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モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 1945年6月22日&1946年3月11日録音



Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [1.Allegro vivace]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [2.Andante cantabile]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [4.Finale (Molto allegro)]


これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。


正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ

トスカニーニはモーツァルトに関してはあまり積極的ではなかったようです。オペラに関しても「魔笛」をのぞけばほとんど取り上げていないはずです。
あるインタビューで「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と述べていましたが、そのあとに「でもト短調、これは偉大なる悲劇だよ、それと、コンチェルトは別だよ。」という言葉を付け加えていました。

つまりは、彼がモーツァルトの音楽を全く評価していなかったわけではないのですが、その評価はかなり微妙なものだったようです。
インタビューの言葉を考えれば、トスカニーニにとってモーツァルトはそれほど積極的にあれこれと取り上げたくなる作曲家ではなかったようです。

とはいえ、例えば、ここで紹介している後期の三大交響曲のような作品ならば、どこかで取り上げる必要はあったでしょうし、何よりも多くの聴衆はトスカニーニの棒でそれらの作品を聞きたいと思ったことでしょう。

幸いにして、録音年代は古いのですが、音質は決して悪くはありません。一番古い40番にしても、貧しい音を我慢して聞き通すというような苦労とは全く無縁です。それよりは、46年録音の「ジュピター」の方がやや響きがやせ気味かもしれませんが、巨大な構築物を見上げるような最終楽章の壮麗さは十分に味わうことが出来ます。

今さらいうまでもないことですが、ワルター的なモーツァルトをここで求めればその期待は大きく裏切られます。
ここにあるのは、あのマルケヴィッチが50年代に録音したようなシャープで鋭利なモーツァルト像に、さらなる凄みと勢いを持たせたような音楽です。とりわけ、48年に録音された39番の交響曲はおそらく「限界」をこえているでしょう。

フレーズは短めに切り上げてともすれば前のめりになりがちなのがトスカニーニの特長なのですが、第3楽章からの突き進み方は聞いていて思わず仰け反ってしまいます。しかし、それでもメヌエット楽章のトリオは十分にモーツァルト的な美しさを失っていないのが不思議です。
それから、この交響曲の最終楽章はどの演奏を聞いても「あれ、ここで終わり?」みたいな消化不良の思いが残ってしまうのですが、このスピードで突き進んだ上でのこの終わり方ならば「ああ、これで終わりね!」と納得してしまいます。
まさか、そこまで計算に入れてこのテンポを設定したのではないではないでしょうが、異形は異形なりに筋が通っています。

それに対して、ト短調シンフォニーとジュピターはある意味ではハイドン的な純音楽的な構築を聞き取ることが出来ます。しかし、フレーズをそれほど短く切り上げてもいないし前のめりにもなっていないので、そこに立ちあらわれるのはモーツァルト的なるものの「結晶体」です。
おそらく、モーツァルトのエッセンスを抽出して、ここまで見事な結晶体に仕上げることが出来た指揮者はそれほどいないでしょう。
とりわけ、ト短調シンフォニーに関しては「偉大なる悲劇だよ」と彼が語ったように、この上もなく透明感を持った「悲劇の結晶体」になっています。ただし、その結晶はそれほど尖ってはいないようです。これは、トスカニーニとしては珍しいことかもしれませんし、ジュピターに関しても同じような傾向があります。

と言うことで、39番はさすがに「異形」と言うしかないのですが、残りのト短調とハ長調はトスカニーニ・マニア御用達だけの音楽にはなっていません。
「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と言いながらも、取り組んだ以上はそれなりのクオリティの音楽に仕上げてしまうのがトスカニーニの凄いところなのでしょう。

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