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ベートーベン:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」

ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨークフィル&ウェストミンスター合唱団 1949年4月16日録音



Beethoven:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」 「第1楽章」

Beethoven:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」 「第2楽章」

Beethoven:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」 「第3楽章」

Beethoven:交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」 「第4楽章」


何かと問題の多い作品です。

ベートーベンの第9と言えば、世間的にはベートーベンの最高傑作とされ、同時にクラシック音楽の最高峰と目されています。そのために、日頃はあまりクラシック音楽には興味のないような方でも、年の暮れになると合唱団に参加している友人から誘われたりして、コンサートなどに出かけたりします。

しかし、その実態はベートーベンの最高傑作からはほど遠い作品であるどころか、9曲ある交響曲の中でも一番問題の多い作品なのです。さらに悪いことに、その問題点はこの作品の「命」とも言うべき第4楽章に集中しています。
そして、その様な問題を生み出して原因は、この作品の創作過程にあります。

この第9番の交響曲はイギリスのフィルハーモニア協会からの依頼を受けて創作されました。しかし、作品の構想はそれよりも前から暖められていたことが残されたスケッチ帳などから明らかになっています。
当初、ベートーベンは二つの交響曲を予定していました。
一つは、純器楽による今までの延長線上に位置する作品であり、もう一つは合唱を加えるというまったく斬新なアイデアに基づく作品でした。後者はベート−ベンの中では「ドイツ交響曲」と命名されており、シラーの「歓喜によせる」に基づいたドイツの民族意識を高揚させるような作品として計画されていました。
ところが、何があったのかは不明ですが、ベートーベンはまったく異なる構想のもとにスケッチをすすめていた二つの作品を、何故か突然に、一つの作品としてドッキングさせてフィルハーモニア協会に提出したのです。
そして出来上がった作品が「第九」です

交響曲のような作品形式においては、論理的な一貫性は必要不可欠の要素であり、異質なものを接ぎ木のようにくっつけたのでは座り心地の悪さが生まれるのは当然です。もちろん、そんなことはベートーベン自身が百も承知のことなのですが、何故かその様な座り心地の悪さを無視してでも、強引に一つの作品にしてしまったのです。

年末の第九のコンサートに行くと、友人に誘われてきたような人たちは音楽は始めると眠り込んでしまう光景をよく目にします。そして、いよいよ本番の(?)第4楽章が始まるとムクリと起きあがってきます。
でも、それは決して不自然なことではないのかもしれません。
ある意味で接ぎ木のようなこの作品においては、前半の三楽章を眠り込んでいたとしても、最終楽章を鑑賞するにはそれほどの不自由さも不自然さもないからです。
極端な話前半の三楽章はカットして、一種のカンタータのように独立した作品として第四楽章だけ演奏してもそれほどの不自然さは感じません。そして、「逆もまた真」であって、第3楽章まで演奏してコンサートを終了したとしても、〜聴衆からは大ブーイングでしょうが・・・〜これもまた、音楽的にはそれほど不自然さを感じません。

ですから、一時ユング君はこのようなコンサートを想像したことがあります。
それは、第3楽章と第4楽章の間に休憩を入れるのです。

前半に興味のない人は、それまではロビーでゆっくりとくつろいでから休憩時間に入場すればいいし、合唱を聴きたくない人は家路を急げばいいし、とにかくベートーベンに敬意を表して全曲を聴こうという人は通して聞けばいいと言うわけです。
これが決して暴論とは言いきれないところに(言い切れるという人もいるでしょうが・・・^^;)、この作品の持つ問題点が浮き彫りになっています。


あまり評判の良くないワルターの第9ですが・・・

最晩年のコロンビア響との第9はいたって評判が悪いです。それで、ワルターは頭文字がMの作曲家とは相性がいいが、どうもベートーベンはイマイチだという評判が一般化しています。トスカニーニもワルターの指揮は歌いすぎると批判していたそうです。確かに「歌う」ことがプラスにはたらくような6番「田園」なんかだと実に上手くいくのですが、構築性が大切な5番や7番なんかだ確かに上手くないようです。
しかし、戦後すぐにニューヨークフィルを中心に活躍していたときは意外なほどに剛直な一面を見せていたことも事実で、その頃にきちんとしたセッションを組んで録音した一連のベートーベン録音は決して悪くありません。それに、音質に関してはこの時代のものとしては極上の部類に属するでしょう。

さて、この第9の演奏ですが、疑いもなく最晩年のコロンビア響との録音よりは聴き応えがあります。最初の2楽章は実に丁寧な演奏げですっきりとした仕上げになっています。そして、続く第3楽章はワルターがもっとも得意とする類の音楽ですから、その予想に違わずいい仕事をしています。実にデリケートで上品な歌が聞こえてきます。
そして、おそらく問題は最終楽章でしょう。ここはどの指揮者も力を入れるところですし、セッションを組んでの録音ならソリストも合唱も気合いが入るところだと思うのですが、どうもこのソリストと合唱がヘボイのです。もっとも録音の問題もあるので断定はできませんが、やや食い足りなさは残るでしょう。
とは言え、トータルとして聞いてみれば現役バリバリで活躍していた頃のワルターの第9として、一度は耳にしておいて損はない内容といえます。

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