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ベートーベン:ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54

(P)ヴィルヘルム・ケンプ 1964年9月15日~18日録音



Beethoven: Piano Sonata No.22 In F, Op.54 [1. In Tempo d'un Menuetto]

Beethoven: Piano Sonata No.22 In F, Op.54 [2. Allegretto]


「ワルトシュタイン」と「アパショナータ」という2つの大きなソナタの間に挟まれた2楽章構成の小さなソナタです。

既に何度もふれているのですが、ベートーベンという男は膨張と拡大のあとに必ず縮小します。

普通に考えれば、「テンペスト」で「新しい道」に進むことを明言し、「ワルトシュタイン」でその道を踏み固めたならば、そのまま「アパショナータ」という到達点に向かって一直線で進めばいいのにと思ってしまいます。そして、それはそんなに難しいことではなかったように思うのですが、ここでもベートーベンは一度収縮してみせるのです。

そして、そう言う「収縮」した作品はこれ以前においても評判はよくなかったのですが、二つの偉大なソナタに挟まれているためか、この作品の評判は至って芳しくありません。
「フィデリオの合間をぬって作曲されたために、あまり良い物ができなかった」くらいならばまだいいのですが、「音の遊び」とか「出版屋に追われて書いたもの」という酷評も存在しました。

ちなみにローゼン先生はこの作品について次のように述べています。

様式は単調で、表現はぶっきらぼうに見える。・・・(しかし)これは簡単には解き明かされないものの、厳しい吟味に耐える隠された詩である。


「簡単には解き明かされない隠された詩」というのはなかなかにそそられる表現ではあるのですが、それが前段の「単調」で「ぶっきらぼう」とどのように結びつくのかは彼の文章を読んでもよく分かりません。
ただし、「単調」で「ぶっきらぼう」というのは何となく分かるような気がします。

第1楽章の(おそらくは)トリオに当たる部分は一拍ごとにsfがついていて、おまけに左右のフレーズが噛み合わないように書かれているので、そこで期待される優美さとは縁遠い無骨でぶっきらぼうな音楽になっています。
第2楽章のアレグロは止まることのない無窮動的な音楽なので「単調」な感じを与えることは言うまでもありません。

ですから、ここから「隠された詩」を教えてくれるような演奏というのはほとんど聞いたことはないような気がします。
ただし、この「単調」さと「ぶっきらぼう」がベートーベンの実験精神の表れであることには気づくことが出来ます。

ベートーベンはこのソナタにおいて、驚くほどに少ない素材でもって音楽を構築しようとしています。そのために、通常の形式に寄りかかることを放棄しています。
第1楽章はソナタ形式のようでもあり、ロンド形式のようでもあります。ベートーベンは「In tempo d'un Menuetto」と記しているのでシンプルな「A-B-A」かもしれませんが、上で述べたように「B」の部分は無骨ですし、帰ってくる「A」は装飾過多です。
ただし、その過多と思える装飾音が音楽を前に進めていく推進力になっているともみることが出来ます。

何とも言えず不思議なスタイルです。

また、第2楽章もソナタ形式のようでもあり3部形式でもあるようなスタイルをもっています。
ソナタ形式と見るならば提示部に対して展開部が異例に長すぎることになるのですが、ローゼン先生はその様なありきたりな捉え方はベートーベンの実験精神を過小評価するものだと指摘し、展開部が提示部の役割の一部をになっているのだと述べています。
よく分からんと言えば分からん話なのですが、それでも変わったスタイルであることは事実です。

しかし、その変わったスタイルは限界までに切り詰められた素材でもって独立した音楽を作りあげる実験の成果だったと言うことは何となく納得はいきます。
それ故に、「音の遊び」という評価はもしかしたらこの作品の本質の一面を言い当てているかもしれません。
そして、アパショナータという中期における到達点に達するためには、その様な実験が必要だったと言うことは見ておく必要があるのです。

べートーベンという作曲家は驚くほどに慎重な男だったのです。


神から与えられた恩寵がケンプというエオリアンハープを通して鳴り響く演奏

演奏家の本質的な部分を考える上で「コンプリートする人」と「コンプリートにはこだわらない人」というのは一つの指標になるはずです。
しかし、世の中は常に「例外」が存在するのであって、この二分法が全く意味をなさない演奏家というものも存在します。やはり、そう言うシンプルな「図式論」で割り切れるほど現実はシンプルではないと言うことなのでしょう。

一般的にいって「コンプリートする人」というのはその一連の演奏に一貫した「論理」みたいなものが通底しています。ですから、その論理に従って一つずつの作品と丁寧に向き合い、じっくりと時間をかけて「全集」を完成させるというのが通常のスタイルです。
例えば、ピアニストで言えばバックハウスなどはその典型だと思うのですが、彼は2回目のベートーベンの全集に10年以上の時間をかけながら結果として29番のソナタを残してこの世を去りました。
モノラル録音による1回目の全集にしても1950年から1955年までの長い時間を要しています。

つまりは、じっくりと時間をかけて一つずつの作品と向き合って丁寧に仕上げていくのがそう言うタイプの演奏家の特徴なのです。
ところが、このケンプというピアニストに関しては、そう言う「常識」が通用しないのです。

外面的に見れば、彼は疑いもなく「コンプリートする人」の部類に入ります。
何しろ、彼はモノラル録音で1回、ステレオ録音で1回の計2回もベートーベンのソナタをコンプリートしているからです。最晩年には、当時は取り上げる人もそれほど多くなかったシューベルトのソナタもほぼコンプリートしています。

さらに調べてみると、ケンプは戦時中の1940年代にもベートーベンの全曲録音に取り組んでいました。
結果としてこの全集は未完成に終わったのですが、もし完成していればシュナーベルに続くコンプリートになる予定でした。
そしてもう一つ、1961年の来日の時にNHKのラジオ放送のためにベートーベンのソナタを全曲録音しているのです。

つまりは、彼はその生涯においてベートーベンのソナタの全曲録音に4回も取り組み、その内の3回は完成させているのです。


  1. 1940年~1943年:SP録音(未完成)

  2. 1951年~1956年:モノラル録音

  3. 1961年:ラジオ放送のためのライブ録音

  4. 1964年~1965年:ステレオ録音



61年のライブ録音は10月10日,12日,14日,16日,26日,27日,30日の7日間で行われています。来日時の限られた日程の中での録音だったのでそれは仕方がないことだったのですが、それ以外のセッション録音の方はクレジットを見る限りはそれなりに時間をかけて取り組んだかのように見えます。
ですから、外見上は疑いもなく「コンプリートする人」のように見えるのです。

ところが、詳しい録音のクレジットが残っている50年代のモノラル録音と60年代のステレオ録音をさらに細かく調べてみると、一見するとそれなりに時間をかけて取り組んだように見えながら、その実態は61年のライブ録音とそれほど変わりのないことに気づくのです。
例えば50年代のモノラル録音をもう少し詳しく見てみると以下のような日程で行われています。


  1. 1951年9月20日:作品110/作品111

  2. 1951年9月21日:作品90/作品106

  3. 1951年9月22日:作品57/ 作品78/作品79

  4. 1951年9月24日:作品53/作品81a

  5. 1951年10月13日:作品7

  6. 1951年12月19日:作品2-2/作品2-3/作品10-1/作品10-2

  7. 1951年12月20日:作品14-2/作品26/作品27-1/作品10-3/作品14-1

  8. 1951年12月21日:作品28/作品31-1/作品31-2

  9. 1951年12月22日: 作品31-3

  10. 1951年9月25日&12月22日:作品49-1

  11. 1951年10月13日&12月22日:作品2-1

  12. 1951年9月25日: 作品49-2/作品54/作品101/作品109




  1. 1953年1月23日:作品13

  2. 1956年5月3&4日:作品27-2

  3. 1956年5月4&5日:作品22



つまりは1951年の9月と12月の10日ほどの間に集中して録音がされていて、落ち穂拾いのように53年と56年に3曲が録音されているのです。
録音の進め方としては61年のライブ録音の時とそれほど大差はありません。

そして、それと同じ事がステレオ録音の方に言えるのです。
煩わしくなるのでこれ以上細かいクレジットは紹介しませんが、ザックリと言って、64年の1月に29番以降の後期のソナタを4曲録音して、その後は9月の4日間で中期の9曲、11月の4日間で初期作品を中心に12曲、そして年が明けた1月の4日間で残された7曲を録音して全集を仕上げているのです。

つまりは、誤解を恐れずに言い切ってしまえば、ケンプという人は「コンプリートにこだわらない人」の感性を持って「コンプリート」しているように見えるのです。
「コンプリートにこだわらない人」の特徴は己の感性に正直だということです。

ですから、普通そう言うタイプの人は「好きになれない音楽」「共感しにくい音楽」をコンプリートするためだけに無理して録音などはしないのですが、なぜかケンプという人は己の感性に従って淡々と録音をしていくのです。
そして、時には1950年12月20日のように、この一日だけで5曲も録音を仕上げてしまったりするのです。
ちなみにその前日には4曲を仕上げていますから、この2日間だけで全体の3分の1近くを仕上げてしまったことになります。

そして、その淡々とベートーベンの音楽を鳴り響かせるケンプの姿に接していると、ブレンデルの「ケンプはエオリアンハープである」という言葉を思い出さざるを得ないのです。
おそらく、ケンプにとってベートーベンやシューベルトの音楽は、好きとか嫌いなどと言う感情レベルで判断するような音楽ではなかったのでしょう。
それはまさに神から与えられた恩寵であり、その恩寵がケンプというエオリアンハープを通して鳴り響くだけだったのかもしれません。

風が吹けば鳴り、風が吹かなければ鳴りやむ、ただそれだけのことだったのかもしれません。

例えば、8番のパセティックの冒頭、普通ならもっとガツーンと響かせるのが普通です。29番のハンマークラヴィーアにしても同様です。

ところが、ケンプはそう言う派手な振る舞いは一切しないで、ごく自然に音楽に入っていきます。そして、その後も何事もないように淡々と音楽は流れていきます。
あのハンマークラヴィーアの第3楽章にしても、もっと思い入れタップリに演奏しようと思えばできるはずですが、ケンプはそう言う聞き手の期待に肩すかしを食らわせるかのように淡々と音楽を紡いでいきます。

普通、こんな事をやっていると、面白くもおかしくもない演奏になるのが普通ですが、ところがケンプの場合は、そう言う淡々とした音楽の流れの中から何とも言えない感興がわき上がってくるから不思議です。
おそらく、その秘密は、微妙にテンポを揺らす事によって、派手さとは無縁ながら人肌の温かさに満ちた「歌」が紡がれていくことにあるようです。

パッと聞いただけでは淡々と流れているだけのように見えて、その実は裏側で徹底的に考え抜かれた「歌心」が潜んでいます。


ケンプのモノラル録音全集に対してこういう言葉を綴ったことがあるのですが、このステレオ録音に対しても全く同じ事が、いやそれ以上にその言葉はステレオ録音の方にこそ相応しいのかもしれません。

しかし、彼の録音をさらに聞き込んでいく中で気づかされたのは、彼の魂とも言うべ「微妙にテンポを揺らす事によって」紡ぎ出される「人肌の温かさに満ちた歌」は、「徹底的に考え抜かれた歌心」ではなくて、まさに彼に吹き寄せる風によって生み出され多た「歌」だったと言うことです。そして、そう言う風が鳴り響かせる「歌」に身を任していれば、音楽にとってテクニックというものはどこまで行っても「手段」にしかすぎないと言うことを再認識させられるのです。

しかしながら、その「歌」の幻想的なまでの心地よさは認めながらも、それでもベートーベンの音楽には演奏する側にとっても聞く側にとっても「傾注」が必要だという事実にも突き当たります。
そして、ケンプの演奏はその様な「論理に裏打ちされた傾注」によって構築されたベートーベンではないことは明らかなのです。ベートーベンという音楽を象るアウトラインが曖昧であり、率直に言ってぼやけていると言われても仕方がありません。つまりは「緩い」のです。

もちろん、そう言う「傾注」と「エオリアンハープ」が同居することなどはあり得ない事ははっきりしています。
そして、その事が明確であるがゆえに、まさにそこにこそケンプの演奏の魅力と限界があると言わざるを得ないのです。
そう考えれば、彼のエオリアンハープ的資質が存分に発揮されるのはベートーベンではなくてシューベルトなんだろうと思われます。

しかし、そこから先のことはシューベルトの録音を取り上げたときに、さらに突っ込んで考えてみたいと思います。

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