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モーツァルト:ピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 k.413(387p)

(P)ラルフ・カークパトリック:ジェレイント・ジョーンズ指揮 ジェレイント・ジョーンズ管弦楽団 1956年8月7日~9日録音



Mozart:Concerto No.11 In F Major For Piano And Orchestra, K.413 [1.Allegro]

Mozart:Concerto No.11 In F Major For Piano And Orchestra, K.413 [2.Larghetto]

Mozart:Concerto No.11 In F Major For Piano And Orchestra, K.413 [3.Tempo Di Menuetto]


モーツァルトがウィーンに出てきてから、初めて一から書いたコンチェルト

ピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 k.413(387p)


この協奏曲は、おそらくはモーツァルトがウィーンに出てきてから、初めて一から書いたコンチェルトだと思われます。もちろん、k.414の協奏曲も疑いもなくウィーンで作曲され、ウィーンでの予約演奏会で演奏されたものですが、その少なくない部分はザルツブルグ時代に書かれていたものと推測されます。
それと比べれば、この作品は、疑いもなくウィーンという新しい社会の空気を思いっきり吸い込んだモーツァルトが、その社会の雰囲気に合わせて書き上げた作品となっています。
もっとも、そう言う言い方をすると、それはなんだかウィーンという社会に迎合したような雰囲気になるのですが、そうではなくて、これはそう言う新しい空気を素早く、そして敏感に自らの作品に取り入れて消化しきるモーツァルトの凄さの表れだといえます。

第1楽章は明らかに、当時のウィーンが求めていたギャラント風な魅力にあふれています。
今さら繰り返すまでもないことですが、ギャラント様式とはバロック様式のけばけばしさへの反発からうまれたものであり、素朴で飾り立てず、何よりも流麗な主旋律を重視し、そのためにポリフォニックではなくてホモフォニックなテクスチュアに特徴を持っています。要は、難しいことは考えずに、美しい音楽をゆったりとと楽しみたいという指向がこの時代のウィーンにはあふれていたのです。

ですから、続く第2楽章でも前作のk.414のような重さは排されて、より繊細で、軽やかに響くように作りあげられています。また、フィナーレでも「アインガング」と呼ばれる導入部は排除されているのもそう言うわかりやすさへの要望を意識したものでしょう。
そう言う意味では、これこそはこの後の「売れっ子音楽家」としてのモーツァルトの第一歩を記した作品だといえます。

ウィーン時代前半のピアノコンチェルト



モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。
そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。

この時代の作品をさらに細かく分けると3つのグループとそのどれにも属さない孤独な2作品に分けられるように見えます。
まず一つめは、モーツァルトがウィーンに出てきてすぐに計画した予約出版のために作曲された3作品です。番号でいうと11番から13番の協奏曲がそれに当たります。

  1. ピアノ協奏曲第12番 イ長調 k.414(387a):1782年秋に完成

  2. ピアノ協奏曲第11番 ヘ長調 k.413(387p):1783年初めに完成

  3. ピアノ協奏曲第13番 ハ長調 k.415(387b):1783年春に完成


このうち12番に関してはザルツブルグ時代に手がけられていたものだと考えられています。
他の2作品はウィーンでの初仕事として取り組んだ予約出版のために一から作曲された作品だろうと考えられています。

その証拠に彼は手紙の中で「予約出版のための作品がまだ2曲足りません」と書いているからです。そして「これらの協奏曲は難しすぎず易しすぎることもないちょうど中程度の」ものでないといけないとも書いています。
それでいながら「もちろん、空虚なものに陥ることはありません。そこかしこに通人だけに満足してもらえる部分があります」とも述べています。

まさに、新天地でやる気満々のモーツァルトの姿が浮かび上がってきます。
しかし、残念ながらこの予約出版は大失敗に終わりモーツァルトには借金しか残しませんでした。しかし、出版では上手くいかなかったものの、これらの作品は演奏会では大喝采をあび、モーツァルトを一躍ウィーンの寵児へと引き上げていきます。
83年3月23日に行われた皇帝臨席の演奏会では一晩で1600グルテンもの収入があったと伝えられています。
500グルテンあればウィーンで普通に暮らしていけたといわれますから、それは出版の失敗を帳消しにしてあまりあるものでした。

こうして、ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まり、その需要に応えるために次々と協奏曲が作られ行きます。いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群が次に来るグループです。

  1. ピアノ協奏曲第14番 k.449:1784年2月9日完成

  2. ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調番 k.450:1784年3月15日完成

  3. ピアノ協奏曲第16番 ニ長調 k.451:1784年3月22日完成

  4. ピアノ協奏曲第17番 ト長調 k.453:1784年4月12日完成

  5. ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調 k.456:1784年9月30日完成

  6. ピアノ協奏曲第19番 ヘ長調「第2戴冠式」 k.459:1784年12月11日完成


1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。
また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識が芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。

おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。

なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。
しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。

つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。
ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。

そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。
実は、この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故に、その陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきました。

しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。
オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。


非常に珍しいピアノを演奏するカークパトリック

これは実に珍しい録音です。
何故ならば、カークパトリックがチェンバロではなくてピアノを演奏して録音しているからです。考えてみれば、モーツァルトはピアノのための協奏曲を書いたのですから、それをわざわざチェンバロで演奏するのはおかしな話なのですから、彼がピアノを使って演奏しているのは当然と言えば当然のことです。
ですから、私が不思議に思ったのは、どうして師であるランドフスカの遺志を引き継いでチェンバロの復興にその人生を捧げた人物が、どうしてピアノで演奏することを前提としたモーツァルトの作品を取り上げて録音までしたのかと言うことです。

そう言えば、指揮を務めているジェレイント・ジョーンズと言う人物についても全く知識がなかったのですが、調べてみると彼ももとはチェンバロ奏者であり、その後自らの楽団を組織して指揮活動も行うようになった人物のようです。最初はバロック音楽を中心とした指揮活動を行い、フラグスタートやシュヴァルツコップなどとグルックやパーセルなどの優れたバロック・オペラの録音などを残しています。

そして、その後は次第に時代を遡っていったのはもしかしたらリヒターなどと同じかもしれませんが、60年代にはスティーヴン・ビショップとモーツァルトのピアノ協奏曲の全曲演奏会なども行っています。

おそらく、カークパトリックにしてもジェレイント・ジョーンズにしても、チェンバロ演奏というムーブメントの中においてみれば、荒野に道を切り開いていったランドフスカたちの世代と、後のピリオド演奏へとつながっていく60年代以降の新しい世代とのつなぎ目に位置する存在です。
それは、ランドフスカなどには未だ残っていた19世紀的なロマン主義とは完全に手は切っていたものの、使用する楽器の問題で試行錯誤を繰り返さざるを得ない時期でした。
そして、世間的に言えば、未だにチェンバロ奏者というのはピアニストになり損なった鍵盤楽器奏者という偏見が色濃く残っていました。

穿った見方かもしれませんが、この二つのモーツァルト録音は少なくとも「ピアニストになり損なった鍵盤楽器奏者」という偏見を打ち破るための行為だったのかもしれないと感じてしまいます。
実際、カークパトリックはその様な存在ではありませんでしたし、楽曲を深く研究し解釈する能力においては飛び抜けた能力を持っていました。そして、その能力を技術面においても作品解釈の面においても、凡百のピアニストとと較べればはるかに勝っていることを一度は証明しておこうとして、ともにチェンバロ奏者だったジェレイント・ジョーンズと組んでものモーツァルトを録音したのかもしれません。

そして、もしかしたらこの録音が一つの切っ掛けとなって、ジェレイント・ジョーンズ自身にとっても後のピアノ協奏曲の全曲演奏につながっていったのかもしれません。
ただし、ピアノ演奏ならばわざわざカークパトリックを選ぶ必要はないこともまた事実であることもこの録音ははっきりと証明しています。
このモーツァルト演奏は決して悪い演奏ではありません。もしかしら、例えば24番の協奏曲などはあ。この間紹介してきた最晩年のリリー・クラウスの録音よりも魅力的かもしれません。しかし、言うまでもないことですが、ピアノを使ったモーツァルト演奏ならば光り輝く録音は数多存在する事も事実なのです。

それに対して、チェンバロのための作品をチェンバロで演奏したカークパトリックの演奏と録音は唯一無二のものです。
まあ、それでも、ピアノでも演奏できることを示したかったのでしょうね。おそらくは、そう言う時代だったと言うことでしょうか。

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