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ブラームス:ピアノ小品集


ルービンシュタイン:1953年録音


最晩年の己の心情をエッセイ風に表現したピアノの小品

ブラームスはピアノ作品はあまり得意ではなかったようです。若い頃は、このジャンルにおいてもベートーベンを意識してソナタ作品を書いているのですが、それ以後はそう言うチャレンジをぷっつりとやめてしまいます。そして、中期に二つの小品集を書いたのをのぞけば、彼の主要な作品は晩年の小品集に集中しています。これ以外には、2手や4手の作品を数多く残しているのですが、それらは出版社からの依頼で管弦楽作品を編曲したものが中心であり、言ってみれば「稼ぎ」のための営みでした。

そこで、今日のピアノリサイタルなどでよく取り上げられるのは晩年の小品集が中心となっているようです。しかしながら、それらがメインでプログラムが組まれることはあまりないようで、どちらかといえば埋め草的、またはアンコールで演奏されたりすることが多いようです。何故ならば、それらの作品は基本的には年寄りの独白であり、時には愚痴になっていたりする音楽ですから、そんな音楽を延々と聴かされ続けるのは若い人にとっては決して楽しい時間にはなりそうもないからです。

しかしながら、そう言う年寄りの愚痴であっても、時には耳を傾けてみることも無益なことではありません。確かに、世間では「おばあさんの知恵袋」は尊重されるのですが、どうしたわけか「おじいさんの愚痴」はけむたがられるだけです。
ブラームスのピアノ作品を演奏すると吐き気がするといったピアニストがいました。
確かにその気持ちも分かるのですが、時にはそんな寂しいおじいさんの愚痴にも耳を傾けてやってみてください。

<ブラームスの晩年のピアノ作品>

7つの幻想曲 op.116




創作力の衰えを感じたブラームスが優れたクラリネット奏者(ミュールフェルト)と出会って再びやる気を出した話は有名です。この作品はそのようにして再び力を取り戻したブラームスが、友人の死や姉の死によって再び大きな衝撃を受け、その苦悩が色濃く反映した作品として生み出されたものです。
ブラームスがこの小品集のことを「苦悩の子守歌」と呼んだのはそのような経緯があります。
そして、彼はこの作品をきっかけとして、最晩年の己の心情をエッセイ風に表現したピアノの小品を生み出すようになります。

つの間奏曲 op.117




ブラームスはこの作品117の小品集のことも「子守歌」と呼んでいました。当然のことながら、その物言いは作品116の「苦悩の子守歌」に由来します。しかし、この子守歌からは苦悩よりは透明感に満ちた諦観が支配的です。とりわけ、ブラームスの晩年の小品の中では最も有名な第1曲のアンダンテ・モデラートは舞い落ちる秋の枯れ葉を思わせるような美しさに満ちています。

6つの小品 op.118




4つの小品 op.119





創作力の衰えはいよいよ深刻となり、彼は遺書までを準備させるに至ります。そんな中で書かれたのが二つの小品集であり、ブラームスはこれらの作品(作品118と119)を完成するたびに一曲ずつクララのもとに送り届けています。クララはこれらの作品の一つを取り上げて「灰色の真珠」と呼んだそうです。
その意味は、「曇っているが非常に貴重である」と言うことらしいのですが、果たして彼女の言葉の力点は「曇っている」と「貴重」のどちらにかかっていたのでしょうか。
老いの寂しさ、嘆き、みっともないほどの甘え、そんなあれこれが詰まった、おそらくは晩年のブラームスにしか書けなかったであろうピアノ音楽です。


泣き言


ブラームスを演奏すると吐き気がするといったピアニストがいました。この奔放なショパン演奏を得意とするピアニストの発言を目にしたとき、・・・いや、こういう持って回った言い方はやめましょう(^^;、サンソン・フランソワの発言を目にしたとき、いささかムッとしながら、『泣きながらパンを食べた事のある者でなければ、人生の味は分からない』などというゲーテの言葉が去来したりしました。
ああ、なるほど、あなたはショパンのような華やか演奏で自分を飾るのはお好きでも、ブラームスの渋い世界はアクセサリとしては相応しくないのね・・・等と毒づいてみたくなったのです。

しかし、そんな風に毒づいた後に少し落ち着いてみれば、ショパンもまた華麗なうわべとは裏腹に過酷な人生を送った音楽家であることが思い出されます。そして、その過酷な人生からは何度も泣きながらパンを食べたであろう姿が浮かび上がってきます。
そして、その事はフランソワもまた同じです。一見すれば好き勝手に奔放な人生を送ったように見えながら、その悲惨な晩年に思いをいたせば、彼の内面もまたいかに血だらけだったかは容易に推察できます。
それでも、フランソワはブラームスを拒否し続けました。

そして、ふと気づくのです。
ショパンもブラームスも充分すぎるほど人生の味はしみこんでいる、しかし、いかにして人生の味を表現するかという事をめぐって、この二人の間には根本的なスタイルの違いが存在する。

ブラームスという人は女々しい男です。こんな事を書くと意外だと思われるかもしれませんが、彼は泣き言をさらけ出すことを恥じませんでした。一見すれば「諦観」という枯れた装いをまとっているように見えながら、泣き言を生の形でさらけ出すことを怖れません。
しかし、ショパンという人は、ブラームスのように泣き言をさらけ出す事を潔しとしませんでした。彼はどんなに辛くても、無理に格好をつけてでも泣き言を一編の悲劇であるかのように仕立て上げます。そして、その格好つけによって数々の辛さをやり過ごそうとします。
つまりは、ショパンは人前で泣くことを恥じるのです。
そして、フランソワという人もまた、同じようにどこまでも格好をつける人でした。
そう思えば、彼がどこまでもブラームスを拒み続けた理由が少しは分かったような気がします。彼にとって、ブラームスの女々しさは許し難くもあり、恥ずかしすぎる存在だったのでしょう。

とは言え、ここで取り上げているのはフランソワではなくルービンシュタインです。
ルービンシュタインもまた、偉大なるショパン弾きです。
しかし、彼はフランソワとは違ってブラームスを拒みませんでした。もちろん録音の数は多くはありませんし、彼のメインのプログラムではありませんでした。しかし、それでもこの年よりの愚痴みたいなピアノ小品を実に見事に演奏しています。
愚痴と泣き言を「見事に」演奏しているというのはおかしな言い方なのですが、やはりそう言うしかないような演奏です。

例えば、アファナシェフによる小品集の録音が(1992年)あります。この録音を老いの繰り言を一掃して零度の虚空へ解き放つ演奏だと評した人がいました。しかし、私にはあのアファナシェフ独特の極度に遅いテンポで展開される音楽からは延々と繰り返される年寄りの愚痴そのものしか聞こえませんでした。ただし、だから駄目だとは思いません。聞き手も年をとれば、その延々と語られ続けるような繰り言は決して悪くはありません。
しかし、ルービンシュタインの演奏はこれの対極にあります。
ルービンシュタインの手にかかると、ブラームスの泣き言や繰り言が不思議なほどにすくっと背筋が伸びてきます。そして、その音楽を聴き続けるうちに、泣き言がまるで「異議申し立て」のような強さを帯びてきます。私がルービンシュタインの演奏を「見事」だと言ったのは、そう言う文脈においてです。

こういう演奏を聴かされると、今さらながら骨身にまでしみこんだルービンシュタインの泣きの深さと重みをあらためて感じずにはおれません。そして、その重みと深さを比べれば、フランソワやアファナシェフの「泣き」も未だ「観念」の域を出ていなかったのだと思わざるを得ません。
録音は1953年ですから、この時ルービンシュタインは66歳。戦争に翻弄され地獄の底までをものぞいてしまった男というものは、年を経ても穏やかな笑みの中に闘うスピリッツを決して失わないようです。
やはり、というべきか意外にもというべきかは悩みますが、ルービンシュタインというのはとてつもなく大きな存在であったのかもしれないと思わせられる録音です。

<収録作品>



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