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ドヴォルザーク:響曲第9番 ホ短調 作品95 「新世界より」

ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1956年4月8日録音

Dvorak:Symphony No 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [1.Adagio?Allegro molto]

Dvorak:Symphony No 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [2.Largo]

Dvorak:Symphony No 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [3.Molto vivace]

Dvorak:Symphony No 9 in E Minor, Op. 95, "From the New World" [4.Allegro con fuoco]


望郷の歌

ドヴォルザークが、ニューヨーク国民音楽院院長としてアメリカ滞在中に作曲した作品で、「新世界より」の副題がドヴォルザーク自身によって添えられています。

ドヴォルザークがニューヨークに招かれる経緯についてはどこかで書いたつもりになっていたのですが、どうやら一度もふれていなかったようです。ただし、あまりにも有名な話なので今さら繰り返す必要はないでしょう。
しかし、次のように書いた部分に関しては、もう少し補足しておいた方が親切かもしれません。

この作品はその副題が示すように、新世界、つまりアメリカから彼のふるさとであるボヘミアにあてて書かれた「望郷の歌」です。

この作品についてドヴォルザークは次のように語っています。
「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう。」
「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」


この「新世界より」はアメリカ時代のドヴォルザークの最初の大作です。それ故に、そこにはカルチャー・ショックとも言うべき彼のアメリカ体験が様々な形で盛り込まれているが故に「もしアメリカを訪ねなかったとしたら、こうした作品は書けなかっただろう」という言葉につながっているのです。

それでは、その「アメリカ体験」とはどのようなものだったでしょうか。
まず最初に指摘されるのは、人種差別のない音楽院であったが故に自然と接することが出来た黒人やアメリカ・インディオたちの音楽との出会いです。

とりわけ、若い黒人作曲家であったハリー・サンカー・バーリとの出会いは彼に黒人音楽の本質を伝えるものでした。
ですから、そう言う新しい音楽に出会うことで、そう言う「新しい要素」を盛り込んだ音楽を書いてみようと思い立つのは自然なことだったのです。

しかし、そう言う「新しい要素」をそのまま引用という形で音楽の中に取り込むという「安易」な選択はしなかったことは当然のことでした。それは、彼の後に続くバルトークやコダーイが民謡の採取に力を注ぎながら、その採取した「民謡」を生の形では使わなかったののと同じ事です。

ドヴォルザークもまた新しく接した黒人やアメリカ・インディオの音楽から学び取ったのは、彼ら独特の「音楽語法」でした。
その「音楽語法」の一番分かりやすい例が、「家路」と題されることもある第2楽章の5音(ペンタトニック)音階です。

もっとも、この音階は日本人にとってはきわめて自然な音階なので「新しさ」よりは「懐かしさ」を感じてしまい、それ故にこの作品が日本人に受け入れられる要因にもなっているのですが、ヨーロッパの人であるドヴォルザークにとってはまさに新鮮な「アメリカ的語法」だったのです。
とは言え、調べてみると、スコットランドやボヘミアの民謡にはこの音階を使用しているものもあるので、全く「非ヨーロッパ的」なものではなかったようです。

しかし、それ以上にドヴォルザークを驚かしたのは大都市ニューヨークの巨大なエネルギーと近代文明の激しさでした。そして、それは驚きが戸惑いとなり、ボヘミアへの強い郷愁へとつながっていくのでした。
どれほど新しい「音楽的語法」であってもそれは何処まで行っても「手段」にしか過ぎません。
おそらく、この作品が多くの人に受け容れられる背景には、そう言うアメリカ体験の中でわき上がってきた驚きや戸惑い、そして故郷ボヘミアへの郷愁のようなものが、そう言う新しい音楽語法によって語られているからです。

「この曲はボヘミアの郷愁を歌った音楽であると同時にアメリカの息吹に触れることによってのみ生まれた作品である」という言葉に通りに、ボヘミア国民楽派としてのドヴォルザークとアメリカ的な語法が結びついて一体化したところにこの作品の一番の魅力があるのです。
ですから、この作品は全てがアメリカ的なもので固められているのではなくて、まるで遠い新世界から故郷ボヘミアを懐かしむような場面あるのです。

その典型的な例が、第3楽章のスケルツォのトリオの部分でしょう。それは明らかにボヘミアの冒頭音楽(レントラー)を思い出させます。
そして、そこまで明確なものではなくても、いわゆるボヘミア的な情念が作品全体に散りばめられているのを感じとることは容易です。

初演は1893年、ドヴォルザークのアメリカでの第一作として広範な注目を集め、アントン・ザイドル指揮のニューヨーク・フィルの演奏で空前の大成功を収めました。
多くのアメリカ人は、ヨーロッパの高名な作曲家であるドヴォルザークがどのような作品を発表してくれるのか多大なる興味を持って待ちかまえていました。そして、演奏された音楽は彼の期待を大きく上回るものだったのです。

それは、アメリカが期待していたアメリカの国民主義的な音楽であるだけでなく、彼らにとっては新鮮で耳新しく感じられたボヘミア的な要素がさらに大きな喜びを与えたのです。
そして、この成功は彼を音楽院の院長として招いたサーバー夫人の面目をも施すものとなり、2年契約だったアメリカ生活をさらに延長させる事につながっていくのでした。


能動的ニヒリズム

オーマンディという指揮者は実に不思議な指揮者です。
これが彼の録音を集中して聞き続けた後に残った率直な思いです。

私にとってオーマンディという指揮者は遠い存在でした。

既に何回も繰り返していますが、吉田大明神がベートーベンのエロイカの録音を引き合いに出して、セルを「文化のクリエーター」、オーマンディを「文化のキーパー」と切って捨てた一言が大きく影響していたからです。
さらに言えば、その「キーパー」という言葉と「フィラデルフィア・サウンド」という言葉が私の頭の中で勝手に合体して、どこか効果だけを狙った底の浅い音楽をやった人という図式が出来上がってしまったのです。

しかし、実際に彼が残した録音を集中的に聞いてみれば、彼の演奏がただの保守者でないことは明らかですし、響きの華やかさだけを狙った底の浅い音楽でないことは明らかでした。

吉田が切って捨てたエロイカにしても、セルと較べればはるかに流麗でありながらも締めるべきべきところはしっかりとエッジを効かせていて、十分に存在価値のあるベートーベンになっていました。
オペラを振らなかったオーマンディの事をストラヴィンスキーが「ヨハン・シュトラウスの理想的指揮者」と鼻であしらった(オーマンディは確かシュトラウスのこうもりだけ録音していました)というエピソードも残されているのですが、例えばリヒャルト・シュトラウスの「薔薇の騎士」組曲を聴いてみればまさに「薔薇の騎士」のダイジェスト版、その語り口の上手さに驚かされました。
また、オーマンディのレパートリーは非常に広く、多様性に満ちた音楽を高いクオリティで外れ無しに演奏できました。

つまりは、彼は指揮者に求められるあらゆる資質において、疑いもなく超一流だったのです。
しかし、それは考えてみれば当たり前のことで、それだけの資質がなければアメリカのトップオケであるフィラデルフィアに40年も君臨できるはずはないのです。

しかし、その事を全て認めた上で、それでも彼の残した演奏には、聞き手の記憶に何時までも残るような「強さ」が希薄なのです。
彼の演奏を聴けば、作品のフォルムをゆがめるような恣意性は皆無ですし、オケの全てのパートはこの上もなく整然と、そして完璧に鳴り響いています。その意味では、この時代を席巻した新即物主義の流れの中にあることは疑いないのです。しかし、それではその潮流の本家であるトスカニーニ、ライナー、セルという流れと較べてみればその音楽の佇まいは明らかに異質なのです。

その違いは何処にあるのだろうかと思案してみて気づいたのは、「自己喪失」という言葉です。
トスカニーニしてもライナーにしても、もちろんセルにしても、彼らは楽譜に忠実であれといいながら、そして実際に楽譜には限りなく忠実でありながら、その枠の中で抑えがたい「自己」があふれ出しています。そして、そう言う「自己」表出に出会うことで、聞き手はそこにトスカニーニならではの、ライナーならではの、そしてセルならではの音楽に出会って心を揺さぶられるのです。

それと比べてみれば、オーマンディの音楽は驚くほどにニヒリスティックです。この上もなく高いレベルでオケ鳴らしきりながら、その中で音楽の統率者であるべき指揮者の姿がなかなか見えてこないのです。オケの全てのパートは、その様な指揮者の気配を消すかのごとくに、完璧なまでに等価に鳴り響いているだけです。

そう言えば、この世の中には「能動的ニヒリズム」とか「積極的ニヒリズム」という便利な言葉があるようです。

「すべてが無価値・偽り・仮象ということを前向きに考える生き方。つまり、自ら積極的に「仮象」を生み出し、一瞬一瞬を一所懸命生きるという態度」

おォー、まさにこれこそオーマンディの指揮姿ではないですか!!

そう言えば、彼は本当は指揮者になんかなりたくなかったというエピソードが残されています。

ユージン・オーマンディを聴く

若きオーマンディが最初に就いた職は、無声映画時代の映画館でのヴァイオリン奏者でした。そのヴァイオリン奏者として就職して5日目にソロ・コンサートマスターが解任されたためににコンマスに抜擢されます。
そして、ある日、運命の歯車が回り始めます。

演奏の始まる5分前に指揮者が病気で来られなくなくなり、代わりの副指揮者も全て不在であったので、仕方なしに指揮台に立ったのです。それは全く持って仕方の無かったことで、彼は指揮なんて本当にはやりたくなかったのです。
しかし、25ドルの給料アップと引き替えに嫌々ながら副指揮者に就任したのが彼の指揮者としてのキャリアの出発点になったのです。

この出発点で感じた「指揮なんてものはすべてが無価値・偽り・仮象」でしかないという思いは、フィラデルフィアのシェフに登りつめても変わることがなったのではないでしょうか。

しかし、彼はその無価値なことを前向きにとらえ、指揮という活動を通して、一瞬一瞬を一所懸命生きたのです。あの作品のフォルムを一切ゆがめることなく、それでいながらオーケストラの全てのパートが整然と均等に、そして完璧に鳴り響く姿を聞くときに、オーマンディという指揮者のなかの深い能動的ニヒリズムを感じてしまうのです。

指揮者という仕事は基本的には強烈な自己表出が求められます。ところが、そう言うスタンスとは真逆なところに自分を置き続けてトップオケに40年も君臨したのがオーマンディでした。
おそらくこんな指揮者はオーマンディが初めてだったのではないでしょうか。
しかし、こういう指揮者は最近は少しずつ増えているような気はします。蒸留水のような演奏を聴かされるたびにその思いは強くなってきています。

それがいいかどうかはひとまず脇におくとして、もしかしたら、そう言う意味において彼は時代を先駆けた存在だったのかもしれません。

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