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チャイコフスキー:スラブ行進曲 作品31

レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1963年10月2日録音



Tchaikovsky:Marche slave Op.31




スラブ民族を讃える行進曲

1876年にセルビアとモンテネグロはヘルツェゴヴィナ蜂起を支援するためオスマン帝国に対し宣戦を布告します。しかし、オスマン軍は速やかにこの両国を打ち破り、さらにはブルガリアにおける反オスマン反乱も鎮圧してしまいます。
こうなると、その戦いをロシアが引き継ぐのが数世紀にわたる「露土戦争」のパターンなので、ロシアはオーストリア=ハンガリー帝国と秘密協定を結んで中立的立場をとることを約束させると、1877年にこの戦争に介入することになります。

ロシアとトルコは16世紀以降数え切れないほどの戦争を繰り返しているのですが、一般的に「露土戦争」と言えばこの1877年から1878年にかけて行われたこの戦争のことを指します。
ロシアはこの20年前の、いわゆる「クリミア戦争」でトルコに敗れるという失敗を経験をしているので、この時の戦争ではバルカン半島のスラブ民族独立のための戦争であるという大義名分を掲げて、汎スラヴ主義的心情に訴えるという手法をとりました。

そのため、ロシア国内でも戦争協力の動きが巻き起こり、ニコライ・ルビンシュテインが負傷兵のための基金募集のために演奏会を企画したり、その呼びかけにチャイコフスキーもすみやかに応えたりしたのです。
そして、そう言う流れの中でスラブ民族を讃える行進曲が書かれることになるのです。

チャイコフスキーはスラブ民族を鼓舞する意味も込めて、戦争の中心となっているセルビアやその近くの地方の民謡を主題として用い、最初は「ロシア・セルビア行進曲」と名づけたのですが、出版に際しては現在の「スラブ行進曲」と変更されました。

最初は重々しい歌で始まり、その歌は楽器を変えて何度も登場します。
やがてスラブの民謡が次々と登場することで戦闘はますます激しさを増し、最後は壮大なクライマックスの中でスラブ民族の勝利をたたえて音楽は閉じられます。

灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧な演奏です


灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧な演奏です

こうしてマルケヴィッチと若き時代のバーンスタインの録音を並べてアップすることはかなり意地が悪いことなのかも知れません。

バーンスタインが生まれた1918年は第1次世界大戦の終わった年です。
それは、栄光のヨーロッパ、つまりは19世紀的なヨーロッパが終焉を迎えた年なのです。その年に、バーンスタインが生まれたというのは、実に象徴的な出来事だったのかもしれません。
そして、これもよく知られたことですが、バーンスタインはヨーロッパに留学することがなく、その全てをアメリカの地で学んで成功した最初の指揮者だったのです。

彼の中を根っこの部分まで探ってみても、「19世紀的ロマン主義」は欠片も見つからないはずです。
その意味で、彼は己の知性を信じて、本当の意味で楽譜だけをたよりに音楽を作っていった第1世代に属する指揮者だったのです。ですから、この時代の彼の演奏は非常にクリアです。
本当に灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧さがあります。

ただ、困るのは、そうやって抑制的になればなるほど、聞いている側がちっとも面白くないのです。
もっと有り体に言えば、思わず知らず爆発したときの方が聞き手にとってはスリリングであって、逆に抑制的な面が前に出すぎると丁寧な感じしか残らないのです。

そう言えば、カザルスはこんなことを言っていたそうです。

テンポ通りに弾かない術、これは経験から身につけるしかない。楽譜に書かれてあるものを弾かない術も同様だ


この言葉がどれほど広く知れ渡っているのかは分かりませんが、バーンスタイン以後の「原典神聖化」の音楽家たちはどのようにこの言葉を聞くのでしょうか。

おそらく、多くの人が通ることで轍が深くなればなるほど、その轍にそって走ることはどんどん容易くなっていきます。しかし、その轍にそって馬車を走らせることことは安全ではあっても、つまらない行為の連続でしかあり得ませんん。
そして、その深く刻まれた轍を無視して、道を外れて大破しない範疇で自分の進路を進んで行くにはマルケヴィッチのような「強力」が必要なのです。
その「強力」が若きバーンスタインには未だ備わっていないことは明らかです。

そして、己を律してできる限り抑制的に振る舞おうとするバーンスタインに出会うたびに、「原典尊重」が本能として刷り込まれた世代の音楽家がそこから離れていくことの難しさを知らされます。
それはきっと、19世紀的な音楽家が原典を尊重していく以上に難しかったことでしょう。

バーンスタインがこの後マーラー演奏に力を傾注していったのは、自分なりに共感も出来て、さらにはほとんど轍がついていないエリアを探した結果だったのでしょう。
それが実に賢い選択であったことを、おかしな話ですが、こういう「大人しい」演奏を聴くことによって再確認させられます。

おそらく様式的に区分すればマルケヴィッチも若き時代のバーンスタインも、ともに楽譜に忠実なザッハリヒカイトな演奏を行う種族に分類されるのでしょう。
しかし、それが音楽になったときには、マルケヴィッチの演奏からは強烈な自己主張が放射されているのに対して、バーンスタインの演奏からは上品ではあってもどこか取り澄ました表情しか伝わってきません。

そして、こういう若い時代の録音をまとめて聞くことで、ヨーロッパに活動の拠点を移してから著しく主情的な演奏へと傾斜していったことの意味と重みが漸くにして分かるようになった気がするのです。

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