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ラフマニノフ:交響曲第1番


ザンデルリング指揮 レニングラードフィル 1950年録音


世紀の大失敗



ラフマニノフの第1交響曲といえば、歴史に名高い初演の大失敗で有名です。そして、この失敗にショックを受けたラフマニノフはその痛手から深刻な神経症に陥り、それを癒すために行った催眠療法で「あなたは素晴らしい協奏曲を書き上げて大成功をおさめるだろう!」と暗示にかけられ、実際にピアノ協奏曲第2番を書き上げて自信を回復した・・・などというエピソードとセットで語られる作品です。

調べてみますと、この失敗は大変なものだったようで、ある意味ではストラヴィンスキーの春の祭典に匹敵するほどのスキャンダルを引き起こしたようです。

ラフマニノフは少年のころから交響曲を書き上げることを夢見ていたようで、何度かその創作にチャレンジしていました。しかし、さすがに少年に交響曲が書けるわけもなくいつも途中で挫折をしていたのですが、1890年1月にはじめてのピアノ協奏曲を書き上げた事によってオケを扱う技法にも自信をつけ、その勢いをかって95年1月から本格的に交響曲の創作に着手します。
ラフマニノフは一般的に筆は早いほうですが、さすがに交響曲の作曲となると苦労したようで、友人に宛てた手紙に「神様の思し召しがあれば完成できるはずだけど、でもかなり難しそうだ。」などと弱気なことを書いたりもしています。
しかし、年はじめにに創作に着手したこの作品も夏の終わり頃にはようやくに完成し、翌年にはさらに何カ所か手を入れ直して、ついに97年3月15日、ペテルブルクにおいてグラズノフの指揮により初演されます。
その作品に対してラフマニノフ自身は「音楽における全く新しい道を発見し、切り開いた」ものだと確信していました。
しかし、結果は惨憺たるものでした。

ロシア5人組の一人であるキュイは「主題は貧困であり、リズムはいびつに歪んでおり、和声は凝りすぎて病的であり、曲全体を憂鬱さが覆っている」と酷評しています。会場に詰めかけた聴衆も不満やるかたないという雰囲気で口汚い罵倒が飛びかったと言うことですから、まさにロシア版の「春の祭典」です。

ラフマニノフ自身も忘れてしまいたい作品の一つとしてこれをあげていますが(残りはピアノ協奏曲1番とジプシーの主題による奇想曲)、それでもスコアを破棄することなく自宅の戸棚にしまい続けていました。そして、ロシア革命の混乱の中で持ち出すことができなかったことを、ラフマニノフ自身は終生悔やみ続けたそうですから、この作品に寄せる思いには複雑なものがあったのだろうと推察されます。

現在の耳を持ってこの作品を聞いてみれば、キュイが酷評したような作品には聞こえません。
私たちはこれ以上に歪なリズムと凝りすぎた和声にさらされてきましたから、どこかとりとめのない雰囲気は感じますが、そこまで言われる筋合いはないだろうと思ってしまいます。
ただ、この作品をそれ以後のラフマニノフの作品群と比べてみると明らかに異質です。ここには甘いロマンも憂愁のメロディもありません。それよりは、ゴツゴツとした荒々しさ、そう、まるでムソルグスキーの作品を聞くような雰囲気が作品を覆っています。それを思えば、ロシア五人組のキュイがこれを酷評したのは解せない話です。
キュイたちはチャイコフスキーを目の敵にしていましたし、ラフマニノフは明らかにチャイコフスキーの一派でした。しかし、この作品から聞こえてくるのはチャイコフスキー音楽とはまったく異質のもので、どちらかというと彼ら五人組の音楽に近いもののように思えます。

ここからは私の全くの推測です。
この失敗をきっかけに生み出されたピアノ協奏曲第2番は私たちがイメージするラフマニノフそのものです。おそらく、ラフマニノフは懲りたのだと思います。創作において「新しい道を発見し、切り開」くことなど無意味だと!!それよりは、万人が容易に理解できるような作品を書くべきだと。
もっと有り体に言えば、芸術家として生きていくのではなく芸人として生きていくのだ!と。そして、ラフマニノフは偉大な芸人として突き進んでいくことになったのではないか?・・・と。(もちろん、へっぽこ芸術家は偉大な芸人の足元にも及びません)

そう思えば、この作品の初演が絶賛されていたら、私たちはもう一人のムソルグスキーを持ち得ていたかもしれないのです。それはあまりにも夢想にすぎるかもしれませんが、とにかく評論家というのはいつの時代においても始末の悪いものです。

歴史的に貴重な録音です


この作品のスコアはロシア革命の混乱の中で失われてしまいました。
しかし、1945年にレニングラードの図書館で初演に使われたパート譜が発見され、それからスコアが復元されました。同年の10月にはアレクサンドル・ガウクによって復活初演がなされ、47年にはスコアが出版されます。これをきっかけにして、この作品への評価が急速に高まり、48年にはオーマンディによってアメリカでも紹介されます。
まさに歴史の闇に消えてしまったかと思われた作品が、突然に表舞台に躍り出てきたのです。ともすれば砂糖水のようだと悪口の言われることの多いラフマニノフの作品の中でこの作品は実に異質です。そして、その異質性の故に一部の専門家からは彼の最高傑作と絶賛する向きもあるかに聞いています。

人の一生のことを蓋棺録とかいうそうです。その人の評価は棺を蓋(おお)ってはじめて決まるという意味だそうです。しかし、音楽作品の場合は葬られて歴史の闇に消えたかと思われても、価値あるものはよみがえってくると言うことなのでしょう。

なおこの演奏は、私の知る限りではこの作品の録音としては、歴史的録音としてネット上にアップできる唯一のものだと思います。音質はこの時代のものとしては二重丸をあげられるほどに優秀ですし、オケも優秀です。
ザンデルリングの指揮はこの作品がもつとりとめのなさをそのままとりとめのないものとして演奏しているのでいささか精彩に欠けるかもしれませんが、歴史的には貴重な録音だといえます。

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2009-06-15:原 響平


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