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プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 Op.63

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ:シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1959年2月23~25日録音



Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [1.Allegro moderato]

Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [2.Andante assai]

Prokofiev:Violin Concerto No.2 in G minor, Op.63 [3.Allegro ben marcato]


新しさよりは古典的な協奏曲との近しさすら感じてしまう

プロコフィエフはロシア革命の混乱を逃れてアメリカに渡るのですが、そこでの生活も水に合わなかったのか、さらに活動の本拠をパリに移します。当時のパリは、ロシア革命の混乱を逃れた亡命ロシア人が数多く生活をしたのですが、その中でもプロコフィエフはとびきりの有名人であり、パリの社会もまた彼を暖かく迎え入れました。
そして、パリを拠点として熱心に演奏活動も行い作曲活動にも取り組んでいくことになります。

そんな彼に、フランス人ヴァイオリニストのロベール・ソータンのために新しいヴァイオリン協奏曲が委嘱されます。そして、その委嘱にこたえて作曲されたのがこのヴァイオリン協奏曲第2番でした。そして、1935年には彼は祖国への復帰を決意するので、この作品は彼の西洋における最後の差曲活動となりました。
彼が、どうして恵まれた西洋での生活を投げ捨ててソ連に帰ったのかは様々な憶測が語られているのですが、本人がその事について何も語っていない以上、本当のことは誰にも分からないでしょう。

とにかく、この作品は1935年の初めにパリで書き始められ、その後、カスピ海のほとりにあるソ連のバクーで書き上げられました。
しかし、ソ連に帰ったプロコフィエフは最初は特別待遇だったようで、かなり自由に出国が出来たようで、この作品の初演はスペインの首都マドリッドで行われ、その後プロコフィエフはヴァイオリニストのソータンとともに北アフリカの国々を演奏旅行でまわっています。
そして、この作品に関してはソータンが独占的に1年間は演奏する権利が与えられていたのですが、残念ながら彼の演奏ではこの作品の名声を高めることは出来なかったようです。

彼の第1番のヴァイオリン協奏曲がなかなか評価されなかった中で、それを粘り強く演奏し続けてその評価を確かなものにしたのはヨーゼフ・シゲティだったことは有名な話です。
それと同じように、結果としてこの作品の評価を確立したのはハイフェッツでした。ハイフェッツは自らの演奏会でこの作品を積極的に取り上げ、その事に対してプロコフィエフも喜びと感謝の言葉を残しています。

ただし、この協奏曲は第1番と較べるとかなり雰囲気が異なっています。
パッと聞いて気づくのは、第1番の協奏曲にはヴァイオリン演奏の様々な技巧が散りばめられているのに対して、この2番ではかなり保守的といえるほどの範囲にとどめられていることです。また、形式的に見ても新しさよりは古典的な協奏曲との近しさすら感じてしまうのです。

つまりは、ここには、あの若いころのピアノ協奏曲で見せたような挑戦的な色彩や響きはすっかり影をひそめて、極めてシンプルで簡素な音楽に仕上げているのです。このあたりが、私がプロコフィエフという作曲家の分からないところで、新しいのか古いのか、過激なのか穏健なのか、何ともとらえどころがないので困ってしまうのです。

ただし、そんな難しいことを考えずに素直に聞けば、第1楽章からは古くからのロシアの歌に漂う様な憂愁の味が染み込んでいますし、続く第2楽章も叙情的で旋律豊かな音楽になっています。それは、ロマン派までの音楽史か受け付けない古い耳にとっても、実に心地よい音楽であることは事実です。
そしてロンド形式で書かれた最終楽章はエネルギー感に溢れる音楽であり、フィナーレは荒々しいほどのエネルギー感を爆発させて曲を閉じます。これ儲け狙いと言えば、そう言う面は否定できないでしょう。

しかしながら、音家家というものは言葉ではなくて音で物事を語るとすれば、この音楽に漂うロシア的な要素にこそ、彼が故郷へ復帰した心情が最も雄弁に語られているのかもしれません。穿ちすぎかもしれませんが・・・。


表現がザッハリヒカイトに過ぎるという不満は残るかもしれない

この作品を有名にした功績はハイフェッツにあります。
しかし不思議なのは、彼はこれほども第2番の協奏曲に入れ込んだにもかかわらず、私が調べた範囲では第1番の協奏曲は一度も録音を行っていないのです。

これは考えてみれば不思議なことです。
第1番の協奏曲はバランスの取れたオーケストラを背景にヴァイオリンは幅広い音域を駆けめぐり、そこでは二重フラジョレットのような難しい技法が散りばめられているのです。普通に考えれば、ハイフェッツならば第1番の方にこそ入れ込みそうなものなのですが、何故か彼はそちらには目もくれず、ある意味では極めて穏健でロシア的な情緒が漂うこの第2番の方を選び取ったのです。
敢えて妄想を逞しくすれば、この作品に漂うロシア的な情緒が、同じく若くしてロシアを去ったハイフェッツには共感する面があったのかもしれません。とは言え、彼がパガニーニのカプリースの全曲録音をしなかったことも有名な事実ですし、話はいささか横道にそれますが、ホロヴィッツがラフマニノフの2番を録音しなかったのも「クラシック音楽界の不思議」の一つです。

こういう天才肌(きっと、こういう言い方をするとハイフェッツは怒ると思うのですが)の人のすることは、私のような凡人には知るよしもありません。
ヴァイオリン演奏に関しては何も言うことはないでしょう。そこには、この作品に必要な完璧な美しが存在するだけです。ただし、それがハイフェッツの流儀なので仕方がないと言えば仕方ないのですが、やや表現がザッハリヒカイトに過ぎるという不満は残るかもしれません。

ですので、そのハイフェッツをサポートしたミンシュについて少しふれておきたいと思います。

意外と知られていないのですが、若いころのミンシュは積極的に同時代の音楽を取り上げていました。ルーセル、オネゲル、ミヨーというフランス人作曲家の作品だけでなく、プロコフィエフの作品も良く取り上げていました。例えば、このヴァイオリン協奏曲の第2番も1936年にソータンのヴァイオリンで演奏しています。それはスペインで行われた初演に次ぐ演奏であり、言うまでもなく、フランスにおける初演でした。
それ以外にも、1945年にモスクワで交響曲第5番が初演されたときに、それを演奏したい旨の手紙をソ連にいるプロコフィエフに送っています。そして、プロコフィエフもまたすぐにコピー譜を作ってミンシュのもとに送り届けています。

ですから、この録音の指揮者にミンシュが起用されたのは、そう言うプロコフィエフとの深いつながりと豊富な演奏経験があったからでしょう。その要望がハイフェッツの側からあったのか、それともレコード会社からのオファーであったのかは分かりませんが、その背景には「ミンシュでなければ!」との強い意志が働いていたと見るべきでしょう。

実際、ここで聞くことのできるミンシュの指揮とそれに応えるボストン響の伴奏は、陳腐な言い回しで申し訳ないのですがまさに「自家薬籠中」のものだと言うしかないほどに見事なものです。

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