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ボザール・トリオ(Beaux Arts Trio)|ベートーベン:ピアノ三重奏曲第2番 ト長調 Op.1-2
ベートーベン:ピアノ三重奏曲第2番 ト長調 Op.1-2
ボザール・トリオ 1964年録音
Beethoven:Piano Trio No.2, Op.1 No.2 in G major [1.Adagio - Allegro vivace]
Beethoven:Piano Trio No.2, Op.1 No.2 in G major [2.Largo con espressione]
Beethoven:Piano Trio No.2, Op.1 No.2 in G major [3.Scherzo: Allegro]
Beethoven:Piano Trio No.2, Op.1 No.2 in G major [4.Finale: Presto]
劇的な出会いとすれ違いの場

ベートーベンの「作品番号1」が、この3曲からなる「ピアノ・トリオ」です。
おそらく、出版社からしてみれば有望そうな若手の第1作としては、そう言う気楽なスタイルの作品あたりがいいのだろうと踏んだのでしょうが、ベートーベンにしてみれば己の処女作としての意気込みを持って取り組んだことがはっきりと伺える作品になっています。
「ピアノ・トリオ」というのはピアノ、ヴァイオリン、チェロという3人で演奏できる形式であり、モーツァルトの作品を見れば分かるように、それは基本的にプロの演奏家を想定した作品と言うよりは教養ある家庭で演奏されることを想定した音楽スタイルでした。ハイドンもまたこの形式でたくさんの作品を残しているのですが、そこでは明確に「ヴァイオリンとチェロの伴奏を持つピアノ・ソナタ」と記されています。
おそらくは良家の子女が演奏するピアノを、身内の何人かが弦楽器でサポートするというスタイルだったのでしょう。
しかし、ベートーベンにしてみれば、己の「作品番号1」をその様なホーム・ミュージックにするつもりは全くなかったようです。そのあたりが、基本的には「職人」であり、注文に従っていかようにでも音楽を提供したモーツァルトと、若き時代から「芸術家」としての自負を抑えきれなかったベートーベンとの違いでしょう。
第1番の変ホ長調のピアノ・トリオはスケッチも含めて全ての資料が失われているので、作曲年代を特定することが不可能になっているようなのですが、おそらくは生まれ故郷のボンからウィーンに出てきて間もない頃だろうと推測されます。一部では、ボン時代の最後の頃、1792ン頃の作品ではないかという意見もあったようなのですが、現在ではおそらく74年頃にかかれたものだという意見が主流のようです。残りのト長調(第2番)とハ短調(第3番)の2作も74年から75年にかけて作曲されたものだと思われます。
この3作は全て4楽章構成からなり、全てが古典的なソナタ形式に則っています。
しかし、すぐに気づくのは第3楽章に「スケルツォ」が採用されていることです。ハ短調のトリオでは従来通りのメヌエットになっているのですが、聞けば分かるようにメヌエットらしい軽やかさはどこを探しても見つからない音楽になっています。
また、このハ短調のトリオの終楽章は、通常はプレストの軽やかな音楽で終わるという常識を越えて、ベートーベンらしい荒々しいまでの情熱があふれ出す音楽になっています。
ところが、この作品をハイドンは気に入らなかったようで、リヒノスキー侯爵の邸宅でこれらの作品が初演されたときに、彼は「このハ短調の作品だけは出版しない方がよい」と忠告を与えています。人格者のハイドンですから、その言葉には何の裏もなく、若き才能ある音楽家に対する率直な助言だったはずです。
しかし、ベートーベンは自信作であったハ短調のトリオを貶されたと受け取り、ハイドンはベートーベンの才能に嫉妬しているとさえ感じてしまうのです。
このエピソードには傲岸不遜なベートーベンという男の特徴がよくあらわれていると思うのですが、それ以上に音楽の歴史における劇的な出会いとすれ違いが表現された場でした。
そして、時代はベートーベンに代表されるように、音楽は「人生という重いもの」を背負っていくようなものへと変貌していくのですが、それはハイドンが信じた音楽とは全く別のものだったのです。
ピアノ三重奏曲第2番 ト長調 Op.1-2
変ホ長調とハ短調のトリオと較べてみると、いささかとりとめのない印象を受けます。特に、第2楽章の「ラルゴ」は、若きベートーベンらしいロマンティックな表白ではあるのですが、どこか深まりきらない印象が拭いきれません。しかし、フィナーレのプレストは明らかにモーツァルト的な世界からの離脱を指向しています。
- 第1楽章:Adagio - Allegro vivace
- 第2楽章:Largo con espressione
- 第3楽章:Scherzo: Allegro
- 第4楽章:Finale: Presto
一つの公理系と言える演奏
ボザール・トリオはピアノのメナヘム・プレスラーが中心となって1955年に結成されました。設立当初のメンバーはヴァイオリンにダニエル・ギレ、チェロにバーナード・グリーンハウスでした。その後、ヴァイオリンはイシドア・コーエン(1968年~)、イダ・カヴァフィアン(1992年~)、ユンウク・キム(1998年~)、ダニエル・ホープ(2002年~)と交代し、チェロに関してもピーター・ワイリー(1987年~)、アントニオ・メネセス(1998年~)と入れ替わっています。
つまりは、非常に珍しい「常設のピアノ・トリオ」と呼ばれる「ボザール・トリオ」の実態は、ピアニストであるメナヘム・プレスラーの努力によって維持されてきた団体だと言えるのです。
しかし、このトリオにはどこか「風当たり」が強い様な雰囲気を私は感じます。
それは、このメナヘム・プレスラーというピアニストがソロ活動は一切行わずに、このピアノ・トリオの活動に全力を傾注してきたことに原因があったのかもしれません。
下世話な話ですが、貧しい若者が結婚するときに昔は「一人口では食えなくても、二人口なら食える」と言ったものです。一人の稼ぎでは食っていけなくても、貧しい二人が寄り添って家庭を築けば何とか食っていけるという現実を表した言葉なのですが、ボザール・トリオもまた、「ソロでは食ってはいけなくても、室内楽の団体なら食っていける」みたいな見方がされていたのかもしれません。
それに、ピアノ・トリオというジャンルはただでさえクラシック音楽の「裏街道」である室内楽の世界においても、さらに「裏街道」の世界です。そう言う「裏街道」の世界で唯一「エリート的な立場」にいるのが「賢者の対話」と呼ばれることもある弦楽四重奏曲の世界なので、「弦楽四重奏団」はそれなりに「尊敬」はうけるのですが、裏街道のさらに裏を行く「ピアノ・トリオ」となるとどこか見る目もよそよそしくなります。
さらに言えば、そんな裏街道でも時々素敵な花が咲いているときがあります。
ところが、そんな花(例えば「大公トリオ」)が咲いていると、急にカザルスやハイフェッツみたいな連中がやってきて摘んでいってしまうのです。
今さら、ボザール・トリオがそんな花を摘んでいっても誰も見向きもしてくれないので、仕方なくそんな裏街道に咲く雑草みたいな地味な花(失礼^^;)をせっせと摘んでくるしかないのです。
そんな労多くして報われることの少ない仕事をプレスラーは半世紀以上も続けてきたのですが、ついに2008年9月6日のルツェルン音楽祭でのコンサートをもってこのトリオを解散します。この時プレスラーは既に80才を超えていたのですから(1923年生まれ)、これで彼も長い芸歴にピリオドを打って引退かと思ったのですが、何とその後、彼はソロ活動を解禁するのです。
そして、ベルリンフィルやコンセルトヘボウ、パリ管などとも共演をするようになり、現在も活動を続けているようです。亡くなったという情報は聞いていないのですが、2015年の来日公演は健康上の理由できゃんせるになったようですから、もしかしたら第一線からは引退したのかもしれません。
彼は、あるインタビューの中で次のように語っていました。
「ピアノ協奏曲を弾く際、ピアニストは技巧を披瀝して、賞賛を勝ち得たいと思うものです。」
「私だって、他の人と同じでした。他の誰よりも綺麗で大きな音を出し、早いパッセージを華麗に弾きたいと思ったのです。」
「しかし私は、トリオに加わることになりました。そこで音楽そのものに奉仕することを学んだのです。」
なるほど、「音楽に奉仕」することを学ばなければ、こんなにも報われることの少ない仕事を半世紀も続けられるはずはありません。
確かに、「大公トリオ」のような作品ならば、3つの楽器が独奏楽器であるかのように演奏しても様になります。しかし、ほとんどのピアノ・トリオは「バランス」こそが大切です。とりわけ、ピアノはその気になればいとも容易く他の楽器を圧倒することができるのですから、ピアニストには音楽に献身する心構えがなければその「バランス」を維持することはできません。
そして、その様な「バランス」はにわか仕立てのソリストの寄せ集めでは、お互いの「我」が出過ぎて実現不可能です。
ピアノ・トリオという音楽ジャンルのあるべき姿をあるべき様に演奏するには、どうしてもこのような長きにわたって活動を続ける団体が不可欠なのです。
その意味では、一つ一つ取り上げれば物足りなく思える部分があったとしても、このトリオによるベートーベンのトリオ・ソナタはその様な良し悪しの判断や評価を超えたところに存在する一つの公理系と言える演奏かもしれません。
この演奏を評価してください。
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