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ベートーベン:ヴァイオリンソナタ第6番 イ長調 Op.30-1

(P)リリー・クラウス (Vn)ウィリー・ボスコフスキー 1955年録音




ベートーベンのヴァイオリンソナタの概要

ベートーベンのヴァイオリンソナタは、9番と10番をのぞけばその創作時期は「初期」といわれる時期に集中しています。9番と10番はいわゆる「中期」といわれる時期に属する作品であり、このジャンルにおいては「後期」に属する作品は存在しません。
ピアノソナタはいうまでもなくチェロソナタにおいても、「後期」の素晴らしい作品を知っているだけに、この事実はちょっと残念なことです。

ベートーベンはヴァイオリンソナタを10曲残しているのですが、いくつかのグループに分けられます。

作品番号12番の3曲

まずは「Op.12」として括られる1番から3番までの3曲のソナタです。この作品は、映画「アマデウス」で、すっかり悪人として定着してしまったサリエリに献呈されています。
3曲とも、急(ソナタ形式)-緩(三部形式)-急(ロンド形式)というウィーン古典派の伝統に忠実な構成を取っており、いずれもモーツァルトの延長線上にある作品で、「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」という範疇を出るものではありません。

しかし、その助奏は「かなり重要な助奏」になっており、とりわけ第3番の雄大な楽想は完全にモーツァルトの世界を乗り越えています。

  1. 『第1番 ニ長調』(op.12-1):習作的様相の強い「第2番」に比べると、例えば、ヴァイオリンとピアノの力強い同音で始まる第1主題からしてはっきりベートーヴェン的な音楽になっています。

  2. 『第2番 イ長調』(op.12-2):おそらく一番最初に作曲されたソナタと思われます。作品12の中でも最も習作的な要素が大きい。

  3. 『第3番 変ホ長調』(op.12-3):変ホ長調という調性はヴァイオリンにとって決してやさしい調性ではないらしいです。しかし、その「難しさ」が柔らかで豊かな響きを生み出させています。「1番」「2番」と較べれば、もう別人の手になる作品になっています。また、ピアノパートがとてつもなく自由奔放であり、演奏者にかなりの困難を強いることでも有名です



作品23と24のペア

続いて、「Op.23」と「Op.24」の2曲です。この二つのソナタは当初はともに23番の作品番号で括られていたのですが、後に別々の作品番号が割り振られました。
ベートーベンという人は、同じ時期に全く性格の異なる作品を創作するということをよく行いましたが、ここでもその特徴がよくあらわれています。悲劇的であり内面的である4番に対して、「春」という愛称でよく知られる5番の方は伸びやかで外面的な明るさに満ちた作品となっています


  1. 『第4番 イ短調』(op.23):モーツァルトやハイドンの影響からほぼ抜け出して、私たちが知るベートーベンの姿がはっきりと刻み込まれたさくいんです。より幅の広い感情表現が盛り込まれていて、そこにはやり場のない怒りや皮肉、そして悲劇性などが盛り込まれて、そこには複雑な多面性を持った一人の男の姿(ベートーベン自身?)が浮かび上がってきます。

  2. 『第5番 へ長調』(op.24):この上もなく美しいメロディが散りばめられているので、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中では最もポピュラリティのある作品です。着想は4番よりもかなり早い時期に為されたようなのですが、若い頃のメロディ・メーカーとしての才能が遺憾なく発揮された作品です。



作品30の3曲「アレキサンダー・ソナタ」

次の6番から8番までのソナタは「Op.30」で括られます。この作品はロシア皇帝アレクサンドルからの注文で書かれたもので「アレキサンダー・ソナタ」と呼ばれています。
この3つのソナタにおいてベートーベンはモーツァルトの影響を完全に抜け出しています。そして、ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権を目指したのベートーベンの独自な世界はもう目前にまで迫っています。
特に第7番のソナタが持つ劇的な緊張感と緻密きわまる構成は今までのヴァイオリンソナタでは決して聞くことのできなかったスケールの大きさを感じさせてくれます。また、6番の第2楽章の美しいメロディも注目に値します。


  1. 『第6番 イ長調』(op.30-1):秋の木漏れ日を思わせるような、穏やかさと落ち着きに満ちた作品です。ベートーベンらしい起伏に満ちた劇性は気迫なので演奏機会はあまり多くないのですが、好きな人は好きだという「隠れ有名曲」です。

  2. 『第7番 ハ短調』(op.30-2):ハ短調です!!ベートーヴェンの「ハ短調」と言えば、煮えたぎる内面の葛藤やそれを雄々しく乗り越えていく英雄的感情が表現される調性です。この作品もまたベートーヴェンらしい悲痛さと雄大さを併せもっているので、「春」「クロイツェル」に次ぐ人気作品となっています。

  3. 『第8番 ト長調』(op.30-3):7番の作曲に全力を投入したためなのか、肩の力が抜けてシンプルな作品に仕上がっています。ただし、そのシンプルさが何ともいえない美しさにつながっていて、人というのは必ずしも、何でもかんでも「頑張れ」ばいいというものでないことを教えてくれる作品です。



作品47

そして、「クロイツェル」と呼ばれる、ヴァイオリンソナタの最高傑作ともいうべき第9番がその後に来ます。
「ほとんど協奏曲のように、極めて協奏風に書かれた、ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」というのがこの作品に記されたベートーベン自身のコメントです。
ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が自由奔放かつ華麗にファンタジーを歌い上げます。中期のベートーベンを特徴づける外へ向かってのエネルギーのほとばしりを至るところで感じ取ることができます。
ヴァイオリンソナタにおけるヴァイオリンの復権というベートーベンがこのジャンルにおいて目指したものはここで完成され、ロマン派以降のヴァイオリンソナタは全てこの延長線上において創作されることになります。


  1. 『第9番 イ長調(クロイツェル)』:若きベートーベンの絶頂期の作品です。この時代には「交響曲第3番(英雄)」「ピアノ・ソナタ第21番(ワルトシュタイン》)「ピアノ・ソナタ第23番(熱情)」が生み出されているのですが、それらと比肩しうるヴァイオリンソナタの最高傑作です。



作品96

そして最後にポツンと創作されたような第10番のソナタがあります。
このソナタはコンサート用のプログラムとしてではなく、彼の有力なパトロンであったルドルフ大公のために作られた作品であるために、クロイツェルとは対照的なほどに柔和でくつろいだ作品となっています。


  1. 『第10番 ト長調』:「クロイツェル」から9年後にポツンと作曲された作品で、長いスランプの後に漸く交響曲第7番や第8番が生み出されて、孤高の後期様式に踏み出す時期に書かれました。クロイツェルの激しさとは対照的に穏やかな「田園的」雰囲気にみちた作品となっています。



ウィーンゆかりの作曲家の作品を集中的に録音


ボスコフスキーは50年代の中頃に、ピアニストとのリリー・クラウスやウィーンフィルの気心の知れた連中を集めて、ウィーンゆかりの作曲家の作品を集中的に録音しています。
そのラインナップは、確認できただけで以下の通りです。


  1. モーツァルト:ヴァイオリンソナタ(ほぼ全集) (P)リリー・クラウス (Vn)ウィリー・ボスコフスキー 1954年~1957年録音

  2. モーツァルト:ピアノ三重奏曲全集 (P)リリー・クラウス (Vn)ボスコフスキー (vc)ニコラス・ヒューブナー 1954年録音

  3. モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番・20番 (con)ウィリー・ボスコフスキー (p)リリー・クラウス ウィーン・コンツェルトハウス室内管弦楽団 1955年録音

  4. ベートーベン:ヴァイオリンソナタ全集 (P)リリー・クラウス (Vn)ウィリー・ボスコフスキー 1955年録音

  5. シューベルト:ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ第1番、第2番、第3番 (P)リリー・クラウス (Vn)ウィリー・ボスコフスキー 1957年録音



ウィーンフィルというのはいうまでもなくウィーン国立歌劇場のオケのメンバーによって自主的に運営されている団体です。そして、母体であるウィーン国立歌劇場というのは、9月から翌年6月までのシーズンでクリスマスの日しか休まないという世界で最も勤勉な歌劇場です。もちろん、オケのメンバーは交代で歌劇場で演奏するのですが、それでも激務であることは変わりはなく、その合間を縫ってこれだけの録音を残したことには驚きを感じます。
ただ、そういう事情が背景にあるためか、その演奏はスコアを徹底的に読み込んで新しい解釈や発見を世に問うというものではなく、我らが街の、我らが作曲家の作品を、我らの先輩達が演奏してきた流儀で演奏しています。そして、それが、「伝統とは怠惰の別名」と喝破したマーラーの言葉を思い出してしまうような場面があちこちにあります。
要は、緩いんですね。(^^v

ですから、モーツァルトやシューベルトはまだしも、ベートーベンのヴァイオリンソナタに関してはほとんど話題になることもなく、忘れ去られてしまった録音になっています。こう言い切っても、ほぼ間違いないでしょう。
しかし、考えてみれば、ベートーベンのヴァイオリンソナタというのは、そのほとんどがベートーベンの初期作品です。特に、作品12の3作品などははっきりとハイドンやモーツァルトの影響が刻み込まれています。4番から8番にしても、それらは「エロイカ以前」の作品です。あまり眦決して演奏するよりは、こういう緩めの風情でのんびり聞くのも悪くはないのです。

そう言えば、この作品の決定盤ともいうべきオイストラフ&オポーリン盤について、こんな恐れ多いことを書いたことがあります。
「仕事の仕上がりが完璧であればあるほど、ベートーベンの若書きゆえの弱さみたいなものがあぶり出されていくような気もするのです。」

ほとんど言いがかりのような物言いなのですが、この緩い演奏を聴くことで、再びそれが言いがかりとも言い切れないことに音楽の難しさを垣間見たような気がします。

なお、最後に録音に関する情報を一つ。
このボスコフスキーとクラウスを核とした一連の録音は、前半はウィーンで、後半はパリで行われています。このベートーベンのヴァイオリンソナタに関していえば、1番から5番、そして8番がウィーンで行われ、録音を担当したのはAntoine Duhamel(アントワーヌ・デュアメル)です。
アントワーヌ・デュアメルと言えばフランスの作曲家、音楽学者として知られているのですが、この頃はAndre Charlin(アンドレ・シャルラン)のもとで録音エンジニアをしていたのですね。
そして、注目すべきは後半のパリでの録音で、こちらはフランスの伝説的名ンジニア、アンドレ・シャルランが担当しています。
雰囲気的には54年から55年にかけてはAntoine Duhamel、56年から57年にかけてははAndre Charlinが担当したようです。

Antoine Duhamelの録音はどちらかと言えば常識的な音のとり方ですが、Andre Charlinの方はさすがの音作りです。ピアノとヴァイオリンという二つの楽器が対等に一つの空間で鳴り響いている姿を実にうまくすくい取っています。こういうのを聞くと、編成の小さな室内楽ではモノラル録音であることはほとんどハンデにはならないことを教えられます。

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