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バックハウス(Wilhelm Backhaus)|ベートーベン:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」
ベートーベン:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」
(P)バックハウス 1952年4月録音
Beethoven:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」「第1楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」「第2楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」「第3楽章」
Beethoven:ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」「第4楽章」
後期の頂点へと駆け上がっていく作品

後にも先にも、これほども巨大なソナタを書くことはありませんでした。その意味では、ピアノソナタの最高傑作と言うよりは「異形の作品」というイメージの方が強いようです。
特に、作品57の熱情ソナタ以降は、どちらかと言えばこぢんまりとしたソナタを書いてきただけに、突然に表れたこの作品の異形ぶりは際だちます。
そして驚くべきは、この作品は生活面において大変な困難を抱えている時期に作曲されたと言うことです。
当時のベートーベンは、思うように作曲の筆が進まずに売るべき新作もなく、またナポレオン戦争とその後の混乱の中でパトロンからの支援も途絶えていました。
そのために、新作ができるたびにあちこちにそれを売り込んでいます。
この異形のソナタもそのようにして売り込まれた一つでした。
ベートーベンは手紙の中で次のように述べています。
「もし、このソナタがロンドンに向かないとしたら、別のをお送り出来るとよいのですが、或いは終楽章でラルゴは外して、フーガのところから直ぐ始めてもよろしい。
または、第一楽章、次がアダジオ、その後に第三楽章としてスケルツォ、そして第四楽章のラルゴとアレグロ・リゾルート(フーガ)を含めて全体的にカットしてしまう、というのでも良いのです。それとも、まず第一楽章で、その次にスケルツォが来る、というだけで良い。2楽章で全ソナタを形付けるのです。
このソナタは押しつめられた状況下で書かれました。」
ベートーベンは生活のためにこの偉大なソナタの切り売りさえ辞さなかったのです。
しかし、このソナタを生み出すことによって彼は一つの壁をうち破ったことは事実です。そして、堰を切ったように後期の傑作群をこれに続くように生み出されていきます。
まさに、後期の頂点へと駆け上がっていくきっかけとなった作品であることは間違いありません。
ようやくバックハウスの作品をアップすることが出来ました。
冒頭の有名なパッセージはあっけないほどの素っ気なさで始められます。そのあっけなさは「大家バックハウス」と身構えて聞くものに肩すかしを食わせるのに十分なほどのあっけなさです。
ほとんどのピアニストは、ここで一発かまして「どうだ!」と見得を切りたがりますが、バックハウスという人はそういう「こと」が大嫌いな人だったようです。
とにかく「うけ」を狙ったり、大仰に泣いたり嘆いたりすることを、ほとんど「本能」といっていいほどに拒絶したピアニストでした。ですから、パッと聞いただけでは面白みのない演奏に思えてしまって、プレーヤーの停止ボタンを押してしまいそうになるのですが、そこを少しばかり我慢して聞き続けていると、次第次第に熱いものがこみあげてくるのです。
この演奏でも聞き所は第3楽章からでしょう。
ここでも実に慎ましく歌い上げていきます。大仰な身振りも嘆きもありませんが、その端正な語り口はいっさいの飾り立てたところがないが故に、この音楽に込められた深い情緒が聞くものの胸により深く迫ってきます。そして、何よりも素晴らしいのはこの長大なアダージョ楽章を強い緊張感を維持して弾ききっていることです。
そして圧巻は最終楽章のフーガです。まさにホロヴィッツにだって引けを取らないすさまじいテクニックなのですが、そのテクニックは作品の再現のみに奉仕しています。
バックハウスはステレオ録音による新全集で、この29番ソナタだけはとりなおしをすることなくこの世を去りました。それは、再録音の予定がありながらも彼の寿命がそれを許さなかっただけかもしれないのですが、このモノラルによる録音を聞いてみると、いかにバックハウスといえどもこれ以上の録音が残せたかどうかは疑問です。
ステレオ録音が残されなかったのは確かに残念ではありますが、これが残されただけでも十分だという思いも否定し切れません。
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