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バルトーク:ピアノと管弦楽のためのラプソディー Op.1 Sz.27

フリッチャイ指揮 (P)アンダ RIAS交響楽団 1953年4月11&13日録音

Bartok:Rhapsody for Piano and Orchestra Op.1 Sz.27 [1st movement]

Bartok:Rhapsody for Piano and Orchestra Op.1 Sz.27 [2nd movement]


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多面的な複雑さ

バルトークという人は不思議な人です。21世紀の今となっては、彼のことを現代音楽家に分類する人はいないでしょうが、それでも20世紀を代表する「理知的な音楽」を書いたという評価はそれほど的はずれではありません。何しろ、彼のことを論ずれば黄金分割やフィボナッチ数列と言う、まるで数学のような話を避けて通れないからです。
しかし、そんな難しいことを脇において彼の音楽に耳を傾ければ、何ともココロ懐かしくなる旋律が聞こえてきたり、時には「脳天気」と言うしかないような馬鹿騒ぎがあったり、さらには、ある種の厳粛さを感じさせる静謐があったりします。
もちろん、ここでバルトーク論を論じるようなスペースもなければ、そもそも能力もありませんからこれ以上の深入りは避けますが、要はとっても多面的な複雑さと謎に満ちた人だと言うことです。

そして、そう言う多面的な複雑さというものが、バルトーク自身が作品番号の「1」を与えた「ピアノと管弦楽のためのラプソディー」からもはっきりと聞き取ることが出来ます。この作品はピアノ曲である「ピアノのためのラプソディー」を管弦楽作品に編曲したものですが、バルトークはその両方に「作品番号1」を与えています。

重苦しい雰囲気で始まった音楽は途中で、「これってホントにバルトークの作品?」と思ってしまうような馬鹿騒ぎが挟み込まれ、その馬鹿騒ぎがそれなりに盛り上がってフィレーレを迎えたかな?という思いををはぐらかすかのように厳粛とも言うべきピアノの旋律がそれを受け継いでいきます。そして、音楽はそのような厳粛さの中で閉じられます。
聞き手にとっては、何とも捕まえどころのない音楽なのでとまどってしまうのですが、そのとりとめのなさの中に将来にバルトークの姿が暗示されているように思えます。

1904年にこの作品は発表されていますから、バルトークにとっては20代前半の作品です。


多面的な複雑さへの共感

ハンガリという国はすぐれた指揮者を輩出しています。ざっと指を折っただけで、ライナー、セル、ショルティなどです。そして、その中にフリッチャイを数え上げることに異議を差し挟む人はいないでしょう。
そして、当然と言えば当然のことですが、彼らのレパートリーの重要な部分としてバルトークが位置づけられていたことに異議を申し立てる人はいないでしょう。

しかし、彼らの演奏するバルトークを聞いてみると、フリッチャイのバルトークはかなり土臭く感じます。
その違いは、たとえば、バルトーク晩年の名作である「管弦楽のための協奏曲」を聞き比べてみればよく分かります。セルもライナーも、明らかにバルトークがもっている「理知的」な部分を強調して音楽を構成しています。そして、そう言う理知的な部分を骨格に音楽を構成しようと思えば、オケの演奏精度を極限にまで引き上げて対応せざるを得ないのですが、彼らは時代の制約などは完全に吹き飛ばして、その難事を見事に成し遂げています。
ショルティが手兵のシカゴ響を使って80年代に録音した演奏などは、その延長線上における「極値」として記録されるべきものです。

それと比べると、フリッチャイのバルトークは随分ともっさりとしています。オケが「ベルリン放送交響楽団」や「RIAS交響楽団」ですから、シカゴ響やクリーブランドのオケのようなわけにはいかないことは分かります。しかし、重要なことはそのような外的条件にあるのではなく、音楽の作り方の根本的な部分で違いがあるように思えます。

その違いは、バルトークという人がもっている、一筋縄ではいかない多面的な複雑さに共感できるか否かです。

セルは明らかに共感していません。ですから、冗長に過ぎると言って終楽章でばっさりとカットを施し、「弱点の改善」を行った嘯いています。彼は、バルトークが本当は改善したかったように改めてやったので、これこそが正しいというスタンスをとっていたようです。セルはあの終楽章の「夜の歌」は理知的なバルトークにはふさわしくないと考えたのです。
ライナーやショルティは、さすがにそこまでの「暴挙」はしていませんが、それでも理知的なバルトークの音楽の精緻にして明晰な造形を際だたせています。

しかし、フリッチャイは、そう言う複雑さにココロからの共感を寄せています。ですから、バルトークの音楽が土臭くなればフリッチャイの音楽もためらうことなく土臭くなります、そこに、オケの至らなさも加わって、ますます土臭くなるのはご愛敬です。
しかし、フリッチャイはバルトークが内包している複雑さを鏡のように映し出して見せます。
ですから、どうか冒頭の部分だけを聞いて「こりゃ、駄目だ」と聞くのをやめるのではなく、出来れば一度は最後までおつきあいください。

セルやライナーのようなスタイリッシュで近代的なたたずまいとは異なる、もう一つのバルトーク像を体験することが出来るはずです。
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