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ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調, Op.36

カール・シューリヒト指揮:ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1952年5月27日~30日録音



Beethoven:Symphony No 2 in D major, Op.36 [1t:Adagio molto - Allegro con brio]

Beethoven:Symphony No 2 in D major, Op.36 [2:Larghetto]

Beethoven:Symphony No 2 in D major, Op.36 [3:Scherzo. Allegro - Trio]

Beethoven:Symphony No 2 in D major, Op.36 [4:Allegro molto]


新しい道を進みはじめた第一歩が記された交響曲

ベートーベン関連の作品解説はこういうサイトを始めた頃に書いたものが大部分です。今から読みかえせばあまりに簡素であり、正確さに欠ける部分も目について冷や汗ものです。
例えば、交響曲の2番に関してはこういう事を書いていました。

ベートーベンの交響曲は音楽史上、不滅の作品と言われます。しかし、初期の1番・2番はどうしても影が薄いのが事実です。
それは3番「エロイカ」において音楽史上の奇跡と呼ばれるような一大飛躍をとげたからであり、それ以後の作品と比べれば確かに大きな落差は否めません。しかし、ハイドンからモーツァルトへと引き継がれてきた交響曲の系譜のなかにおいてみると両方とも実に立派な交響曲です。

交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にありますし、この第2番の交響曲はその流れのなかでベートーベン独自の世界があらわれつつあります。


今の私なら、「交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にあります」ではなくて、「交響曲の1番は疑いもなくハイドンのザロモン・セットの延長線上にあります」と書くでしょうね。(^^;
まあ、そう言う細かい話は脇におくとしても、それでも「初期の1番・2番はどうしても影が薄い」という風に、この2つの交響曲を同列に論ずるのはやはり粗雑に過ぎたようです。

ベートーベンという人の作曲家としての道筋を辿るときに、重要な目印になるのが32曲のピアノソナタだと言うことが、ピアノ・ソナタの解説を書き直している中でよく分かってきました。
ベートーベンという人はクラシック音楽の世界を深く掘り下げた人であるのですが、驚くほど多方面にわたって多様な音楽を書いた人でもありました。流石に、オペラは彼の資質から見ればそれほど向いている分野ではなかったようなのですが、それでも「フィデリオ」という傑作を残しています。
特定の分野に絞って深く掘り下げた人はいますし、多方面にわたって多くの作品を書き散らした人もいますが、ベートーベンのように幅広い分野にわたって革命的と言えるほどに深く掘り下げた人は、他にモーツァルトがいるくらいでしょう。

そんなベートーベンが、その生涯にわたって創作を続けた分野がピアノソナタであり、それ以外では交響曲と弦楽四重奏の分野でしょうか。
そして、この3つの中でもっとも数多くの作品を残したのがピアノソナタですから、ピアノソナタこそがもっとも細かい目盛りでベートーベンという男を計測できるのです。

この計測器を使って初期の1番と2番の交響曲を計測してみれば、それが同列に論じてはいけないことは一目瞭然です。


  1. ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]

  2. ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]



時間的に見れば相接しているように見えるのですが、ピアノソナタで計測してみれば、この二つの交響曲の間には明らかに大きな飛躍が存在していることに気づかされます。


  1. ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ハ短調 Op.13 [1797-98年]

  2. ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1 [1797~99年]

  3. ピアノ・ソナタ第10番 ト長調 Op.14-2 [1797~99年]



ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]


  1. ピアノ・ソナタ第11番 変ロ長調 Op.22 [1800年]

  2. ピアノ・ソナタ第12番「葬送」 変イ長調 Op.26 [1800-01年]

  3. ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1 [1800-01年]

  4. ピアノ・ソナタ第14番「月光」 嬰ハ短調 Op.27-2 [1801年]

  5. ピアノ・ソナタ第15番「田園」 ニ長調 Op.28 [1801年]




  1. ピアノ・ソナタ第16番 ト長調 Op.31-1 [1802年]

  2. ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 ニ短調 Op.31-2 [1802年]

  3. ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3 [1802年]



ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]

ピアノソナタを3つのグループに分けたのはベートーベンという男が辿ったステップに基づいてグループ分けをしたからです。
ピアノソナタ全体のおよそ3分の1を占める10番までの初期ソナタは、ハイドンやモーツァルトが確立した18世紀のソナタを学んでそれを血肉化し、それをふまえた上で前に進もうと模索した時期でした。そう言う模索の先に第1番の交響曲が生み出されたことは、ベートーベンという男の「歩み方」のようなものが暗示されているように思えます。

彼にとってピアノソナタは常に新しい道を切り開くアイテムであり、そこで切り開いた結果を集大成するのが交響曲だったのではないでしょうか。
その意味では、この第1番の交響曲もまた18世紀の交響曲の集大成であり、その手本は明らかにハイドンだったのです。

そして、ここで集大成した結果を彼はウィーンでの人気ピアニストとしての腕を振るためのピアノソナタに盛り込んで、作品22から28までのソナタを生み出します。
ですから、それらは若き人気ピアニストの作品群と言えます。

しかし、それはやがて彼のわき上がるような創作意欲をおさめるものとしては、あまりにも小さく、そしてあまりにも古いものであることに気づかざるを得なくなります。
そして、その事に気づいたベートーベンは、未だ誰も踏み出したことがないような世界へと歩を進めていくのです。

それが、「私は今後新しい道を進むつもりだ」と明言して生み出された「テンペスト」を含む作品31のソナタだったのです。

交響曲2番は、まさにその様な新しい道へと踏み出した時期に生み出された音楽なのです。ですから、「初期の1番・2番」などとセットにして語ってはいけないのです。
交響曲の1番が18世紀の総括だとすれば、第2番は明らかに19世紀への新しい一歩を踏み出した音楽なのです。

そして、彼はピアノソナタの分野ではこのすぐ後に「ワルトシュタイン」を生み出し、その後に、ついに音楽史上の奇蹟とも言うべき「エロイカ」が生み出されるのです。


  1. ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」 ハ長調 Op.53 [1803-04年]

  2. ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54 [1804年]



ベートーベン:交響曲第3番「エロイカ(英雄)」 変ホ長調 op.55 [1803年~1804年]

その意味では、この第2番の交響曲は18世紀的な第1番よりはエロイカの方に近しいのです。

ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36

第2番の交響曲を特徴づけるものの一つは、第1楽章の冒頭に長い序奏を持つことです。
それが深い感情を表出するようになるのは後年のベートーベンの一つの特徴となっているのですが、ここでも軽い悲劇性が滲み、その終わり近くで登場するファースト・ヴァイオリンによる急速な下行句は強い印象を与えます。
その下行句に続いてて弦楽器が勢いよく第1主題を提示するのですが、それもまた、18世紀の交響曲にありそうでなかったスタイルです。

また、第2楽章のラルゲットの美しさも、ここに至るピアノソナタの緩徐楽章で試行錯誤を繰り返してきた結果が実ったものではないでしょうか。18世紀のピアノは楽器の限界もあって、どちらかと言えば歯切れの良いテクスチャが主流だったのですが、それをベートーベンはレガートでカンタービレすることに腐心していました。このラルゲットで聞くことのできる美しいロマン性は第1番の交響曲では聞くことが出来なかったものですし、そこには「歌う」事への試行錯誤が結実していると言えます。
確かにベートーベンが最もベートーベンらしいのは驀進するベートーベンです。
交響曲の5番やピアノソナタの熱情などがその典型でしょうか。
しかし、瞑想的で幻想性あふれる音楽もまたベートーベンを構成する重要な部分であり、その特徴が一つの形として結実したのがこのラルゲット楽章なのです。

さらに、第3楽章はメヌエットからスケルツォへと変貌を遂げていますが、これもベートーベンの交響曲を特徴づけるものです。
確かに、ベートーベンは初期ソナタの時からメヌエットではなくてスケルツォと記す作品を書いていました。しかし、そう書かれていても、実際は通常の3部形式のメヌエットの域を出るものではなかったので、途中でメヌエットともスケルツォとも記すのをやめている作品もありました。
しかし、ここでは、自信を持ってスケルツォと記していますし、音楽もまたそれに相応しいものに進化しています。

中間部のトリオは主調のニ長調で書かれていてメヌエット的な穏やかさを残してはいますが、それでもフォルトとピアノを突然に交代したりすることで、歌謡性を前面に押し出したメヌエットとは異なる音楽を構築しています。

とは言え、それでも3番とそれ以降の作品と併置されると影が薄くなってしまうのがこの作品の不幸です。
もっと聞かれてしかるべき作品だと思います。


ここには「力強さ」がある

シューリヒトのベートーベンと言えば真っ先に1950年代の後半にパリ音楽院管弦楽団と全曲録音したものを思い出します。あの演奏に関しては私は次のように書いていたようです(^^;。
これは、フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュのベートーベン演奏からは対極にある演奏であることはすぐに分かりますが、かといってトスカニーニやセルのベートーベンと同族かと言われるとそれも少し違います。
そこで気づいたのが、もしかしたらこれと一番対極にあるのは晩年のカラヤンかもしれないということです。そう、あの「カラヤン美学」から最も遠い位置にある演奏がこのシューリヒトではないかと思い至ったのです。

カラヤンの特長はめいっぱいに「音価」を長くとって、それを徹底的に磨き抜くことです。たとえば、晩年に録音したシベリウスの交響曲第2番の第4楽章などは、別の音楽に聞こえるほどに音価を長くとって、まるでハリウッドの映画音楽みたいになっています。
それに対して、ここでのシューリヒトは限界までに音価を短く切り詰めています。
たとえば、エロイカの冒頭などは切り詰めを通り越して切り上げてるようにすら聞こえます。結果として、聞こえてくる音楽はとても「軽く」なります。当然のことながら、人の官能に訴えかける魅力は非常に乏しくなります。

しかし、そう言う俗耳に入りやすい「分かりやすさ」を犠牲にしてシューリヒトが獲得しようとしたのは明晰でクリアなベートーベン像だったことは明らかです。
ただし、そのベートーベンはトスカニーニやセルのような甲冑を身にまとったベートーベンではなくて、「透明感のある響き、まるでステンドグラスのようなベートーヴェン」です。

確かに、フルトヴェングラーのように、最後の着地点を見定めておいて、全ての部分をそこを目指して築き上げるドラマの素材にしてしまうような音楽とは真逆です。
そして、カラヤン美学とは全く遠い地点にあることは言うまでもありません。

もちろん、こんな風に書いたからと言ってフルトヴェングラーやカラヤンを否定しているわけではありません。つまりは、ベートーベンの音楽というのはどの様なトライをするにしても「全力投入」を求めますが、アプローチの仕方の多様性は許容すると言うことです。

そして、この40年代から50年代初頭に録音した一連のベートーベンにおいてもその様なシューリヒトの基本は変わっていません。
しかし、50年代後半の全曲録音と較べると、明らかにここには「力強さ」があります。
しかし、その力強さによって音と音の絡み合いの妙が一切犠牲にはなっていません。結果として、この上もなく見通しの良いベートーベンであることにはかわりはないのです。オーケストラを絶妙のバランスでコントロールしながら、それを前へ前へと推進していくシューリヒトの姿が目に浮かぶようです。

おそらく、50年代後半の全曲録音では、オーケストラを統率する手腕が次第に弱くなっていたのかもしれません。
しかし、この時期のシューリヒトはまさに全盛期だったようで、もはやこれを「ステンドグラスのようなベートーヴェン」と言うことは出来ないでしょう。

それならば、トスカニーニ流のベートーベンなのかと言えばそれもどこか異なります。同時期に録音されたトスカニーニのNBC交響楽団の全曲録音と較べてみれば音楽にしなやかさがあります。

そして、もう一つ気づいたのは、そう言う全体の構成や内部の見通しの良さを大切にしながら、その中におさえがたい熱情が封じ込まれていることがより明確になっているのです。
その意味では、どこかセルのベートーベンと似通った部分があるのかもしれません。
ただし、我が儘なウィーンフィルと蜜月を築く事が出来た指揮者でしたから、オケに対する姿勢は真逆だったことでしょう。
第1番と第2番ではウィーンフィルの持つ魅力も堪能できます。

それから、1949年にパリ音楽院管弦楽団と録音した第5番もまた後年の録音と較べれば圧倒的な迫力に溢れています。
これもまた、見落とししまってはあまりにも勿体ない録音です。

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