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ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55

カイルベルト指揮 ハンブルク・フィルハーモニ管弦楽団 1956年録音



Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 「第1楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 「第2楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 「第3楽章」

Beethoven:交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 「第4楽章」




音楽史における最大の奇跡

今日のコンサートプログラムにおいて「交響曲」というジャンルはそのもっとも重要なポジションを占めています。しかし、この音楽形式が誕生のはじめからそのような地位を占めていたわけではありません。
 浅学にして、その歴史を詳細につづる力はありませんが、ハイドンがその様式を確立し、モーツァルトがそれを受け継ぎ、ベートーベンが完成させたといって大きな間違いはないでしょう。

 特に重要なのが、この「エロイカ」と呼ばれるベートーベンの第3交響曲です。
 ハイリゲンシュタットの遺書とセットになって語られることが多い作品です。人生における危機的状況をくぐり抜けた一人の男が、そこで味わった人生の重みをすべて投げ込んだ音楽となっています。

 ハイドンからモーツァルト、そしてベートーベンの1,2番の交響曲を概観してみると、そこには着実な連続性をみることができます。たとえば、ベートーベンの第1交響曲を聞けば、それは疑いもなくモーツァルトのジュピターの後継者であることを誰もが納得できます。
 そして第2交響曲は1番をさらに発展させた立派な交響曲であることに異論はないでしょう。

 ところが、このエロイカが第2交響曲を継承させ発展させたものかと問われれば躊躇せざるを得ません。それほどまでに、この二つの間には大きな溝が横たわっています。

 エロイカにおいては、形式や様式というものは二次的な意味しか与えられていません。優先されているのは、そこで表現されるべき「人間的真実」であり、その目的のためにはいかなる表現方法も辞さないという確固たる姿勢が貫かれています。
 たとえば、第2楽章の中間部で鳴り響くトランペットの音は、当時の聴衆には何かの間違いとしか思えなかったようです。第1、第2というすばらしい「傑作」を書き上げたベートーベンが、どうして急にこんな「へんてこりんな音楽」を書いたのかと訝ったという話も伝わっています。

 それほどまでに、この作品は時代の常識を突き抜けていました。
 しかし、この飛躍によってこそ、交響曲がクラシック音楽における最も重要な音楽形式の一つとなりました。いや、それどことろか、クラシック音楽という芸術そのものを新しい時代へと飛躍させました。
 事物というものは着実な積み重ねと前進だけで壁を突破するのではなく、時にこのような劇的な飛躍によって新しい局面が切り開かれるものだという事を改めて確認させてくれます。

 その事を思えば、エロイカこそが交響曲というジャンルにおける最高の作品であり、それどころか、クラシック音楽という芸術分野における最高の作品であることをユング君は確信しています。それも、「One of the Best」ではなく、「The Best」であると確信しているユング君です。

オケの響きが自然素材の風合い


この演奏もカイルベルトの職人技が遺憾なく発揮された演奏なのですが、聞いていて一番印象に残ったのが何とも言えずまろやかで伸びやかなホルンの響きです。
こういう響きはなかなか聞けないですね。
もちろん、オケ全体の響きが何とも言えない「自然素材の風合い」を感じさせてくれます。

こういう響きを聞かされると、今と昔ではオケの鳴らし方が根本的に変わったことを教えられます。

カイルベルトのやり方は、おそらくは主たる旋律のラインをくっきりと描き出した上で、その他の声部のバランスを取るというやり方をしているのでしょう。基本はメロディラインが優先です。
私が一番印象に残ったホルンの伸びやかな響きは、そう言うやり方の「功徳」でしょう。

それに対して、昨今のオケと指揮者は各声部のバランスを完璧に取った上で均等に鳴らすという神業のようなことを平然とやってのけます。結果として、オケの響きは「自然素材の風合い」ではなくて、「クリスタルな透明感」が支配的となります。
そして、そう言う響きはこの上もなく美しく、蠱惑的です。
しかし、人間というものは贅沢なもので、そう言う「極上の響き」ばかり聞いていると、その「美しさ」にどこか「人工的」な匂いが感じられてきて、倦んでしまっている自分に気づかされるときがあります。
そんな時に、カイルベルトとドイツの田舎オケと言う組み合わせでこういう響きを聞かせてくれると、何とも言えずココロが和みます。

おそらく、今となってはこういう風にオケを鳴らす指揮者はいないでしょうし、それを受け入れるオケもいないだろうと思います。きっと馬鹿にされるからでしょうね。
でも、朝比奈と大フィルってこんな雰囲気の鳴らし方をしていたような記憶があります。私がせっせと大フィルの定期に通っていたのは80年代なのですが、その頃は御大も元気はつらつで、ブルックナー以外は何を振っても浪花節みたいに響いたものです。そして、当時は秋山和慶氏もよく指揮台に立っていたのですが、同じオケとは信じがたいほどに端正な響きがしたものです。
今から考えると、二人の間にはオケをどのように鳴らすのかという根本で大きな違いがあったのでしょうね。カイルベルトの録音をまとめて聞いてるうちに、そんな愚にもつかない昔のことを思い出してしまいました。

ただし、主旋律優先と言っても全体の構造はしっかりとしています。
そして、前回アップしたブルックナーでは、作品そのものが煉瓦を積み重ねたような構造をしているので演奏そのものもゴツゴツしたものになったのですが、エロイカだとそこまで無骨にはなりません。でも、この「物わかりの良さ」がいささかもの足りず、出来れば、あのブル9のようなごっついエロイカを聞かせてほしかったなとも思います。
ただし、そのあたりがカイルベルトという人の限界だったのかもしれません。
彼はあくまでも職人であり、職人の良心は作品に沿うことであり、そこに己の強烈な個性を刻み込むというのは戒めるべき事だったのでしょう。
もちろん、「早すぎる死」がなければ、この「謙虚」さを振り切っていたのかもしれませんが、歴史に「if」は無いだけに、詮無きことです。

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