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ワルター(Bruno Walter)|マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1961年1月14、21日&2月4、6日録音
Mahler:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」 「第1楽章」
Mahler:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」 「第2楽章」
Mahler:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」 「第3楽章」
Mahler:交響曲第1番 ニ長調 「巨人」 「第4楽章」
マーラーの青春の歌

偉大な作家というものはその処女作においてすべての要素が盛り込まれていると言います。作曲家に当てはめた場合、マーラーほどこの言葉がぴったり来る人はいないでしょう。
この第1番の交響曲には、いわゆるマーラー的な「要素」がすべて盛り込まれているといえます。ベートーベン以降の交響曲の系譜にこの作品を並べてみると、誰の作品とも似通っていません。
一時、ブルックナーとマーラーを並べて論じる傾向もありましたが、最近はそんな無謀なことをする人もいません。似通っているのは演奏時間の長さと編成の大きさぐらいで、後はすべて違っているというか、正反対と思えるほどに違っています。
基本的に淡彩の世界であるブルックナーに対してマーラーはどこまで行っても極彩色です。基本的なベクトルがシンプルさに向かっているブルックナーに対して、マーラーは複雑系そのものです。
その証拠に、ヴァントのように徹底的に作品を分析して一転の曖昧さも残さないような演奏スタイルはブルックナーには向いても、マーラー演奏には全く不向きです。ヴァントのマーラーというのは聞いたことがないですが(探せばあるのかもしれない?)、おそらく彼の生理には全く不向きな作品です。
逆に、いわゆるマーラー指揮者という人はブルックナーをあまり取り上げないようです。
たとえば、バーンスタインのブルックナーというのはあるのでしょうか?あったとしても、あまり聞きたいという気にはならないですね。(そういえば、彼のチャイコフスキー6番「悲愴」は、まるでマーラーのように響いていました。)
それから、テンシュテット、彼も骨の髄までのマーラー指揮者ですが、他のマーラー指揮者と違って、めずらしくたくさんのブルックナーの録音を残しています。しかし、スタジオ録音ではあまり感じないのですが、最近あちこちからリリースされるライブ録音を聞くと、ブルックナーなのにまるでマーラーみたいに響くので、やっぱりなぁ!と苦笑してしまいます。
希有な世界を楽しむのも、また楽しからずや
ワルター最晩年の録音となった一連のコロンビア響との録音は、いろいろと問題点が指摘されます。その最たるものが、臨時編成のオケであったことと、その編成がやや小さめだったことからくる響きの薄さです。
しかし、今回、この一連の録音を集中的に聞いてみて、それ以上に問題だと思ったのは、響きの薄さよりは響きの質でした。一言で言えば、ワルターが愛した低域をしっかりと響かせたピラミッドバランスの重厚な響きとは真逆とも言うべき、アッケラカンとした明るめの響きに違和感を感じる場面が多々ありました。とりわけ、金管群の脳天気と言っていいほどの乾いた響きは、場合によってはハリウッドの映画音楽を聴いているのではないかと言う錯覚に陥らせるほどの「威力」を持っていました。
さて、肝心のワルターはこの響きをどう思ったのでしょうか?
おそらく、違和感を感じたとは思うのですが、既に一度は引退を表明した指揮者にとって、オケの響きを一から作り直すというような骨の折れる仕事は願い下げにしたかったでしょう。いや、たとえその気があったとしても、ワルターにはそのための時間は残されていませんでした。
そこで、彼は響きの問題は棚上げにして、それよりは彼の愛した音楽たちをじっくりと歌い上げることに力を傾注したようです。
40年代から50年代前半の、現役バリバリだった頃の演奏と比べてみると、そのどれもが遅めのテンポで、一つ一つのメロディを実に念入りにじっくりと歌い上げていることが聴き取れます。
なるほど、パンクファッションとまでは言いませんが、アメリカ西海岸のカジュアルなファッションを身にまといながら、伝統的なヨーロッパのスタイルで歌っているというのは、実に興味深く面白みのある組み合わせだと言うこともできます。そして、そう言う録音を次々と(シューベルトのハ長調シンフォニー、モーツァルトの1番や9番、ブラームスの2番に3番などなど・・・)聞いているうちに、もしかしたら、ワルターはこのオケの響きを次第におもしろがって、好きに振る舞わして自分も楽しんでいたのではないかと思うようになってきました。
特に、シューベルトのハ長調シンフォニーで金管群が実に楽しげに吹き鳴らしているのを聞いていると、これは指揮者のワルターが面白がっていないと、いくら何でもここまで脳天気にはやれないだろうと思わせられました。
そう思うと、この一連の録音に、今までとは違うもう一つの顔が浮かび上がってくることに気づかされます。
もしかしたら、ワルターは、この新しい時代を感じさせる響きを作り出す若者たち(きっと、このオケのメンバーの多くは若者だと思います・・・何の根拠もありませんが^^;)に、次第に深い愛着を感じていったのかもしれません。そして、最後は自らの「遺言」とも言うべき音楽への「思い」をこの若者たちに託したのではないでしょうか。
確かに、名盤選びにしか興味のない人にとっては視野の外にある録音でしょう。もちろん、シューベルトのハ長調シンフォニーやマーラーの1番などは名盤の誉れは高いのですが、それでもワルターの最良の演奏家と言われればためらわざるを得ません。
やはり、ワルターの素晴らしさは大戦前のヨーロッパでの録音か50年代前半までのニューヨークフィルとの録音こそが最良のものでしょう。
それは間違いはありません。
しかし、ベストだけを求めていたのでは、より豊穣なる周辺の世界を見落としてしまいます。
このミスマッチとも思える「老人と若者(だと思うのですが・・・)の出会い」が、言葉をかえれば、「ワルターの伝統的な美意識とオケの現在的な感覚との絶妙なる融合」によって、実に希有な音楽が出来上がりました。
そう言う希有な世界を楽しむのも、また楽しからずや・・・です。
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よせられたコメント
2012-03-19:ヨシ様
- 私はこの演奏が大好きです。
確かに昨今の派手な演出や演奏技術はありません。
しかしワルターの歌があります。
心があります。そう思います。
2012-03-24:ジェネシス
- 初発時には決定盤と評価されていた演奏ですね。それどころか、マーラームーヴメントの黎明期には、地方によってはこれしか入手できなかったんじゃないですか。
当時のチープな圧着式のステレオ電蓄には、超デッドで音が魂になるトスカニーニやモヤ?っと拡がるフルトヴェングラーの擬似ステに較べると、正規のステレオ録音のワルターは大きなアドヴァンテージが有ったと思います。
その中でも「英雄」と並んでワルターの演奏としてはハードタイプとの評価でしたが、やはり私にはユルふんに聴こえて、ずっと後のセル&ロンドン響の「角笛」までレコード棚にマーラーは並ばなかったんですが。
ユング先生も書いておられるコロンビア響の当時の謎と批判ですが、今回の若者という着想にはとても興味が湧きます。但し、私は以前に一部伝えられた、初見で映画や歌伴を弾ける腕利き達が手遊びにクラシックを演る為にグレンデールに集ったという説が、真偽はともかく大好きです。
昔どなたかが書いておられましたが、現地で聴いたグレンデール響は、それはゴージャスだったそうです。
いずれにしても、80歳を過ぎたワルターのは若造達かもしれませんね。で、やはり私も今のマシになった装置で聴くと「ピリオドクソ喰らえ」と心中で叫んでいます
2012-03-31:田中あらいぐま
- ワルター最晩年のステレオ録音は、私がクラシックを聴き始めた頃にはバリバリの現役版でしたが、これもパブリックドメインになったのかと思うと、感慨深いものがあります。
さて、ワルターのマーラーの1番ですが、なぜかニューヨークフィルとの録音がアップされていません。
これも是非お願いしたく思います。
2012-10-02:ワルターの巨人
- いくつもこの曲のディスクは聴いたのですが、今はワルター、コロンビア響が好きです。無理のない、神経質にならない「1番」で、そもそも曲自身がこういう演奏を求めていると思います。「寄せ集めのレコーディング用のオーケストラ」などと言われることもあるようですが、ここではよくワルターの要求に応えているではありませんか。ダイナミックさもけっこうあり「ハッ」と驚く箇所もあったりして、まるで会場での臨場感みたいなものも感じます。
2012-11-17:ブルーノ
- マーラーの交響曲は、後期になるほど複雑で対位法的、無調的になり、厭世観もおびてきます。そんな代表として9番など一時好んで聴きました。しかし1番の魅力は不滅だと思います。明快で分かりやすく若さにあふれ、しかし空虚さや「うそ」がなくマーラーを代表する名曲だと思います。いつ聴いてもみずみずしい交響音楽に感動します。ワルターの演奏もそういった魅力を存分に表現しています。解釈も自然で無理がなく、歌心もあり、全体のバランスも優れています。金管など明るめの音色で曲調にぴったりで、打楽器もよく鳴っています。ワルター以後多数の録音がありますが、それらは変に主観的や効果ねらいに聴こえるものが多いです。ワルターの演奏は、この曲の基本の一線を引いた名演と言っていいと思います。
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