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Home|トスカニーニ(Arturo Toscanini)|モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K. 543

モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K. 543

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団 1948年3月6日録音



Mozart:Symphony No.39 in E flat major, K.543 [1.Adagio - Allegro]

Mozart:Symphony No.39 in E flat major, K.543 [2.Andante con moto]

Mozart:Symphony No.39 in E flat major, K.543 [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]

Mozart:Symphony No.39 in E flat major, K.543 [4.Finale (Allegro)]


「後期三大交響曲」という言い方をされます。

それらは僅か2ヶ月ほどの間に生み出されたのですから、そう言う言い方で一括りにすることに大きな間違いはありません。しかし、この変ホ長調(K.543)の交響曲は他の2曲と較べると非常に影の薄い存在となっています。もちろん、その事を持ってこの交響曲の価値が低いというわけではなくて、逆にト短調(K.550)とハ長調(K.551)への言及が飛び抜けて大きいことの裏返しとして、その様に見えてしまうのです。

しかし、落ち着いて考えてみると、この変ホ長調の交響曲と他の二つの交響曲との間にそれほどの差が存在するのでしょうか?
確かにこの交響曲にはト短調シンフォニーの憂愁はありませんし、ハ長調シンフォニーの輝かしさもありません。
ニール・ザスローも指摘しているように、こ変ホ長調というフラット付きの調性では弦楽器はややくすんだ響きをつくり出してしまいます。さらに、ザスローはこの交響曲がオーボエを欠いているがゆえに、他とは違う音色を持たざるを得ないことも指摘しています。

つまりは、どこか己を強くアピールできる「取り柄」みたいなものが希薄なのです。

しかし、誰が言い出したのかは分かりませんが、この交響曲には「白鳥の歌」という言い方がされることがありました。しかし、それも最近ではあまり耳にしなくなりました。

「白鳥の歌」というのは、「白鳥は死ぬ前に最後に一声美しく鳴く」という言い伝えから、作曲家の最後の作品をさす言葉として使われました。さらには、もう少し拡大解釈されて、作曲家の最後に相応しい作品を白鳥の歌と呼ぶようになりました。
当然の事ながら、この変ホ長調の交響曲はモーツァルトにとっての最後の作品ではありませんし、「作曲家の最後に相応しい作品」なのかと聞かれれば首をかしげざるを得ません。
今から見れば随分と無責任で的はずれな物言いでした。

ならば、やはりこの作品は他の2曲と較べると特徴の乏しい音楽と言わざるを得ないのでしょうか。
しかし、実際に聞いてみれば、他の2曲にはない魅力がこの交響曲にあることも事実です。
しかし、それを頑張って言葉で説明することは「モーツァルトの美しさ」を説明することにしか過ぎず、結果として「美しいモーツァルト」を見逃してしまうことに繋がります。

ただ、そうは思いつつ敢えて述べればこんな感じになるのでしょうか。

まずは、第1楽章冒頭のアダージョはフランス風の序曲であり、その半音階的技法で彩られた音楽の特徴がこの交響曲全体を特徴づけています。そして、この序曲が次第に本体のアレグロへの期待感を抱かせるように進行しながら、その肝心のアレグロが意外なほどに控えめに登場します。そして、ワンクッションおいてから期待通りの激しさへと駆け上っていくのですが、このあたりの音楽の運び方は実に面白いです。

続く第2楽章は冒頭のどこか田園的な旋律とそこに吹きすさぶ激しい風を思わせるような旋律の二つだけで出来上がっています。この少ないパーツだけで充実した音楽を作りあげてしまうモーツァルトの腕の冴えは見事なものです。


正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ

トスカニーニはモーツァルトに関してはあまり積極的ではなかったようです。オペラに関しても「魔笛」をのぞけばほとんど取り上げていないはずです。
あるインタビューで「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と述べていましたが、そのあとに「でもト短調、これは偉大なる悲劇だよ、それと、コンチェルトは別だよ。」という言葉を付け加えていました。

つまりは、彼がモーツァルトの音楽を全く評価していなかったわけではないのですが、その評価はかなり微妙なものだったようです。
インタビューの言葉を考えれば、トスカニーニにとってモーツァルトはそれほど積極的にあれこれと取り上げたくなる作曲家ではなかったようです。

とはいえ、例えば、ここで紹介している後期の三大交響曲のような作品ならば、どこかで取り上げる必要はあったでしょうし、何よりも多くの聴衆はトスカニーニの棒でそれらの作品を聞きたいと思ったことでしょう。

幸いにして、録音年代は古いのですが、音質は決して悪くはありません。一番古い40番にしても、貧しい音を我慢して聞き通すというような苦労とは全く無縁です。それよりは、46年録音の「ジュピター」の方がやや響きがやせ気味かもしれませんが、巨大な構築物を見上げるような最終楽章の壮麗さは十分に味わうことが出来ます。

今さらいうまでもないことですが、ワルター的なモーツァルトをここで求めればその期待は大きく裏切られます。
ここにあるのは、あのマルケヴィッチが50年代に録音したようなシャープで鋭利なモーツァルト像に、さらなる凄みと勢いを持たせたような音楽です。とりわけ、48年に録音された39番の交響曲はおそらく「限界」をこえているでしょう。

フレーズは短めに切り上げてともすれば前のめりになりがちなのがトスカニーニの特長なのですが、第3楽章からの突き進み方は聞いていて思わず仰け反ってしまいます。しかし、それでもメヌエット楽章のトリオは十分にモーツァルト的な美しさを失っていないのが不思議です。
それから、この交響曲の最終楽章はどの演奏を聞いても「あれ、ここで終わり?」みたいな消化不良の思いが残ってしまうのですが、このスピードで突き進んだ上でのこの終わり方ならば「ああ、これで終わりね!」と納得してしまいます。
まさか、そこまで計算に入れてこのテンポを設定したのではないではないでしょうが、異形は異形なりに筋が通っています。

それに対して、ト短調シンフォニーとジュピターはある意味ではハイドン的な純音楽的な構築を聞き取ることが出来ます。しかし、フレーズをそれほど短く切り上げてもいないし前のめりにもなっていないので、そこに立ちあらわれるのはモーツァルト的なるものの「結晶体」です。
おそらく、モーツァルトのエッセンスを抽出して、ここまで見事な結晶体に仕上げることが出来た指揮者はそれほどいないでしょう。
とりわけ、ト短調シンフォニーに関しては「偉大なる悲劇だよ」と彼が語ったように、この上もなく透明感を持った「悲劇の結晶体」になっています。ただし、その結晶はそれほど尖ってはいないようです。これは、トスカニーニとしては珍しいことかもしれませんし、ジュピターに関しても同じような傾向があります。

と言うことで、39番はさすがに「異形」と言うしかないのですが、残りのト短調とハ長調はトスカニーニ・マニア御用達だけの音楽にはなっていません。
「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と言いながらも、取り組んだ以上はそれなりのクオリティの音楽に仕上げてしまうのがトスカニーニの凄いところなのでしょう。

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