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J.S.バッハ:管弦楽組曲 第3番 BWV.1068 より エアー(G線上のアリア)

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリンフィル 1929年録音



Bach:Orchestral Suite No.3 in D, BWV 1068 [Air]


「フランス風序曲」に、ドイツの伝統的な舞踏音楽を融合させた音楽

ブランデンブルグ協奏曲はヴィヴァルディに代表されるイタリア風の協奏曲に影響されながらも、そこにドイツ的なポリフォニーの技術が巧みに融合された作品であるとするならば、管弦楽組曲は、フランスの宮廷作曲家リュリを始祖とする「フランス風序曲」に、ドイツの伝統的な舞踏音楽を融合させたものです。

そのことは、ともすれば虚飾に陥りがちな宮廷音楽に民衆の中で発展してきた舞踏音楽を取り入れることで新たな生命力をそそぎ込み、同時に民衆レベルの舞踏音楽にも芸術的洗練をもたらしました。
同様に、ブランデンブルグ協奏曲においても、ともすればワンパターンに陥りがちなイタリア風の協奏曲に、様々な楽器編成と精緻きわまるポリフォニーの技術を駆使することで驚くべき多様性をもたらしています。

ヨーロッパにおける様々な音楽潮流がバッハという一人の人間のもとに流れ込み、そこで新たな生命力と形式を付加されて再び外へ流れ出していく様を、この二つのオーケストラ作品は私たちにハッキリと見せてくれます。

ただし、自筆のスコアが残っているブランデンブルグ協奏曲に対して、この管弦楽組曲の方は全て失われているため、どういう目的で作曲されたのかも、いつ頃作曲されたのかも明確なことは分かっていません。
それどころか、本当にバッハの作品なのか?という疑問が提出されたりもしてバッハ全集においてもいささか混乱が見られます。

疑問が提出されているのは、第1番と第5番ですが、新バッハ全集では、1番は疑いもなくバッハの作品、5番は他人の作品と断定し、今日ではバッハの管弦楽組曲といえば1番から4番までの4曲ということになっています。


  1. 管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV1066
    荘厳で華麗な典型的なフランス風序曲に続いて、この上もなく躍動的な舞曲が続きます。

  2. 管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067
    パセティックな雰囲気が支配する序曲と、フルート協奏曲といっていいような後半部分から成り立ちます。終曲は「冗談」という標題が示すように民衆のバカ騒ぎを思わせる底抜けの明るさで作品を閉じます。

  3. 管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068
    この序曲に「着飾った人々の行列が広い階段を下りてくる姿が目に浮かぶようだ」と語ったのがゲーテです。また、第2曲の「エア」はバッハの全作品の中でも最も有名なものの一つでしょう。

  4. 管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069
    序曲はトランペットのファンファーレで開始されます。後半部分は弦楽合奏をバックに木管群が自由に掛け合いをするような、コンチェルト・グロッソのような形式を持っています。




ゆったりとしたテンポで音楽が進んでいくので何処かいい知れない凄みのようなものがわき上がってくる

こういう音源も、著作権法の改訂がなければここに登場することはなかったでしょう。
管弦楽組曲第3番のエアーと言うよりは「G線上のアリア」と言った方が通りがよいこの曲は、多くの指揮者が録音をしてきました。そして、フルトヴェングラーもまた戦後の1948年にこの組曲の全曲を録音しているのですが、それ以上に凄いのがこの1929年の録音です。

フルトヴェングラーが「録音」という行為に初めて手に染めたのが1926年の「魔弾の射手」序曲でした。そして、そのすぐ後にベートーベンの運命を録音するのですが音質はあまりにも芳しくなく、もしかしたらその事が、後々まで「録音」という行為に不信を抱く原因となったのかもしれません。
そんなフルトヴェングラーが再び「録音」と言う行為を再開したのが1929年で、この「G線上のアリア」もその様な録音の中の一つです。

フルトヴェングラーの全盛期をどこに見るのかという事に関しては色々議論があります。
かつての日本では、丸山真男に代表されるように、第2次大戦下の異常なまでの緊張感に満ちた音楽を持って頂点と見る人が多かったようです。あの血を吐くような、そして時には燃え上がる炎のような音楽を聞くとき、そこに「何人たりとも到達したことがない極み」を見いだすのは決して不思議ではありません。
しかし、そのような「異常」な音楽を果たしてその人の業績の頂点と見なしていいのかという「違和感」を感じることも事実なのです。
それは、丸山真男自身も、あのような音楽を聞くことが出来た人は本当に「幸福」だったのかと疑問を投げかけざるを得なかったのです。それは、言葉をかえれば、極限の不幸の中でしか音楽というものがその高みに達することが出来ないのだとすれば、それは音楽芸術そのものの価値に疑問を感じざるを得なくなるのです。

ですから、最近では戦争中の演奏は「戦争という外的圧力によって歪に変形させられた時期」ととらえる見方も出てきて、それを支持する人も増えていているのです。
そして、フルトヴェングラーという人の人生を振り返ってみれば、ナチスという十字架とは無縁だった時期もあったのであって、その時期の数少ない録音を聴いてみれば、そこには戦時中のフルトヴェングラーとは異なる音楽が存在していたことに気づくのです。

芸術とは悲惨と不幸の代償として育まれるものなのか、それとも幸福な暖かい風の中で育まれるものなのか、人によって見方はそれぞれでしょう。しかし、戦時中の演奏に凄みは感じながらも、その凄みに違和感を感じる人はフルトヴェングラーの幸福な時代に目が向かざるを得ないのです。
そうなると、フルトヴェングラーの全盛期は、ナチス支配下の歪な環境の中で苦悩した時期ではなくて、それ以前のベルリンフィルのシェフに就任した1922年からナチスが政権を掌握する1933年までとする見方が出てくるのです。

ただし、そうなると困ったことが出てくるのです。
それは、その時代のフルトヴェングラーの録音の大部分は「小品」だと言うことです。いや、あの音質劣悪な運命の録音を除けば、後は全て「小品」しか録音していないのです。
そして、そう言う「小品」の録音だけでは、到底その時代のフルトヴェングラーの音楽を跡づけることは不可能なのです。
しかしながら、ないものは仕方がないのであって、その残された数少ない小品の録音を追いかけるしかないのです。

このバッハの「G線上のアリア」は戦後の録音もあるのですが、聞き比べてみると違いは歴然です。
そこには、曲線を多用した後の時代の様式は存在しません。しかしながら、驚くほどゆったりとしたテンポで音楽が進んでいくので、基本的にはスッキリとした清潔感のあるバッハでありながら、何処かいい知れない凄みのようなものがわき上がってきます。
しかし、その凄みは戦時中の音楽にまとわりついていた凄みとは明らかに異質なものです。

図式的に過ぎるかもしれませんが、戦時中の凄みには「負のオーラ」がまといついているのですが、ここでの凄みにはその様な負のエネルギーは感じません。
ですから、これを手掛かりとして、この時代の交響曲演奏などを想像すれば、それはそれは凄かっただろうなと思ってしまうのです。

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