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モーツァルト:クラヴィーアのための変奏曲集

ギーゼキング(P) 1953年8月1日〜20日録音



Mozart:クリスティアン・エルンスト・グラーフのオランダ歌曲による8つの変奏曲 ト長調 K24

Mozart:ヴィレム・ヴァン・ナッソーのオランダ歌曲による7つの変奏曲 ニ長調 K25

Mozart:クラヴィーアのための6つの変奏曲

Mozart:ヨハン・クリスティアン・フィッシャーのメヌエットによる12の変奏曲 ハ長調 K179

Mozart:オペラ『ヴェネツィアの市』(アントニオ・サリエリ)第2幕から「わが愛しのアドーネ」による6つの変奏曲 ト長調 K180

Mozart:喜歌劇『ジュリー』からアリエッタ『「リゾンは森で眠っていた』による9つの変奏曲 ハ長調 K264

Mozart:フランスの歌曲『ああ、お母さん、聞いて下さい』による12の変奏曲 ハ長調 K265

Mozart:オペラ『サムニウム人の結婚』から合唱曲『愛の神』による8つの変奏曲 ヘ長調 K352

Mozart:フランス歌曲『美しいフランソワーズ』による12の変奏曲  変ホ長調 K353

Mozart:喜劇『セヴィリアの理髪師』からロマンス「私はランドール」による12の変奏曲 変ホ長調 K354

Mozart:オペラ『哲学者気取り』からアリア『主よ幸いあれ』による6つの変奏曲 ヘ長調 K398

Mozart:ジングシュピール『メッカの巡礼』からアリエッタ『愚民の思うは』による10の変奏曲 ト長調 K455

Mozart:オペラ『他人のけんかで得をする』の『仔羊のごとく』」による12の変奏曲 イ長調 K460

Mozart:アレグレットの主題による12の変奏曲 変ロ長調 K500

Mozart:ジャン・ピエール・デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K573

Mozart:ジングシュピール『愚かな庭師』から歌曲『女ほど素敵なものはない』による8つの変奏曲 ヘ長調 K613


人生への全面的な肯定

小林秀雄の「モーツァルト」は日本におけるモーツァルトの受容に大きな影響を及ぼしました。とりわけ、「疾走する悲しみ、涙は追いつかない」という言葉は私たちを強く呪縛してきました。

どうでもいいことですが、この言葉はト短調シンフォニーと結びつけて語られてきました、なぜか知りませんが・・・。
しかし、小林がこの言葉でふれているのはト短調クインテットの有名な冒頭のテーマについてです。少し引用しますと
「スタンダアルは、モオツァルトの音楽の根底はtristesse(かなしさ)というものだ、と言った。・・・それは、凡そ次の様な音を立てる、アレグロで。(ト短調クインテット、K.516)
ゲオンがこれを tristesse allante と呼んでいるのを、読んだ時、僕は自分の感じを一と言で言われたように驚いた。確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いのように、万葉の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉のようにかなしい。」
ちなみに、ト短調シンフォニーに関しては、ランゲが描いた有名な肖像画にふれながら、次のように述べているだけです。
「ト短調シンフォニーは、時々こんな顔をしなければならない人物から生まれたものに違いない。・・・ほんとうに悲しい音楽とは、こういうものであろうと僕は思った。その悲しさは、透明な冷たい水のように、僕の乾いた喉をうるおし、僕を鼓舞する、そんなことを思った。」

しかし、小林の評論はモーツァルトの非常に重要な側面をものの見事に言い当てていることは認めながらも、それがモーツァルトの全てでありません。
映画「アマデウス」でモーツァルトは下品な言葉を連発する騒々しい若者として描かれていました。彼がその様な人間であることは残された手紙などから「知っている人は知っている」という周知の事実でした。しかし、モーツァルトが「お疾呼・ウンコ・けつをなめろ」を連発していたという「事実」は、偉大な芸術家という作り上げられた「偶像」にとって相応しくないものとして長く「蓋」をされてきました。

モーツァルトは近世から近代に移り変わる狭間に生きた人でした。
誤解を恐れずに言い切ってしまえば、近代とは「今ある自分」やそれを取り囲む「社会」を「あるべき理想的な未来」に向かって変革していかなければならない存在としてとらえた時代だといえます。言葉をかえれば「現在」は「未来」に向かって止揚されなければならないのです。そして、近代というのは、「あるべき理想的な未来」にリアリティを感じられるときは偉大な力を発揮します。その典型的な例がベートーベンです。
しかし、フランス革命に対する反動で「あるべき理想的な未来」が急激にリアリティを失い色あせていくにつれて、ロマン派の音楽家たちはベートーベンのような歓喜を歌い上げることはできなくなりました。ついにはマーラーの交響曲のような「うじうじ、いじいじ」とした音楽に行き着いてしまうことになります。そして、「あるべき理想的な未来」なんて言葉を口にすることすら恥ずかしくなるような現在にあって、マーラーの「うじうじ、いじいじ」の方がよりリアリティをもって受け入れられるようなところにまで近代は行き着いてしまったのです。
それに対して、近世とは「今ある自分やその人生」を全面的に肯定した時代でした。たとえ、自分を取り囲む「社会」などにいろいろと不満はあったとしても、「今ある自分やその人生」に「生きるに値する価値があるかどうか」などと疑念を抱くことなどは小指の先ほどもなかったはずです。人生とは、いろいろなことがあったとしてもそれは本質的に喜ばしいものであり全面的に肯定されるべきものだったのです。

そのようにとらえるならば、モーツァルトは本質的に18世紀の人(近世)でした。
彼がお疾呼やウンコを連発して騒々しく大騒ぎするのも、ト短調のシンフォニーやクインテットを創作するのも、喜ばしい人生を構成する等しく価値のある要素でした。下品なものは偉大なるものへと止揚されなければならないと考えるのは近代の精神であって、近世の人にとってそれらが同じ人物の中に共存していても何の不思議でもありませんでした。
確かにモーツァルト音楽の中に「かなしさ」を見出したのは近代の精神が持つ慧眼でした。しかし、それ一色でモーツァルトを塗りつぶすならば、大きな過ちを犯すことになります。
モーツァルトの音楽の根底には何よりも喜ばしい人生を肯定する屈託のなさが腰を据えています。そして、その屈託のなさにときおり影が差したとしても、それは「近代的自我の苦悩」などとは全く異なるものでした。
ピアノのための変奏曲を次から次へと聞いているうちに、そんな愚にもつかないようなことが頭をよぎったユング君でした。

なお、このページで聞くことができる作品は以下の通りです。

1.クリスティアン・エルンスト・グラーフのオランダ歌曲による8つの変奏曲 ト長調 K24
2.ヴィレム・ヴァン・ナッソーのオランダ歌曲による7つの変奏曲 ニ長調 K25
3.クラヴィーアのための6つの変奏曲 K54
4.ヨハン・クリスティアン・フィッシャーのメヌエットによる12の変奏曲 ハ長調 K179
5.オペラ『ヴェネツィアの市』(アントニオ・サリエリ)第2幕から「わが愛しのアドーネ」による6つの変奏曲 ト長調 K180
6.喜歌劇『ジュリー』からアリエッタ『「リゾンは森で眠っていた』による9つの変奏曲 ハ長調 K264
7.フランスの歌曲『ああ、お母さん、聞いて下さい』による12の変奏曲(キラキラ星変奏曲) ハ長調 K265
8.オペラ『サムニウム人の結婚』から合唱曲『愛の神』による8つの変奏曲 ヘ長調 K352
9.フランス歌曲『美しいフランソワーズ』による12の変奏曲  変ホ長調 K353
10.喜劇『セヴィリアの理髪師』からロマンス「私はランドール」による12の変奏曲 変ホ長調 K354
11.オペラ『哲学者気取り』からアリア『主よ幸いあれ』による6つの変奏曲 ヘ長調 K398
12.ジングシュピール『メッカの巡礼』からアリエッタ『愚民の思うは』による10の変奏曲 ト長調 K455
13.オペラ『他人のけんかで得をする』の『仔羊のごとく』」による12の変奏曲 イ長調 K460
14.アレグレットの主題による12の変奏曲 変ロ長調 K500
15.ジャン・ピエール・デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K573
16.ジングシュピール『愚かな庭師』から歌曲『女ほど素敵なものはない』による8つの変奏曲 ヘ長調 K613


iPodをもって出かけよう

モーツァルトという存在に何も足さず、何も引かないギーゼキングの指から紡ぎ出される音楽は、このような屈託のない作品にはぴったりです。
こんな微笑みをまき散らすモーツァルトをiPodかなんかに詰め込んでお花見にでもでかければ、人生は美しく十分すぎるほどに生きるに値するものだと実感できるはずです。

この演奏を評価してください。

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2009-03-22:うがれいじ





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