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ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36


アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年1月録音


ベートーベンの緩徐楽章は美しい。

これは以外と知られていないことですが、そこにベートーベンの知られざる魅力の一つがあります。
 確かにベートーベンが最もベートーベンらしいのは驀進するベートーベンです。
 交響曲の5番やピアノソナタの熱情などがその典型でしょうか。
 しかし、瞑想的で幻想性あふれる音楽もまたベートーベンを構成する重要な部分です。


 思いつくままに数え上げても、ピアノコンチェルト3番の2楽章、交響曲9番の3楽章、ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス、ヴァイオリンソナタのスプリング、そしてピアノソナタ、ハンマークラヴィーアの第3楽章。
 そう言う美しい緩徐楽章のなかでもとびきり美しい音楽が聞けるのが、交響曲第2番の第2楽章です。

 ベートーベンの交響曲は音楽史上、不滅の作品と言われます。しかし、初期の1番・2番はどうしても影が薄いのが事実です。
 それは3番「エロイカ」において音楽史上の奇跡と呼ばれるような一大飛躍をとげたからであり、それ以後の作品と比べれば確かに大きな落差は否めません。しかし、ハイドンからモーツァルトへと引き継がれてきた交響曲の系譜のなかにおいてみると両方とも実に立派な交響曲です。

 交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にありますし、この第2番の交響曲はその流れのなかでベートーベン独自の世界があらわれつつあります。
 特に2番では第1楽章の冒頭に長い序奏を持つようになり、それが深い感情を表出するようになるのは後年のベートーベンの一つの特徴となっています。また、第3楽章はメヌエットからスケルツォへと変貌を遂げていますが、これもベートーベンの交響曲を特徴づけるものです。
 そして何よりも第2楽章の緩徐楽章で聞ける美しいロマン性は一番では聞けなかったものです。
 
 しかし、それでも3番とそれ以降の作品と併置されると影が薄くなってしまうのがこれらの作品の不幸です。第2楽章で聞けるこの美しい音楽が、影の薄さ故に多くの人の耳に触れないとすれば実に残念なことです。
 後期の作品に聞ける深い瞑想性と比べれば甘さがあるのは否定できませんが、そう言う甘さも時に心地よく耳に響きます。

 もっと聞かれてしかるべき作品だと思います。

フランス的な実験精神にあふれた演奏


アンセルメ&スイス・ロマンド管弦楽団によるベートーベンの交響曲全集というのは実に微妙な存在です。調べてみると、録音は1958年から1963年にかけて録音されていますが、集中的に録音されたのは58年から60年にかけてです。そして、最後に落ち穂拾いのように1番と8番が63年に録音されて全集として完成させています。

ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1963年11月録音

ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年1月録音

ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年4月録音

ベートーベン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年4月録音

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1958年5月録音

ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調「田園」 作品68
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年10月録音

ベートーベン:交響曲第7番イ長調 作品92
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1960年1月録音

ベートーベン:交響曲第8番 ヘ長調 作品93
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1963年11月

ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 「合唱付き」 作品125
アンセルメス指揮 スイス・ロマンド管弦楽団 1959年4月

ベートーベンの交響曲の録音史を振り返ってみれば、この時代は後世に名を残すような優れた「お仕事」が目白押しです。
クレンペラー&フィルハーモニア管(1957年?1961年録音)、シューリヒト&パリ音楽院管弦楽団(1957年?1958年録音)、クリュイタンス&ベルリンフィル(1957?1960年録音)、コンヴィチュニー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1959?1961年録音)等々です。さらには60年代にはいるとカラヤンがベルリンフィルを使って2度目の全集の録音を始めますし、海の向こうのアメリカではセル&クリーブランドの録音も始まっています。1961年にはレイボヴィッツ&ロイヤル・フィルによる「新しすぎる」録音も登場しています。
そう言う猛者の中にこの録音が放り込まれてしまうと、例えばクリップス&ロンドン交響楽団(1960年録音)の全集と同じように、実に影の薄い存在となってしまっています。さらに言えば、この録音はスイス・ロマンド感の特徴(弱点?)である薄い弦の響きの上にへんてこな管楽器の音が飛び跳ねていて、「ト盤(とんでもない演奏が刻み込まれた素敵なCDのこと)」の代表みたいな言い方がされたりもします。

しかし、実際に聞いてみると、一部の評論家が口を極めて馬鹿にするほどには酷い演奏だとは思えません。
例えば、第6番「田園」などは弦楽器の響きの薄さが決してマイナスになっていません。それどころか、いわゆるドイツ的な重厚な響きからは感じ取れなかったさわやかさに満ちあふれた「田園」になってます。さらさらとした弦楽器の響きは木の間隠れにもれてくる日の光のようですし、その日の光の中で管楽器自由に飛び跳ねる光景は聞くものの心をときほぐしてくれます。

そして、彼がやりたかったベートーベンの姿が一番はっきりと聞き取れるのは3番「エロイカ」の第1楽章でしょう。
このエロイカの第1楽章といえば、南の極にフルトヴェングラー、北の極にトスカニーニがいます。アンセルメは明らかにトスカニーニ側の人で、「エロイカといえどもただのアレグロ・コンブリオにすぎない」と言ったトスカニーニの言葉を彼なりの手法で実践しています。
ここには、フルトヴェングラー的な思い入れは一切ありません。かと言ってトスカニーニの力業もなく、明らかに後年のピリオド演奏につながっていくようなさらに突き抜けた即物的解釈が貫かれています。その意味では、レイボヴィッツ&ロイヤル・フィルの演奏と目指すところは同じだったのかもしれません。

しかし、アンセルメはレイホヴィッツのように聞き手のことは無視して自分のやりたいことを押し通すほどには無慈悲な指揮者ではなかったようです。レイホヴィッツは基本的に作曲家だったのに対して、アンセルメは最後の最後まで劇場の人でした。どうしても、最後のところで聞き手へのサービス精神が出てしまっています。
その一つの典型が9番の演奏だったのかもしれません。

聞き始めると、何の思い入れもない第1楽章の出だしに驚かされます。まさにザッハリヒカイトの極みです。しかし、それが最後のところにくると結構音楽が熱くなってきたりします。
第2楽章でティンパニーが何とも言えない無機的な響きで腰が砕けそうになっても、続く第3楽章は実に美しいのです。
この「Adagio molto e cantabile」はちょっと他にはないような美しさに満ちています。カンタービレと指示されているのにおかしな言い方なのですが、リズム感がとてもいいのです。フルトヴェングラーのような停止一歩手前の音楽とは全く異なって音楽は気持ちよく流れていくのです。ただし、テンポを速めにしたからといってせわしなくなったり硬直したりもしません。その気持ちのよい流れは「リズム感がいい」としか言いようがありません。
そして、最終楽章も世間が言うほどにはヘンテコだとは思えません。即物に徹しながらも、結構あちこちでエンターテイメントな面も顔を見せる演奏です。

そして、一番驚かされるのが7番の最終楽章の「突撃」です。
計算上は「これでいい」と思ったテンポが現実にはとんでもないことになってしまったのでしょう。しかし、オケはヒイヒイ言ってまさに崩壊寸前(崩壊しているという説もありますが・・・^^;)なのですが、「まあ、これはこれで客は喜ぶか!!」みたいな本能がでて、そのとんでもない状態をさらにヒートアップして最後まで突っ走っていきます。

正統な(何を持って正統というのか・・・という当然すぎる突っ込みは取りあえず封印してくださいね)ベートーベン像とはかなりかけ離れた演奏ではありますが、フランス的な実験精神にあふれた面白さにはあふれていると思います。
一聴の価値有りです。

<追記>
今日、あらためて聴き直してみて、この演奏の素晴らしさに呻ってしまいました。もしかしたら、全9曲の中で、これが一番うまくいっているかもしれません。
これを聞けば、後の世のピリオド演奏なんて「二番煎じ」にすぎない・・・なんて言うと、「あの人はホントに古楽器演奏が嫌いなのね(^^;・・・困ったものね」なんて言われそうですが・・・。

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