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モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450

バーンスタイン指揮&P:コロンビア交響楽団 1956年5月7日録音

Mozart:Piano Concerto No.15 in B-flat major, K.450 [1.Allegro]

Mozart:Piano Concerto No.15 in B-flat major, K.450 [2.Andante]

Mozart:Piano Concerto No.15 in B-flat major, K.450 [3.Allegro]


ウィーン時代のピアノコンチェルト

モーツァルトのウィーン時代は大変な浮き沈みを経験します。そして、ピアノ協奏曲という彼にとっての最大の「売り」であるジャンルは、そのような浮き沈みを最も顕著に示すものとなりました。
この時代の作品をさらに細かく分けると3つのグループとそのどれにも属さない孤独な2作品に分けられるように見えます。
まず一つめは、モーツァルトがウィーンに出てきてすぐに計画した予約出版のために作曲された3作品です。番号でいうと11番から13番の協奏曲がそれに当たります。


  1. 第12番 K414:1782年秋に完成


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  1. 第11番 K413:1783年初めに完成

  2. 第13番 K415:1783年春に完成



このうち12番に関してはザルツブルグ時代に手がけられていたものだと考えられています。他の2作品はウィーンでの初仕事として取り組んだ予約出版のために一から作曲された作品だろうと考えられています。その証拠に彼は手紙の中で「予約出版のための作品がまだ2曲足りません」と書いているからです。そして「これらの協奏曲は難しすぎず易しすぎることもないちょうど中程度の」ものでないといけないとも書いています。それでいながら「もちろん、空虚なものに陥ることはありません。そこかしこに通人だけに満足してもらえる部分があります」とも述べています。
まさに、新天地でやる気満々のモーツァルトの姿が浮かび上がってきます。
しかし、残念ながらこの予約出版は大失敗に終わりモーツァルトには借金しか残しませんでした。しかし、出版では上手くいかなかったものの、これらの作品は演奏会では大喝采をあび、モーツァルトを一躍ウィーンの寵児へと引き上げていきます。83年3月23日に行われた皇帝臨席の演奏会では一晩で1600グルテンもの収入があったと伝えられています。500グルテンあればウィーンで普通に暮らしていけたといわれますから、それは出版の失敗を帳消しにしてあまりあるものでした。
こうして、ウィーンでの売れっ子ピアニストとしての生活が始まり、その需要に応えるために次々と協奏曲が作られ行きます。いわゆる売れっ子ピアニストであるモーツァルトのための作品群が次に来るグループです。


  1. 第14番 K449:1784年2月9日完成


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  1. 第15番 K450:1784年3月15日完成

  2. 第16番 K451:1784年3月22日完成

  3. 第17番 K453:1784年4月12日完成

  4. 第18番 K456:1784年9月30日完成

  5. 第19番 K459:1784年12月11日完成



1784年はモーツァルトの人気が絶頂にあった年で、予約演奏会の会員は174人に上り、大小取りまぜて様々な演奏会に引っ張りだこだった年となります。そして、そのような需要に応えるために次から次へとピアノ協奏曲が作曲されていきました。また、このような状況はモーツァルトの中にプロの音楽家としての意識が芽生えさせたようで、彼はこの年からしっかりと自作品目録をつけるようになりました。おかげで、これ以後の作品については完成した日付が確定できるようになりました。

なお、この6作品はモーツァルトが「大協奏曲」と名付けたために「六大協奏曲」と呼ばれることがあります。しかし、モーツァルト自身は第14番のコンチェルトとそれ以後の5作品とをはっきり区別をつけていました。それは、14番の協奏曲はバルバラという女性のために書かれたアマチュア向けの作品であるのに対して、それ以後の作品ははっきりとプロのため作品として書かれているからです。つまり、この14番も含めてそれ以前の作品にはアマとプロの境目が判然としないザルツブルグの社交界の雰囲気を前提としているのに対して、15番以降の作品はプロがその腕を披露し、その名人芸に拍手喝采するウィーンの社交界の雰囲気がはっきりと反映しているのです。ですから、15番以降の作品にはアマチュアの弾き手に対する配慮は姿を消します。
そうでありながら、これらの作品群に対する評価は高くありませんでした。実は、この後に来る作品群の評価があまりにも高いが故に、その陰に隠れてしまっているという側面もありますが、当時のウィーンの社交界の雰囲気に迎合しすぎた底の浅い作品という見方もされてきました。しかし、最近はそのような見方が19世紀のロマン派好みのバイアスがかかりすぎた見方だとして次第に是正がされてきているように見えます。オーケストラの響きが質量ともに拡張され、それを背景にピアノが華麗に明るく、また時には陰影に満ちた表情を見せる音楽は決して悪くはありません。


ハッピーの共有

弾き振りというスタイルがあります。
基本的には指揮者が本業の人がソリストも務めるというスタイルと、基本はソリストの人が指揮もやってしまうと言うスタイルに別れます。があって、私が見るところ、後者のスタイルの方が一般的なようです。

前者のスタイルは、馬鹿な指揮者に付き合わされるくらいなら自分で指揮もやった方がましだという人もいれば、自分が納得のいく形で音楽を作り上げたいという人もいるでしょう。
ツィマーマンが自前のオケ(ポーランド祝祭管弦楽団)を率いてショパンのコンチェルトを弾き振りしたのは「納得のいく形で音楽を作り上げたい」という典型でしょう。

それと比べると、指揮者が本業の人が弾き振りをするというのはあまり多くないようです。
その要因の最大のものとしては、あくまでも指揮が本業なのでピアノやヴァイオリンはそこまで上手でないという事情もあるでしょう。

しかし、例えばジョージ・セルなどはピアニストとしても超一流の腕前を持っていましたが、「弾き振り」などと言うことは一切やっていません。おそらく、この「完璧主義」のお化けにとって、「弾き振り」などと言うスタイルはその「完璧性」を損なう忌まわしい行いでしかなかったのでしょう。
それに、セルにしてみれば、ソリストを自分の思うように支配することは、いとも容易かったはずです。

そう考えてみると、バーンスタインという人は、かなり異色な存在であったことが、この「弾き振り」というスタイルを通してみてもよく分かります。
彼は実演でもこのスタイルを良く披露していますし、録音も数多く残しています。

おそらく、「弾き振り」を実演で見ると(そう、「見るt」と!!)、その効果は抜群です。これほど格好いいパフォーマンスはそうあるものではありません。
指揮者というのは男なら一度はやってみたい職業と言われるのですが、「弾き振り」はそこに「ソリスト」のお仕事まで付け加わるのですから、まさに「男の夢」みたいな格好良さがあります。

しかし、そう言う視覚的要素が全く取り払われた「録音」で聞くと、その音楽にはどこか「薄味」な部分を感じてしまいます。
おそらく、セルのような指揮者が「弾き振り」というスタイルを拒否したのはその部分だと言えます。指揮においても、ソロ楽器にしても、結果として今一歩の踏み込みの甘さが残ってしまうのです。

そこをきちんと分業をしていれば踏み込める一歩が、「弾き振り」では不可能となります。もしも、その一歩を踏み込もうと思えば、ツィマーマンのショパンのようにたった2曲のために何ヶ月もリハーサルを積み重ねる必要があります。
そして、そう言うことは、多くのレパートリーで世界中を飛び歩くスター指揮者にとっては不可能なことなのです。

ならば、何故にバーンスタインは、その様な不十分さが残るのに、こんなにも多くの「弾き振り」の録音を残したのでしょうか?
もちろん、それは彼なりの自己顕示欲がなかったとは言えません。
しかし、それ以上に、彼は音楽をすることに対する「ハッピーな感情」を大切にした人だったんだと言うことに気づかされます。

おそらく、演奏している人がハッピーだったら、それを聞いている人もハッピーだと言うほどこの世界は甘くありません。甘くないどころか、一般的には演奏する側が気持ちよく弾いて出来上がった音楽というのは「最低」な事が多いのがこの世界です。
ところが、バーンスタインというのは、彼が音楽の中心に座ると、そう言うハッピーな感情が聞き手にも伝わるという希有な資質を持っていました。

当然の事ながら、「弾き振り」というスタイルをとることで音楽のど真ん中にバーンスタインが座ること人なるのですが、そこで演奏しているメンバー全体がハッピーになっていることがよく分かります。
そして、その感情が聞き手に伝わってくるのがこの録音の最も優れたところでしょう。

ですから、細かい部分に眦をつり上げるような聴き方はやめましょう。例えば、ラヴェルのコンチェルトをミケランジェリの録音と較べるなどは愚の骨頂です。
それは、音楽の目指すべき音楽のベクトルが全く異なるのです。

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