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ベートーベン:交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」

クレメンス・クラウス指揮:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1952年3月29日録音



Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [1.Allegro Ma Non Troppo (Apacibles Sentimientos Que Despierta La Contemplacion De Los Campos)]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [2.Andante Molto Moto (Escena Junto Al Arroyo)]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [3.Allegro (Animada Reunion De Campesinos) ]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [4.Allegro (La Tormenta, La Tempestad) ]

Beethoven:Symphony No.6 in F major , Op.68 "Pastoral" [5.Allegretto (Cancion Pastoril, Gratitud Y Reconocimiento Despues De La Tormenta)]


標題付きの交響曲

よく知られているように、この作品にはベートーベン自身による標題がつけられています。

  1. 第1楽章:「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」

  2. 第2楽章:「小川のほとりの情景」

  3. 第3楽章:「農民の楽しい集い」

  4. 第4楽章:「雷雨、雨」

  5. 第5楽章:「牧人の歌、嵐のあとの喜ばしい感謝の感情」


また、第3楽章以降は切れ目なしに演奏されるのも今までない趣向です。
これらの特徴は、このあとのロマン派の時代に引き継がれ大きな影響を与えることになります。

しかし、世間にはベートーベンの音楽をこのような標題で理解するのが我慢できない人が多くて、「そのような標題にとらわれることなく純粋に絶対的な音楽として理解するべきだ!」と宣っています。
このような人は何の論証も抜きに標題音楽は絶対音楽に劣る存在と思っているらしくて、偉大にして神聖なるベートーベンの音楽がレベルの低い「標題音楽」として理解されることが我慢できないようです。ご苦労さんな事です。

しかし、そういう頭でっかちな聴き方をしない普通の聞き手なら、ベートーベンが与えた標題が音楽の雰囲気を実にうまく表現していることに気づくはずです。
前作の5番で人間の内面的世界の劇的な葛藤を描いたベートーベンは、自然という外的世界を描いても一流であったと言うことです。同時期に全く正反対と思えるような作品を創作したのがベートーベンの特長であることはよく知られていますが、ここでもその特徴が発揮されたと言うことでしょう。

またあまり知られていないことですが、残されたスケッチから最終楽章に合唱を導入しようとしたことが指摘されています。
もしそれが実現していたならば、第五の「運命」との対比はよりはっきりした物になったでしょうし、年末がくれば第九ばかり聞かされると言う「苦行(^^;」を味わうこともなかったでしょう。
ちょっと残念なことです。


ベートーベンの心象風景が見事に浮かび上がってくる

1952年にクレメンス・クラウスの指揮で録音されたベートーベンの「田園」なのですが、それほどの期待も抱かずに、いわば「資料」をチェックするようなつもりで聞いてみました。
しかし、実際に聞いてみて、その思惑は大きく外れることになってしまいました。率直に言って、これはもしかしたら私が聞いた「田園」の録音の中でも三本の指の一つにはいるかもしれないほどの優れものかもしれません。

私が最初に期待を持たなかったのには二つの理由がありました。
一つは1952年のライブ録音と言うことで、音質的にあまり期待できないと思ったからです。そして、二つめの理由は、恥ずかしながらクレメンス・クラウスのベートーベンというものがあまりピンとこなかったからです。私の中では、彼はどうしてもヨハン・シュトラウスの指揮者という立ち位置にあって、そう言う指揮者のベートーベンにはあまり大きな期待は持てなかったのです。

そう言えば、オペラを指揮しないオーマンディはその事をよく批判されていました。そこで一念発起してヨハン・シュトラウスの「こうもり」を取り上げ、録音も行ったのですが、それを取り上げてストラヴィンスキーは「なるほど彼は一流のヨハン・シュトラウス指揮者だ」と皮肉を込めて嫌みを言われたものでした。
つまりは、そう言う物言いが指揮者への侮蔑という役割を持っていた時代だったのです。

ところが、その様な「期待」をこの録音はものの見事に裏切ってくれました。
まずは録音ですが、おそらく1952年のライブ録音としては極上の部類に属するクオリティでしょう。そして、それ故に、ここには50年代前半のウィーンフィルが持っていた美質がものの見事に刻み込まれています。そして、言うまでもなく、そう言う美質を遺憾なく引き出した功績の半分は指揮者のクレメンス・クラウスに負っていることは見逃してはいけません。

具体的に言えば、例えば第3楽章のウィンナー・ホルンの響きを聞くだけでもこの上もない幸せを感じることが出来ます。もちろん、機能的に言えばこれより優れたオーケストラはいくらでもいますが、この艶と色彩感は他のオケでは絶対に実現不可能であり、この50年代こそはウィーンフィルにとっても一つの絶頂期であったことを十分に証明しうる演奏と録音だといえます。

そして、クレメンス・クラウスのベートーベンというのもはじめはピンとこなかったのですが、いやいやどうして、実に見事なものです。
昔はある指揮者のベートーベンとの相性を確かめるためにはよく「エロイカ」を聞いていたのですが、この10年ほどはそれが「田園」に変わってしまいました。つまりは、「エロイカ」を指揮するのは大変なのは誰もが否定しないでしょうが、もしかしたら「田園」を上手く演奏するのはそれ以上に難しいと言うことに気づいてきたからです。

ベートーベンの本質は「構築」であることは間違いないのですが、「田園」にはそれだけでは満たしきれない要素がたくさん含まれています。
確かに、この作品には「標題」がつけられていますから、ある種の物語性を持っていることは否定できません。しかし、そう言う物語性をの背景には疑いもなく「構築するベートーベン」が存在していますから、ある意味では矛盾するその二つの要素を上手く融合させないとこの作品は上手くいかないのです。
しかし、「構築するベートーベン」に徹して、「田園は標題音楽ではない」というある意味では正しさも含んだ言葉でもってバッサリと物語性からは手を引いてしまっている演奏が溢れています。

しかし、このクラウスの演奏からは、疑いもなくウィーンの郊外を散策するベートーベンの心象風景が見事に浮かび上がってきます。そして、最終楽章に向かってそう言う自然と人生に対する感謝の気持ちが一つの祈りの領域に至るかのような盛り上がりを築いていきます。そして、同時にその根っこには微塵もゆるがないベートーベン構築性がしなやかに根を張り巡らされているのです。
おそらく、ウィーン・フィルとクラウスとの深い信頼関係があってこそ為し得た希有の演奏だったのでしょう。

そして、演奏が終わったあとに静かに拍手が始まり、それが次第に増していくあたりは、さすがはウィーンの「聞き上手」たちと思わざるを得ません。「ブラボーマン」がはびこる昨今の日本の演奏会場とは天と地ほどの差を感じてしまいます。

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