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モーツァルト:交響曲第36番 ハ長調「リンツ」 K.425

フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団 1954年4月26日録音



Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425 [1.Adagio - Allegro spiritoso]

Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425 [2.Andante con moto]

Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425 [3.Menuetto]

Mozart:Symphony No.36 in C major, K.425 [4.Presto]


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わずか4日で仕上げたシンフォニ

1783年の夏にモーツァルトは久しぶりにザルツブルグに帰っています。それはできる限り先延ばしにしていた妻コンスタンツェを紹介するためでした。
その訪問はモーツァルトにとっても父や姉にとってもあまり楽しい時間ではなかったようで、この訪問に関する記述は驚くほど僅かしか残されていません。

そして、この厄介な訪問を終えたモーツァルトは、その帰りにリンツに立ち寄り、トゥーン伯爵の邸宅に3週間ほど逗留することとなりました。
このリンツでの滞在に関しては、ザルツブルグへの帰郷の時とうって変わって、父親宛に詳しい手紙を書き送っています。そして、私たちはその手紙のおかげでこのリンツ滞在時の様子を詳しく知ることができるのです。

モーツァルトは到着してすぐに行われた演奏会では、ミヒャエル・ハイドンのシンフォニーに序奏を付け足した作品を演奏しました。実は、すぐに演奏できるような新作のシンフォニーを持っていなかったためにこのような非常手段をとったのですが、後年この作品をモーツァルトの作品と間違って37番という番号が割り振られることになってしまいました。
もちろん、この幻の37番シンフォニーはミヒャエル・ハイドンの作品であることは明らかであり、モーツァルトが新しく付け加えた序奏部だけが現在の作品目録に掲載されています。

<追記>
モーツァルトの「交響曲37番」に関しては上で述べたように、リンツにおける滞在と結びつけた説明が為されてきました。しかし、詳細は避けますが、最近の研究ではこの説は否定されていて、この「序奏」部分はリンツに滞在した翌年(1783年)の2月頃にに書かれたものであることが明らかになっています。
つまり、モーツァルトはリンツで伯爵からの依頼に従って「K.425」のハ長調シンフォニーだけを仕上げて演奏会に供したというのが事実だったようです。
<追記終わり>

さて、大変な音楽愛好家であったトゥーン伯爵は、その様な非常手段では満足できなかったようで、次の演奏会のためにモーツァルト自身の新作シンフォニーを注文しました。
この要望にこたえて作曲されたのが36番シンフォニーで、このような経緯から「リンツ」という名前を持つようになりました。

ただ、驚くべきは、残された資料などから判断すると、モーツァルトの後期を代表するこの堂々たるシンフォニーがわずか4日で書き上げられたらしいと言うことです。
彼はその4日の間に全く新しい交響曲を作曲し、それをパート譜に写譜し、さらにはリハーサルさえもしたというのです。
いかにモーツァルトが天才といえども、全く白紙の状態からわずか4日でこのような作品は仕上げられないでしょうから、おそらくは作品の構想はザルツブルグにおいてある程度仕上がっていたとは思われます。とは言え、これもまた天才モーツァルトを彩るには恰好のエピソードの一つといえます。

まず、アダージョの序奏ではじまった作品は、アレグロのこの上もなく明快で快活な第1主題に入ることで見事な効果を演出しています。最近、このような単純で明快、そして快活な姿の中にこそモーツァルトの本質があるのではないかと強く感じるようになってきています。
そして、その清明さは完璧なまでに均衡の取れた形式と優れたオーケストレーションによって実現されている事は明らかです。
その背景にはウィーンという街で出会った優れたオーケストラプレーヤー達との共同作業で培われた技術と、演奏会のオープニングをつとめる「序曲」の位置から脱しつつあった「交響曲」という形式の発展が寄与しています。

第2楽章のアンダンテも微妙な陰影よりはある種の単純さに貫かれた清明さの方が前面にでています。
しかし、モーツァルトはこの作品において始めて緩徐楽章にトランペットとティンパニーを使用しています。その事によって、この緩徐楽章にある種の凄みを加えていることも事実です。
そして、緩徐楽章を優雅さの世界からもう一段高い世界へ引き上げようとした試みは、ベートーベンのファーストシンフォニーへと引き継がれていきます。ただし、ベートーベンがファーストシンフォニーを作曲したときにはこのリンツ交響曲のことは知らなかったようなので、二人の天才が別々の場所で同じような試みをしたことは興味深い事実です。

続く、メヌエットにおいても最後のプレスト楽章でもその様な明るさと簡明さは一貫しています。
メヌエットのトリオではオーボエとファゴットの二重奏で演奏されるのですが、そこにはザルツブルグ時代の実用音楽で強いられた浮かれた雰囲気は全くありません。
また、プレスト楽章もその指示通りに、「可能な限り速く演奏する」事を要求しています。オーケストラがまるで一つの楽器であるかのように前進していくその響きは新しい時代を象徴する響きでもありました。

交響曲第36番 ハ長調 K.425 「リンツ」


  1. 第1楽章:Adagio; Allegro spiritoso

  2. 第2楽章:Andante

  3. 第3楽章:Menuetto e Trio

  4. 第4楽章:Presto




クールな歌い回しの中から、モーツァルト特有の透明で静謐な悲しみが浮かび上がってくる

1956年という年はクラシック音楽界にとっては一つの画期となった年でした。
何故ならば、その年はモーツァルトの生誕200年にあたる年であり、そこに向けて実にたくさんのモーツァルト録音が計画され、そしてリリースされたからでした。

今では考えにくいことですが、モーツァルトという音楽家は子供向けの可愛らしい音楽をたくさん書いた人というのが通り相場だったのです。
もちろん、それは世間一般のモーツァルトに対する受け取り方であって、モーツァルトの音楽の素晴らしさは分かる人には分かっていることでした。

ブラームスなどは、「モーツァルトの音楽こそ最良の音楽です。しかしそれは万人にわかるわけではない。私の曲が大勢に好まれるのも、そのお陰です」みたいなことを語っていました。

しかし、そうなってしまう背景には、モーツァルトの残した膨大な音楽に容易にアクセスできないという障壁があったからです。
スコアだけを見て音楽をイメージできるような人はごく僅かであって、多くの聞き手にとっては、それは実際に音になってこそ始めて認識できるものだからです。その事を考えれば、この生誕20の年を画期として膨大なモーツァルト録音が流通したことは、その障壁を一気に下げることにつながったのです。

そして、そう言う「モーツァルト・イヤー」に向けて、一般的にはモーツァルトとは水と油のような関係だと思われるフリッツ・ライナーもそれなりにまとまった録音を行ったというわけです。


  1. 交響曲第39番 K.543 1954年4月23日録音

  2. 交響曲第40番 K.550 1954年4月25日録音

  3. 交響曲第36番 K.425「リンツ」 1954年4月26日録音

  4. 交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」 1954年4月26日録音

  5. セレナード第13番 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 1954年12月4日録音

  6. ディヴェルティメント第17番 K.334 1955年4月23日&26日録音



繰り返しになりますが、ライナーとモーツァルトと言えば決して相性はよくないように思えます。実際、コンサートでもあまり取り上げなかったようですし、残された録音も決して多くはありません。
しかし、彼は「もっとも敬愛する音楽家はモーツァルトだ」と常々語っていました。

ですから、彼は決してモーツァルトを苦手としていたわけではありません。
その証拠として、この54年から55年にかけて行われた一連のモーツァルト録音は実に良く考え抜かれた録音であったことに気づかされるからです。

ライナーと言えば速めのテンポで明晰な造形を行うというのが一般的な認識です。
しかし、この一連の録音を聞くと、たとえばト短調シンフォニーのメヌエット楽章などはライナーとは思えないほどに暗鬱な表現をとっています。
さらに言えば、K.334のディヴェルティメントではアンダンテやアダージョ楽章では、微妙にテンポを変化させることによって、常とは違う姿を見せています。

それに対して、ジュピターの両端楽章などはとんでもないスピードで駆け抜けていきます。リンツやアイネ・クライネでの弾むようなリズムなどはまさにライナーの真骨頂です。
そう言うスタイルの違いはその時々の気まぐれなどではなくて、ライナーなりに考え抜いた結果だったはずです。

ただし、それが当時の聴衆にすんなりと受け容れられたかと言えば、それは残念ながら「NO!」と言わざるを得ませんでした。
それは、霊界にいるモーツァルトと交信してるとまで言われたワルターのスタイルを思い出せばすぐに納得できます。ワルターのモーツァルトがスタンダードとするならば、このライナーのモーツァルトは随分と遠い位置にあることになります。

しかし、時が流れ、いわゆるピリオド演奏という荒波をくぐり抜けてみれば、十分に中身のつまった充実した響きでありながら、リズムが明晰なモーツァルトには強い説得力があることに誰もが気づくはずです。
そして、フィナーレにおけるたたみ込むような迫力に目を奪われる向きもあるのですが、それよりも歌い上げる部分では決して甘い情感に流されることなくクールに歌いきるところこそが凄いのです。
そのクールな歌い回しの中から、モーツァルト特有の透明で静謐な悲しみが浮かび上がってきます。

その意味ではセル&クリーブランドのモーツァルト演奏なんかと相似形だと思うのですが、あれよりは「熱い」ことは確かです。セルの演奏の精緻さには心ひかれるけれども「体温の低さ」が残念だ(もちろん、私は感じませんが・・・^^;)と言う方にはちょうどいいかもしれません。

ただ、唯一残念なのは、54年から55年にかけてのRCA録音であるにもかかわらず、「ジュピター」だけがステレオ録音であり、それ以外は全て「モノラル録音」であることです。
もちろん、私は「モノラル録音」だから駄目だというスタンスはとっていないのですが、この場合の「ステレオ録音」には明らかに大きなアドバンテージを感じざるを得ません。55年に録音されたディヴェルティメントは言うに及ばず、それ以外の作品も4月23日から26日にかけての録音だったのですから、何とかならなかったのかという思いは拭いきれません。
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