の問題として打ち切られた可能性が高いように思われます。(あくまでも、私の想像ですが・・・)

その結果として、モーツァルトのピアノソナタ全集は20世紀におけるモーツァルト演奏の一つのスタンダードとして今もって現役盤としてカタログを飾り続けていますが、ベートーベンのこれら一連の録音は長く忘却の彼方に追いやられていました。おかげで、マスターテープの保存状態もあまりよろしくなかったようで、音質的にもいまいち冴えません。ギーゼキングにわずかに遅れて(50〜54年)、バックハウスがベートーベンのピアノソナタを全曲録音しているのですが、それと比べてみれば音質の違いは歴然としています。
バックハウスの録音は全集として完成し、さらに音質的にもモノラルの極上とは言えないまでも十分に音楽として楽しめるクオリティをもっていたのに対して、ギーゼキングの方は中途半端な形で放置されたままに、音質的にもパッとしません。結果として、スタンダードとしての地位を獲得したのがバックハウスであったことは仕方のないことです。

しかし、今ひとつさえない録音であるにも関わらず、ギーゼキング特有のクリアな音色は感じ取ることができます。一度魅了されれば麻薬のように人を虜にするあの魅力の香りはスポイルされていません。
さらに、バックハウスなどとは全く違う作品の作り方は実に魅力的です。

実はこういう言い方はあまりにも曖昧で注意しなければいけないのですが、いわゆるバックハウスなどに代表される「ドイツ精神主義」的な演奏とは全く異なったポジションからアプローチされた演奏です。その結果として、彼の演奏からは「重さ」ではなくて「軽さ」を感じます。イヤ。「軽さ」などと表現すれば「チープ」もしくは「プア」と混同されかねませんから、和語の「かろみ」と言い換えた方がいいかもしれません。
彼の演奏でベートーベンを聞くと、ベートーベンという偶像にまとわりついていた一切のしがらみから切り離されて、ふわりと空中に浮遊するような自由な感覚を楽しむことができます。それでいながら、作品のエッジは常に明瞭で一切の曖昧さとは無縁ですし、内部の見通しも極上の透明感を保持しています。

ギーゼキングは「ノイエ ザハリヒカイト(新即物主義)」の旗手といわれてきました。本人はこの「ノイエ ザハリヒカイト」といういわれ方はあまりお好きではなかったようですが、この一連のベートーベン演奏を聴くと「ノイエ ザハリヒカイト」の本当に正しい姿が提示されているように思えてなりません。
それは、ただ楽譜に忠実にばりばり弾きまくることではなくて、「楽譜に忠実に、そして作曲者の御心にそうように(^^;、己の想像力を最大限に活用して作品をもう一度クリアに再構築」することであったはずです。昨今の楽譜に忠実なだけの演奏がつまらないのは、作品を再構築する演奏者の「想像力」が欠落しているからです。
その様にとらえれば、バックハウスとギーゼキングの違いは両者のベートーベンに対する「想像力」の違いだということになります。そして、その様な様々な想像力を許容するところに作品の偉大さがあるのだということにも気づかされます。

ベートーベンのスタンダードとしてのバックハウスもいいのですが、時にはギーゼキングの「かろみ」の世界に遊んでみるものいいのではないでしょうか。
<追記>
8番「悲愴」・14番「月光」という有名どころがとりわけ音質が冴えないようです。ちょっと残念です。

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