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シベリウス:交響曲第4番 イ短調 Op.63


渡辺暁雄指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 1962年6月20,21日録音(東京文化会館)

Sibelius:Symphony No.4 in A minor, Op.63 [1.Tempo molto moderato, quasi adagio]

Sibelius:Symphony No.4 in A minor, Op.63 [2.Allegro molto vivace]

Sibelius:Symphony No.4 in A minor, Op.63 [3.Il tempo largo]

Sibelius:Symphony No.4 in A minor, Op.63 [4.Allegro]


本当に理解されているのでしょうか?



この作品は、シベリウス自身の指揮で1911年4月3日にヘルシンキで初演が行われています。
当時シベリウスの名声は固まっていましたから、聴衆の多くは期待をもって集まったと思われます。
しかし、実際に演奏された4番はとてつもなく晦渋な音楽であり、評論家も含めてどんなリアクションをとっていいものやら大いにとまどったそうです。

この初演時のとまどいこそが正直な反応なんだと思います。
なにしろ、冒頭から実に不気味な響きがします。そこには喉の腫瘍によって死の淵をのぞき込んだ恐怖が塗り込められていました。

この不気味な響きは、専門的に言うと隣り合う音同士がすべて全音となる4度の音程が引き起こしていて、それを三全音というそうです。
よく分からないので、Google先生に聞いてみるとこういう事でした。

例えば「ドーファ」を分析してみると、「ドーレ」が全音、「レーミ」が全音なのですが、「ミーファ」は半音となります。
つまり、隣り合う音どうしが全て全音になっていないので、これは「三全音」ではなくて、「完全4度」ということになります。

ところが、「ファーシ」を分析すると、「ファーソ」も「ソーラ」も「ラーシ」すべて全音になります。これが三全音です。
「完全4度」に対応する言い方をすれば「増4度」ということになります。

そして、この「三全音」の響きはルネッサンス時代から嫌われてきた響きでした。
「音楽の悪魔」とか「死の象徴」などと言われ、この響きを回避するためにフラットの調性が生み出されたとも言われています。

しかし、シベリウスはこの不気味な響きを意図的に使用しているのです。

おそらく、この交響曲全体を支配する何とも言えないいがらっぽい雰囲気はこの響きに負うところが大きいのです。
また、初期のシンフォニーを特徴づけていた息の長い美しい旋律は跡形もなく消えてしまい、変わって短い複数のモティーフが組み合わさることで音楽が形作られています。

ですから、20世紀の初頭にこんな音楽をいきなり聞かされたら戸惑うのは当たり前なのです。

ところが、シベリウス研究の権威であるセシル・グレイが、「最初から最後まで、余分な音符は一つとしてない」とのたまい、第7番と並ぶ最高傑作という御宣託もあって評価が固まったという経過があります。
へそ曲がりな私などは、「それなら、4番以外の交響曲のどの部分が余分な音符なのか教えてくれよ」と言いたくなるのですが、権威好きの日本人はそれ以後4番こそがシベリウスの最高傑作と言うことになりました。

でも、シベリウスが大好きな人でも、本音は4番が嫌いな人が多いですね。
証拠になるかどうかは分かりませんが、コンサートのプログラムで一番多く取り上げられるのは2番と1番でしょう。
おそらく4番はそんなに多くないはずです。。

でも、セシル・グレイ大先生はこう言っているんですね。

「この作品は官能的に訴えるものが全然ないから、通俗曲にはならないであろうが、少数の人々にとっては、シベリウスの最も偉大な作品となるであろう。彼はおそらくこれ以上のものを書かなかった。」

「少数の人々にとっては、シベリウスの最も偉大な作品となるであろう」なんて、実にくすぐる言葉です。馬鹿には分からないと言っているのですから、それが分かるオレってちょっと凄くない、という感じになれます。

まあここまで言われたら、へなちょこ評論家は恐れ入ってしまうでしょうね。
しかし、私はきっと馬鹿だからなのでしょう、どの演奏を聞いてもこの作品が好きになったことはありませんでした。
ちなみに、シベリウスは大好きです。
しかし、4番だけはどうしても駄目でした。

そんな私が初めて面白く4番を聞かせてくれたのは、ケーゲルの演奏です。
しかし、聞き終わってから、これはシベリウスの音楽ではなくて、ケーゲルの音楽だなと気づかされました。
ケーゲルという人は時に、強引に音楽をねじ曲げて自分の方に引っ張ってくるという力技を発揮しますが、このシベ4もその典型みたいな演奏でした。そして、そういう演奏で初めて面白く聞けたと言うことに、私とこの曲の相性がよく現れています。

しかし、最近になって一点だけ思いが変わっているのはケーゲルの演奏に対する評価です。
もしかしたら、この作品を本当に理解し共感していたのはケーゲルだけだったのかもしれません。

この作品ほど幸福感から縁遠い音楽はそんなに存在しないでしょう。
特に、この作品が生み出された時代というのが、未だに二つの世界大戦も核兵器の脅威も経験していない時代だったことを考えれば、この「虚無感」と「絶望感」は異形と言うしかありません。
そして、その深い絶望感がその様な社会的背景をもったものとしてではなく、全くの個人的な経験から発したものとして考えるならば、今も希有な存在であることは事実です。

おそらく、ケーゲルの演奏は日常的に聞くような音楽でないことは確かです。
一切の幸福感から切り離された、深い絶望と虚無を個人的体験として共有したのはこの二人だけだったのかもしれません。
ただし、この深い虚無感をシベリウスは乗り越えて再び此岸に帰ってきたのですが、ケーゲルは彼岸へと旅だっていきました。
その事が、彼の演奏をより悲劇的なものにしていることが、「強引に音楽をねじ曲げて自分の方に引っ張ってくるという力技」と感じた理由かもしれません。

しかし、さらに年を重ねると、こういう切り詰めた簡素な響きが少しずつ身に添うようになってきていることにも気づかされます。
逆に、マーラーのような音楽は五月蝿く感じられて、そこに手が伸びることはほとんどなくなっていることに気づくのです。

ただし、それを「進歩」だという気は全くありません。いや、それは「進歩」どころか、パワーの枯渇による「退歩」でしかない可能性の方が高いのです。
ただし、偉い先生というのはたいがい年寄りなので、若者であれば、年寄りは年寄り向きの音楽を高く評価すると言うことは頭の片隅留めておいた方がいいかもしれません。

世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集


1962年に録音された「世界最初のステレオ録音によるシベリウス交響曲全集」です。
さらに、日本国内で録音されたクラシック音楽が世界的なメジャーレーベル(Epic Records)からリリースされたのもおそらく初めてだろうと言われています。

渡邉暁雄の名前は日本におけるシベリウス受容の歴史と深く結びついています。その業績は朝比奈とブルックナーの関係と較べればいささか過小評価されている感じがするのですが、60年代の初めにこれだけの録音を行い、それが世界市場に向けてリリースされたのは「偉業」と言わざるを得ません。

ただしこの録音の初出年を確定するのには手間取りました。
62年に録音されて、その後「Epic Records」からリリースされたのですから、常識的に考えればぼちぼちパブリック・ドメインになっていても不思議ではありません。しかしながら、どうしてもその初出年が確定できなかったのです。
しかし、漸くにして、1966年に「Epic SC 6057」という番号でボックス盤の全集としてリリースされたことが確認できました。
おそらく、この全集盤の前には分売でも発売されたと思われます。

ボックス盤による全集「Epic SC 6057」
「Epic SC 6057」

ただし、不思議なのは「作曲家別洋楽レコード総目録」の67年版や68年版にはこの全集が記載されていないことです。
渡邉暁雄と日フィルによるこの「偉業」が1966年に「Epic Records」からりリースされたのであれば、当然国内でも発売されたと思うのですが67年版にも68年版にも記載されていません。しかし、ここで確認を打ち切っていたのが私のミスで、69年版の総目録を調べてみると記載されていて、発売が1966年12月となっているのです。
この記載漏れが何に起因するのかは分かりませんが、もしかしたら舶来品を尊び国産品を蔑むこの業界の体質が呈したのかもしれません。

と言うことで、国内でも1966年に発売されているので、この録音は間違いなくパブリック・ドメインの仲間入りをしたことが確認された事はめでたいことです。

この全集はクレジットを見る限りは1962年に集中的に録音されたように見えます。


  1. シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 Op.39:1962年5月7,8日録音(東京文化会館)

  2. シベリウス:交響曲第2番 ニ長調 Op.43:1962年録音(杉並公会堂)

  3. シベリウス:交響曲第3番 ハ長調 Op.52:1962年8月7,8日録音(東京文化会館)

  4. シベリウス:交響曲第4番 イ短調 Op.63:1962年6月20,21日録音(東京文化会館)

  5. シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 Op.82:1962年2月18日録音(文京公会堂)

  6. シベリウス:交響曲第6番 ニ短調 Op.104:1962年音(文京公会堂)

  7. シベリウス:交響曲第7番 ハ長調 Op.105:1962年3月7日録音(杉並公会堂)



しかし、録音プロデューサーの相澤昭八郎氏は1961年から1962年にかけて録音は行われたと語っています。別のところではおよそ1年半をかけてこのプロジェクトを完成させたとも述べていますので記憶違いではないでしょう。
おそらく、1962年という極めてザックリとしたクレジットしか残っていない2番と6番に問題があったのでしょう。

相澤は録音の編集に関しては渡邊からの注文が詳細を究めたので、お金のかかるスタジオではなくて渡邊の自宅で行ったと証言しています。
渡邊の注文は演奏上の細かいミスを潰していくというのではなく、オーケストラのバランスが適正に表現されているか否かに集中していたそうです。

しかし、ワンポイント録音ではそう言うバランスの調整というのはほとんど出来ません。ワンポイント録音で可能なのは左右のチャンネルのバランスを調整するくらいですから、録音現場で拾ったバランスがほぼ全てです。
渡邊もその事は承知していたと思われるます。
何回かのテイクの中からもっとも適正と思えるバランスのものを選びだしてはテープに鋏を入れ、最後のつめとして可能な範囲でバランスの調整を行ったのです。

それでも、どうしても納得できない場合は場をあらためてセッションを組んだものと思われます。
相澤が1961年からプロジェクトをはじめたといいながら録音クレジットは62年だけで完結したように見えるのは、そう言う録音での苦闘が水面下に隠れてしまったからでしょう。

アメリカやイギリスのメジャーレーベルであれば、62年と言えば既にステレオ録音の経験を充分に積んできた時代です。Deccaのようなレーベルであれば「録音に適した会場」を既に見つけ出していて、さらにはそう言うホールの録音特性を知り尽くしていました。
しかし、日本におけるステレオ録音となると、おそらくは手探り状態だったはずです。
その差は歴然としていました。

文京公会堂では会場の前半分の椅子を撤去することが可能でした。その撤去した空間を平戸間にすることでマイクセッティングの自由度を上げることが可能だったようです。
しかし、杉並公会堂や東京文化会館ではそう言うわけにもいかなかったので苦労は随分と多かったようです。

しかしながら、そう言う苦労を乗り越えて実現したこの録音は極めてクオリティの高い優秀なものに仕上がっています。

確かに、時代相応の限界があるので、楽器の響きなどはいささか「がさつ」なところがあるかもしれません。しかし、その「がさつ」さは録音ではなくて、そこで鳴り響いていたオケのものかもしれません。
人によっては強奏部分では音がつまると指摘する人もいますが、それほど気になるほどではありません。
それよりは、渡邊が徹底的に腐心した、オケの理想的なバランスがもたらす自然な響きが非常に見事です。

おそらく、この成果の手柄は録音エンジニアの若林駿介氏に帰すべきでしょう。
若林はこの録音の前にアメリカに渡って、ワルターとコロンビア響の録音現場に参加して学ぶ機会を持っています。ですから、この録音のクオリティをそう言うアメリカでの経験に求める人もいます。
確かに、それは若林にとっても貴重な経験だったことは疑いはないのでしょう。しかし、この録音はそう言う一連のワルター録音と較べると方向性が少しばかり違う事に気づきます。

この録音におけるオケのバランスとプレゼンスの良さは、あるはずのない「理想」を「録音」という技術によって生み出したと言うべきものになっています。
それはあるがままのものをレコード(記録)したと言うよりは、ある種の創作物になっていると言った方がいいかもしれません。言葉をかえれば、プロデューサーの相澤、録音エンジニアの若林、そして指揮者の渡邊の3人によって生み出された「芸術」というべきものになっているのです。

その意味では、この録音を「人為的」と感じる人がいるかもしれません。しかし、こういう事が可能なのが「スタジオ録音」の魅力でもあるのです。

また、丁寧にテイクを積み重ねた結果だとは思うのですが、日フィルの合奏能力も見事なものです。
いわゆる欧米のメジャーオーケストラでも、来日のライブなんかだとこれよりも酷い演奏を平気で聴かせてくれます。
もちろん、個々の楽器にもう少し艶があってもいいとは思う場面はあるのですが、おそらくは貧弱な楽器を使っていた60年代のことですから、そこまで言えば人の能力を超えたレベルの注文になってしまいます。

シベリウス:交響曲第4番 イ短調 Op.63:1962年6月20,21日録音(東京文化会館)

こういう演奏を聴かされると、大多数の指揮者はこの作品への共感をもって演奏しているのだろうかと疑問に思ってしまいます。

例えば、「赤い薔薇が咲いた」という文があったときに、渡邊は明らかに「赤いバラ」が咲いたイメージを持って「赤い薔薇が咲いた」と語っています。
しかし、大多数の指揮者は「赤い薔薇が咲いた」という文から、その文がイメージする世界を描けないので、セシル・グレイ先生の「最初から最後まで、余分な音符は一つとしてない」と言う言葉に従って構文解析を始めます。

「赤い薔薇が咲いた」というのは、「赤い」と「薔薇」と「咲いた」という3つの文節から成り立っていて、それぞれ「赤い」は形容詞、「薔薇」は名詞、「咲いた」は動詞である。「薔薇」が主語であり論述の対象を示し、「咲いた」は述語であり論述の核心部分を為す。
さらに、分析を進めれば、「咲いた」は「咲く」の連用形イ音便に過去・完了・存続を表す助動詞「た」の終止形がついた形である。よって、この「赤い薔薇」が過ぎ去った昔のあるとき時期咲いていたのか(過去)、今まさに咲いたのか(完了)、もしくはこれからも咲いて行くであろう状態なのか(存続)はこの短い文の中では断定しがたい。

このような整然として緻密な楽曲分析に従って音楽を構築していけば、そこにはスタティックでクリスタルガラスのような美しい世界はひろがります。しかし、その「美しさ」は何故か聞くものの心には迫ってこないのです。

それと比べれば、この渡邊と日フィルによる演奏は荒いと言えば荒いです。
スタティックであるよりはダイナミックであり、緻密であるよりは野太いです。
しかし、その音楽は「語るべきイメージ」が明確であるがために、聞くものの心に迫ってきます。

この全集の中で、最も深く心に残る一枚です。

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