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シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43

サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1966年7月25日~26日録音



Sibelius:Symphony No. 2 in D major, Op. 43 [1.Allegretto]

Sibelius:Symphony No. 2 in D major, Op. 43 [2.Tempo Andante, Ma Rubato]

Sibelius:Symphony No. 2 in D major, Op. 43 [3.Vivacissimo]

Sibelius:Symphony No. 2 in D major, Op. 43 [4.Finale (Allegro Moderato)]




シベリウスの田園交響曲?

シベリウスの作品の中ではフィンランディアと並んでもっとも有名な作品です。そして、シベリウスの田園交響曲と呼ばれることもあります。もちろん、ベートーベンの第6番を念頭に置いた比喩ですが、あちらがウィーン郊外の伸びやかな田園風景だとすれば、こちらは疑いもなく森と湖に囲まれたフィンランドの田園風景です。
さらに、この作品にはフィンランドの解放賛歌としての側面もあります。重々しい第2楽章と荒々しい第3楽章を受けた最終楽章が壮麗なフィナーレで結ばれるところが、ロシアの圧政に苦しむフィンランド民衆の解放への思いを代弁しているというもので、この解釈はシベリウスの権威と見なされていたカヤヌスが言い出したものだけに広く受け入れられました。
もっとも、シベリウス本人はその様な解釈を否定していたようです。
言うまでもないことですが、この作品の暗から明へというスタイルはベートーベン以降綿々と受け継がれてきた古典的な交響曲の常套手段ですから、シベリウスは自分の作品をフィンランドの解放というような時事的な際物としてではなく、その様な交響曲の系譜に連なるものとして受け取って欲しかったのかもしれません。
しかし、芸術というものは、それが一度生み出されて人々の中に投げ込まれれば、作曲家の思いから離れて人々が求めるような受け入れ方をされることを拒むことはできません。シベリウスの思いがどこにあろうと、カヤヌスを初めとしたフィンランドの人々がこの作品に自らの独立への思いを代弁するものとしてとらえたとしても、それを否定することはできないと思います。

この作品は第1番の初演が大成功で終わるとすぐに着手されたようですが、本格的取り組まれたのはアクセル・カルペラン男爵の尽力で実現したイタリア旅行においてでした。
この作品の中に横溢している牧歌的で伸びやかな雰囲気は、明らかにイタリアの雰囲気が色濃く反映しています。さらに、彼がイタリア滞在中にふれたこの国の文化や歴史もこの作品に多くのインスピレーションを与えたようです。よく言われるのは第2楽章の第1主題で、ここにはドンファン伝説が影響を与えていると言われています。
しかし、結局はイタリア滞在中にこの作品を完成させることができなかったシベリウスは、フィンランドに帰国したあとも精力的に作曲活動を続けて、イタリア旅行の年となった1901年の末に完成させます。
一度聞けば誰でも分かるように、この作品は極めて少ない要素で作られています。そのため、全体として非常に見通しのよいすっきりとした音楽になっているのですが、それが逆にいささか食い足りなさも感じる原因となっているようです。その昔、この作品を初めて聞いた私の友人は最終楽章を評して「何だかハリウッドの映画音楽みたい」とのたまいました。先入観のない素人の意見は意外と鋭いものです。
正直言うと、ユング君は若い頃はこの作品はとても大好きでよく聴いたものですが、最近はすっかりご無沙汰していました。やはり、食い足りないんですね。皆さんはいかがなものでしょうか?

この録音は長きにわたってシベリウス演奏の「メートル原器」の位置を占めていました


バルビローリのシベリウスと言えば定番中の定番です。特に、その最晩年にEMIが録音した交響曲全集はシベリウス演奏の「メートル原器」とも言うべきポジションを占めていました。
この全集は以下のような日程で録音されています。

1965年

  1. 交響曲第2番 ニ長調 作品43:1966年7月25日~26日録音

  2. 交響曲第5番 変ホ長調 作品82:1966年7月26日~27日録音

  3. 交響曲第7番 作品105:1966年7月27日~28日録音

  4. 交響曲第1番 ホ短調 作品39:1966年12月28日~30日録音


1969年

  1. 交響曲第3番 ハ長調 作品52:1969年5月27日~28日録音

  2. 交響曲第4番 イ短調 作品63:1969年5月29日~30日録音


1970年

  1. 交響曲第6番 作品104:1970年5月21日~22日録音



もちろん、全集として完成させることを念頭に置いた録音計画だったのでしょう。バルビローリという人は随分と忙しい人だったようですから、その忙しいスケジュールの合間を縫って効率的に録音活動を行ったことがうかがえます。
それでも、来日公演のためのリハーサルを終えた70年の7月29日にバルビローリが急逝したことを知っているものにとっては、最後の第6番の録音が滑り込みでセーフだったことには感謝せざるを得ません。

バルビローリという人は決して人の目を引きつけるような尖った表現を求める指揮者ではありませんでした。
彼こそは真の意味での職人指揮者でした。

素っ気ないほどの冷たさで作品を精緻に分析するように演奏すれば人の目は引きつけます。
指揮台の上で飛び跳ねるほどの勢いで、声涙倶に下るような演奏をしても人の目は引きつけます。
そして、そう言うことが悪いことだとは決して思わないですし、作品が内包する多様性の反映だと言えることも承知はしています。

しかし、バルビローリは、そう言う「基準ライン」からずれることによって己の存在をアピールするというスタンスとは全く無縁のところで音楽をやった人でした。
もちろん、バルビローリと言えば弦楽器の歌わせ方がとても上手だったと言うイメージはありますから、その大トロか中トロのような響きで音楽に濃厚な味わいを与えることもありました。
しかし、それでも「基準ライン」から逸脱したと感じるほどのデフォルメとは無縁でした。

しかし、逸脱はしなくても彼の音楽には常に人肌の温もりと人間的な暖かみに満ちたパッションがあふれていました。
ですから、シベリスと言えばどこか北国のひんやりした空気感で彩られることが多いのですが、バルビローリの指揮棒にかかれば人間的な暖かみとパッションに満ちたシベリウスが立ちあらわれるのでした。

とは言っても、彼の手兵であったハレ管の響きはそれほど上等とは言えないことは事実です。
その響きをプアとまでは言いませんが、リッチでないことは否定しようがありません。

しかし、80年代にカラヤンがベルリンフィルを使って録音したシベリウスは響きがあまりにもリッチであるがゆえに、聞き終わった後に妙な虚しさを感じたことも事実でした。
例えば、ベルリンフィルの能力をフルに活用して音価を目一杯長めに取った第2番の終楽章などは、結果としてハリウッドの映画音楽のように響いてしまったことも事実なのです。

確かに、時代が下がるにつれてベルグルンド盤、さらにはサラステ盤、ヴァンスカ盤などが出てきて、このバルビローリ盤にはいくつもの問題点を感じるようになってきたことは事実です。
フィンランド語が内包するリズムに従って彼の音楽を徹底的に解剖して、その成果を精緻に再現するという方法論は、今まで聞いたことがなかったような新しいシベリスの姿を提示してくれました。

そうなると、ハレ管の抱える問題とバルビローリの職人的気質に物足りなさを感じることも事実です。
さらに言えば、フィンランド語のリズムが分からない奴にはシベリウスの音楽が分かるはずがない等という「原理主義」的イデオロギーも持ち込まれて、最近ではすっかり影が薄くなりつつあることも否定できません。
ですから、この録音はシベリウス演奏の「メートル原器」としての地位は既に失っていることは否定できません。

しかし、その手の「原理主義」的イデオロギーには注意が必要なことはクラシック音楽だけに限った話ではなくて、社会における色々な場面で思い知らされてきました。

今さら繰り返すまでもないことですが、「原理主義」の問題点は、自らの「原理」のみを絶対的なものとしてそれ以外のアプローチの全てを「誤った」ものとして全否定してしまうことです。
とは言え、寛容で多様性を許容する「原理主義」というのは論理矛盾そのものですから、その手の「原理主義」に絡め取られないためには自分の身近な場所に対抗勢力を養っておく必要があります。

あの「ピリオド演奏」という「原理主義」にしても、身近に50~60年代の古き良き録音を養っておけば、あんなにも容易く絡め取られることはなかったのです。
ですから、このバルビローリとハレ管によるシベリウス演奏なども、絶対に「過去のもの」にしてしまってはいけない録音だと言えます。

そして、常に身近に置いておいて、時々は聞き直してみるべき演奏なのです。

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