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ベートーベン:ピアノソナタ第7番 ニ長調  作品10の3

(P)アラウ 1958年10月6日&1959年10月15日録音



Beethoven:ピアノソナタ第7番 ニ長調  作品10の3 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第7番 ニ長調  作品10の3 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第7番 ニ長調  作品10の3 「第3楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第7番 ニ長調  作品10の3 「第4楽章」




新しいスタイルを模索するベートーベン

”3つのピアノソナタ”としてまとめて発表されていますが、一つ一つがユニークさをもっていて、意欲満々で新しい形式を模索するベートーベンの姿を感じ取ることができます。
 そして、この中で一番ユニークであり優れているのがピアノソナタ第7番の第2楽章です。
 ”ラルゴ・エ・メスト”と記されたこの楽章は、ベートーベン自身が「悲しんでいる人の心のありさまを、様々な光と影のニュアンスで描こうとした」ものだと語っています。”メスト(悲しみ)”と記されているように、ベートーベンの初期作品の中では際だった深刻さを表出している作品です。

 また、ラルゴというスタイルを独立した楽章に用いるのもこれが最後になるだけに意味深い作品だと言えます。

 それ以外にも、例えば第5番のソナタの第1楽章の構築感は紛れもない’ベートーベンそのもの’を感じ取ることができますし、緩徐楽章が省かれた第6番のソナタのユニークさも際だっています。
 初期のピアノソナタの傑作とも言うべき第8番「悲愴」の前に位置する作品で、見過ごされることの多い作品ですが、腰をすえてじっくりと聞いてみるとなかなかに魅力的な姿をしています。

いささか印象が希薄なソナタの録音です


若い頃のアラウにとっては、ベートーベンのピアノソナタは彼の中心をなすレパートリーではなかったようです。おそらく、それらを己のレパートリーの中心に据え始めたのは齢八十に達せんとする最晩年の頃だったようです。ですから、彼の最晩年の協奏曲の演奏を「遅めのテンポで何だか彫りの浅い平べったい音楽」などと悪口を言ったにも関わらず、ソナタに関してはフィリップスで録音した最晩年のものをとるのが相応しいのかもしれません。
もちろん、だからといって、そのソナタの録音がコンチェルトとは一変して指も回ってバシッと気合いが入っているというわけではありません。遅めのテンポで、よく言えば「叙情的」に美しく歌う音楽に仕上がっている、悪く言えば淡々とした平板な演奏と言えます。しかし、そのことがソナタの場合にはそれほど大きな不満には感じられないと言うことです。
コンチェルトは基本的にはエンターテイメントの世界ですから技術的な衰えは致命的です。しかし、ソナタは独白の世界ですから、指が回ると言うことは絶対条件ではないように思います。いや、それどころか、雄弁な独白というのは時には嫌らしくさえもあります。逆に、ポツリ、ポツリとした朴訥な語りを通して、いつの間にか語り手の世界に引き込まれると言うことはよくある話です。

ただし、技術的な衰えは否定できませんから、そう言うことが気になって仕方がないという人にとっては我慢のならないかもしれません。

それと比べると、この50年代の後半から60年代の初め頃に録音された一連のソナタ作品の録音は、テクニック的には万全です。ただし、録音のクオリティに原因があるのかと思うのですが、音のセパレートがいささか悪くて、よく言えば響きが重厚、悪く言えば鈍重なのが残念です。
ただし、この一連のソナタを聴いて、私はあまり感心しませんでした。人によっては、この録音を「一切の虚飾を廃した真摯な演奏」と褒める人もいますし、そのことを否定する気はありません。しかし、ベートーベンのその人の独白を聞くような思いにさせられる最晩年の録音と比べると、この壮年期の録音は聞き終わったあとの印象が驚くほど希薄なのです。

ですから、今、私はとても困っているのです。

聞き終わったあとにそれなりの印象が残れば、それを言葉に変換することは可能なのですが、それがあまりにも希薄だと途方に暮れてしまいます。もちろん「玩味熟読」すればその良さが分かるという言葉もありますから、きっと私の修行が未だ足りていないのでしょう。
しかし、そう言う「謙虚」な気持ちの片隅に、「なんかベートーベンのソナタっていまいちピントこないなぁ・・・、とはいえプログラムに入れないわけにもいかないから、まあ有名どころだけでも録音しておくか・・・」みたいな気持ちがアラウ自身にあったのではないかという「不遜」な気持ちも燻ってはおります。
ただし、このような思いは晩年のソナタを聴いたからであって、これがアパショナータやワルトシュタインのような作品だったらまた変わってくるかもしれません。

<追記>
「録音のクオリティに原因があるのかと思うのですが、音のセパレートがいささか悪くて、よく言えば響きが重厚、悪く言えば鈍重なのが残念です。」などと書きましたが、これはアンプが壊れかけの頃に聞いたのが原因だったようです。完全に壊れてしまって、新しいアンプを入れ替えたあとに聞いた感じでは、文句をつけるほどには録音は悪くないようです。
ただし、高域方向の抜けが今ひとつでいささかつまり気味の感は残りますが、まあ時代相当のクオリティと言うところでしょう。

しかし、そう言う面が多少は改善されたので、演奏に関する感想も変わったのかと言うと、そちらに関しては残念ながら大きな変化はありませんでした。指はよく回っているのは以前よりはよく感じ取れたのですが、それでもなお聞き終わったあとに残るものは希薄です。
やはり、アラウのソナタに関しては晩年の録音を聞くべきなのでしょう。


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