クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~



AmazonでCDをさがすAmazonでユーディナ(Maria Yudina)のCDをさがす
Home|ユーディナ(Maria Yudina)|モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488

モーツァルト:ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488

(P)マリア・ユーディナ:アレクサンドル・ガウク指揮 モスクワ放送交響楽団 1943年録音

Mozart:Piano Concerto No.23 in A major, K.488 [1.Allegro]

Mozart:Piano Concerto No.23 in A major, K.488 [2.Adagio]

Mozart:Piano Concerto No.23 in A major, K.488 [3.Allegro assai]


ヴェールをかぶった熱情

モーツァルトにとってイ長調は多彩の調性であり、教会の多彩なステンドグラスの透明さの調性である。(アルフレート・アインシュタイン)

モーツァルトは、k466(ニ短調:20番)、K467(ハ長調:21番)で、明らかに行き過ぎてしまいました。そのために自分への贔屓が去っていくのを感じたのか、それに続く二つのコンチェルトはある意味での先祖帰りの雰囲気を持っています。
構造が簡単で主題も明確、そしてオケとピアノの関係も常識的です。
事実、この作品で、幾ばくかはウィーンの聴衆の支持を回復することができたようです。

しかし、一度遠い世界へとさまよい出てしまったモーツァルトが、聴衆の意を迎え入れるためだけに昔の姿に舞い戻るとは考えられません。そう、両端楽章に挟まれた中間のアンダンテ楽章は紛れもなく遠い世界へさまよい出たモーツァルトの姿が刻印されています。
それは深い嘆きと絶望の音楽です。
ただし、そのようなくらい熱情はヴェールが被されることによって、その本質はいくらかはカモフラージュされています。このカモフラージュによってモーツァルトはかろうじてウィーンの聴衆の支持をつなぎ止めたわけです。
遠い世界へさまよい出ようとするモーツァルトと、ウィーンの聴衆の支持を引き止めようとするモーツァルト。この二つのモーツァルトの微妙な綱引きの狭間で、奇跡的なバランスを保って成立したのがこの作品でした。しかし、そのような微妙なバランスをいつまでも保ち続けることができるはずがありません。
続くK491(ハ短調:24番)のコンチェルトでモーツァルトはそのくらい熱情を爆発させ、そしてウィーンの聴衆は彼のもとを去っていきます。


昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です

いやはや、強烈なモーツァルトです。
まさに「鉄の女」という異名に恥じない「豪快なモーツァルト」です。ただし、モーツァルトに「豪快」という形容詞が褒め言葉になるかと言えば首をかしげざるを得ませんから、これは評価が分かれることは間違いありません。

それにしても、例えばパリで母親を失ったモーツァルトの絶望感が刻み込まれているというK.310のイ短調ソナタ(8番)の冒頭の凄まじさ!!
さらに言えば、まるでソ連の戦車軍団が驀進していくかのようなK.331のトルコ行進曲!!
さらにさらに付け加えれば、スターリンの求めに応じて録音したと伝えられているK.488のイ長調のコンチェルト(23番)の深い祈り。

どれもこれもが異形という言葉をこえるほどの音楽が展開されています。それと比べると、同じような時期に録音されたニ短調のコンチェルト(20番)やK.457のハ短調ソナタ(14番)はまだしも常識の枠の中には収まっています。
ただし、その「異形」には、受けを狙った外連味とは全く無縁の、強い「確信」に貫かれています。

特に、ユーディナはソ連の独裁者であったスターリンのお気に入りのピアニストとして有名でした。しかし、そのお気に入りは彼女のお追従によってもたらされたものでないことは明らかです。
それどころか、何故にスターリンが彼女を愛したのかが不思議なほどの「反体制的」な女性でした。

とりわけ有名なのは、スターリンの求めに応じて録音したと伝えられているイ長調コンチェルトにまつわるエピソードです。
スターリンはその録音をいたく気に入ったようで、ユーディナに対して破格のギャランティ(2万ルーブルだったと伝えられています)をはずみました。ところが、そのギャラを彼女は修道院の修理費用として全額寄付してしまうのです。これだけでも当時のソ連においては十分に「犯罪的」だと思うのですが、さらにその高額なギャラに対するお礼として次のような内容の手紙をスターリンに送ったのです。

「ヨシフ・ヴィッサリオノヴィッチ、あなたの支援に大変感謝いたします。私はこれから、国民や国に対するあなたの罪を神が許してくれるよう、昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です。慈悲深い神はきっと許してくださることでしょう。いただいた2万ルーブルは、私が通っております教会の改修工事のために遣わせていただきます」

しかし、不思議なことにスターリンはこの手紙を無視したようで、いかなる処罰も受けなかったようです。
ただし、このような言動は彼女にとっては日常茶飯事であり、彼女が勤めていたいくつかの音楽院の教授職も「自由に過ぎる言動」を理由として3度も首になっていますし、演奏禁止処分などは数え切れないほどだったようです。それでも、彼女は親しい友人を招いては内輪の演奏会を続けました。

彼女にとって、常に精神的なものはいかなる物質的富よりも価値のあるものでした。そして、その精神的なものにおいてもっとも価値のあるのはまずは信仰であり、次いで音楽だったのでしょう。
その意味では、彼女の演奏には、その様な宗教的確信に貫かれた彼女ならではの解釈が貫かれています。そして、そのような強い確信がなければ、このような異形な演奏などはできなかったことでしょう。何しろ、あのリヒテルが彼女のことを尊敬はするが「好きではなかった」と語っていて、その理由の一つとして「作曲家に対して忠実ではなかった」と批判しているのです。

しかし、彼女の音楽で本当に素晴らしいのは、リリー・クラウスでさえ足元にも及ばないような強靱なタッチによる音楽の造形ではなくて、緩徐楽章における深い祈りです。、

それは、スターリンを感動させたイ長調コンチェルトの中間楽章でも明らかです。
おそらく、彼女が手紙にしたためた言葉は一編の嫌みもない真実の言葉だったのでしょう。スターリンが「国民や国に対して大きな罪を犯している」というのも真実でしょうし、そう言うスターリンに対して「神が許してくれるよう、昼も夜も神に祈りを捧げてまいる所存です。」というのも真実なのでしょう。
この中間楽章には、その様なユーディナの偽りのない祈りが聞き取れます。

同じ事が、あの悲劇的なイ短調ソナタの第2楽章からも聞き取ることができます。あの劇的な第1楽章を受けて、ほんの少しの慰めを見いだしたような中間楽章もすぐに深い翳りと憂愁の思いに満たされていくとき、そこにもユーディナの祈りが聞こえてきます。そして、いつも同じ事を繰り返すことになるのですが、そう言う演奏とは二度と巡り会えなくなった時代の流れを恨めしく思うのです。

最後に、録音のことについて少し付け加えておきます。
ソ連における古い録音と言うことで、音質面では懸念も多かったのですが、実際に聞いてみると、SP盤時代の美質が上手く収められています。
低域で言えば250Hzあたりから、高域で言えば6KHzあたりから特性がストンと落ちていますが、中域部の一番美味しい部分が実に上手くすくい取られています。ですから、それなりに配慮を持って再生すればユーディナの強靱さと祈りを聞き取る上で何の不満もありません。
ただ、不思議なのは50年代の半ば頃から60年代に入っての録音が逆にさえないのです。

このあたりも、もしかしたらスターリンの死が影を落としているのかもしれません。
それにしても、彼はどうしてこんなに厄介なピアニストを愛したのでしょうか。

彼がユーディナに求めたイ長調コンチェルトのレコードはスターリンの死後に彼の執務室から見つかったと伝えられています。それこそ、贈り物などは掃いて捨てるほどあったであろうスターリンにとって、その一枚のレコードはこの上もなく貴重なものであったことだけは事実なのです。
独裁者というのは常に不思議な存在です。

Youtubeチャンネル登録

古い録音が中心ですがYoutubeでもアップしていますので、是非チャンネル登録してください。

関連コンテンツ

この演奏を評価してください。

  1. よくないねー!(≧ヘ≦)ムス~>>>1~2
  2. いまいちだね。( ̄ー ̄)ニヤリ>>>3~4
  3. まあ。こんなもんでしょう。ハイヨ ( ^ - ^")/>>>5~6
  4. なかなかいいですねo(*^^*)oわくわく>>>7~8
  5. 最高、これぞ歴史的名演(ξ^∇^ξ) ホホホホホホホホホ>>>9~10



2715 Rating: 4.4/10 (87 votes cast)

  1. 件名は変更しないでください。
  2. お寄せいただいたご意見や感想は基本的に紹介させていただきますが、管理人の判断で紹介しないときもありますのでご理解ください
名前*
メールアドレス
件名
メッセージ*
サイト内での紹介

 

よせられたコメント




【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2023-05-30]

リスト:ハンガリー狂詩曲第13番~第15番(Liszt:Hungarian Rhapsody No.13 in A minor/Hungarian Rhapsody No.14 in F minor/Hungarian Rhapsody No.15 in A minor)
(P)サンソン・フランソワ:1953年10月2日,8日&11月16日,26日&12月13日 1954年1月15日&3月29日~30日録音(Samson Francois:Recorded on October 2,26&November 16,26&December 13, 1953 and January 15&& March 29-30, 1954)

[2023-05-29]

ショパン:ワルツ(第5番) 変イ長調, Op.42(Chopin:Waltzes No.5 In A-Flat, Op 42)
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:1963年3月25日録音(Arthur Rubinstein:Recorded on June 25, 1963)

[2023-05-29]

ショパン:3つのワルツ(第6番~第8番), Op.64 (Chopin:Waltzes, Op.64)
(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:1963年3月25日録音(Arthur Rubinstein:Recorded on June 25, 1963)

[2023-05-28]

ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14(Berlioz:Symphonie fantastique in C minor, H 48)
ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1957年2月14日録音(Dimitris Mitropoulos:New York Philharmonic Recorded on February 14, 1957)

[2023-05-27]

モーツァルト:交響曲第40番 ト短調, K.550(Mozart:Symphony No.40 in G minor, K.550)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮:ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1941年11月9日録音(Hans Knappertsbusch:Vienna Philharmonic Orchestrar Recorded on November 9, 1941)

[2023-05-26]

ロッシーニ:歌劇「アルジェのイタリア女」序曲(Rossini:l`italiana In Algeri Overture)
ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団 1967年5月5日録音(George Szell:Cleveland Orchestra Recorded on May 5, 1967)

[2023-05-25]

ベートーヴェン:魔笛の主題による7つの変奏曲, WoO 46(Beethoven:Variations in E-Flat Major on Bei Mannern, welche Liebe fuhlen from Mozart's Die Zauberflote, WoO 46)
(Cell)ルートヴィヒ・ヘルシャー:(P)エリー・ナイ 1956年録音(Ludwig Hoelscher:(P)Elly Ney Recorded on 1956)

[2023-05-24]

バッハ :平均律クラヴィーア曲集 第1巻, BWV 858‐BWV 863(Bach:The Well-Tempered Clavier Book1, BWV 858‐BWV 863)
(Cembalo)ラルフ・カークパトリック:1962年5月15日~7日&6月15日~27日録音(Ralph Kirkpatrick:Recorded on May 12-26 & June 15-27, 1962)

[2023-05-23]

ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(Beethoven:Piano Concerto No.4, Op.58)
(P)ギオマール・ノヴァエス:オットー・クレンペラー指揮 ウィーン交響楽団 1951年6月9日~11日録音(Guiomar Novaes:(Con)Otto Klemperer Vienna Symphony Orchestra Published in June 9-11, 1951)

[2023-05-22]

リヒャルト.シュトラウス:メタモルフォーゼン(Richard Strauss:Metamorphosen, Studie fur 23 Solostreicher)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 フランス国立放送管弦楽団 1964年4月録音(Jascha Horenstein:Orchestre national de la radiodiffusion Francaise Recorded on April, 1964)