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マルケヴィッチ(Igor Markevitch)|ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」 - 組曲第2番
ファリャ:バレエ音楽「三角帽子」 - 組曲第2番
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:フィルハーモニア管弦楽団 1952年5月15日録音(ディアギレフへのオマージュ)
Manuel De Falla:Three Cornered Hat [1.The Neighbours Dance]
Manuel De Falla:Three Cornered Hat [2.Miller's Dance]
Manuel De Falla:Three Cornered Hat [3.Final Dance]
庶民の「願い」が結晶した「昔話」

フランス音楽は苦手とよく書いているのですが「そう言えばスペインの作曲家の作品もほとんど取り上げていませんね」というメールをいただきました。あれっ、そうだったかな?と言う感じだったのですが、調べてみると確かににほぼ皆無です。まあ、スカルラッティをイタリア出身であっても活動の中心はスペインだったので、スペインの作曲家だと言い張ることも出来るでしょうが(^^;、やはり無理は否めません。
ロドリーゴやモンポウは著作権が切れていないので仕方がないのですが、このファリャの作品を一つも取り上げていないというのはやはりイカンですね・・・。そのあたりのことは全く意識の中になかったので、少しはスペインの音楽も追加していきたいと思います。
と言うことで、この「ディアギレフへのオマージュ」の中に幸いにしてファリャの作品が一つ含まれていたのは幸いでした。
ディアギレフは当初は「スペインの庭の夜」をバレエ化したいと考えていたようなのですが、ファリャの方は乗り気にならず、結果的に、アラルコンの小説「三角帽子」を元にした「お代官様と粉屋の女房」というパントマイム劇用の音楽を完成させ、その作品は1917年にマドリードで初演されました。そして、後にファリャはこの作品をもとにして、バレエ「三角帽子」へと発展させ1919年にロンドンで初演され、彼の名をを世界的知らしめることになります。
その改訂時に「序奏」や「粉屋の踊り」等が追加され、ベートーヴェンのパロディー等はカットされたようです。
お話の筋はどの地方や民族にもよくあるもので、権力を持ったものが真面目に働いている夫婦の女房に横恋慕して取り上げようとするのですが、最後は散々な目にあわされてめでたしめでたしで終わるものです。日本でも「絵姿女房」などはこれと同じパターンのお話です。
しかし、こういう「昔話」というのは庶民の「願い」が結晶したものですから、権力者が他人の女房を横取りするなどと言うことに日常茶飯事だったのでしょう。ですから、そう言う理不尽な出来事に対して、せめて「お話」の中だけでも仕返しをし、願いを叶えてみたかったのでしょう。
マルケヴィッチはこのアルバムでは、全2幕の「三角帽子」から「粉屋の踊り」「隣人の踊り」「最後の踊り」の3曲を抜き出しています。
「粉屋の踊り」は女房が代官に官能的な踊り「ファンダンゴ」(粉屋の女房の踊り)を踊る場面です。ちなみに、このバレエが「三角帽子」というタイトルなのは、この好色な代官がかぶっている帽子が三角帽子だからです。
続く「隣人の踊り」は近所の人々が祭の踊り「セギディリア」を踊っているシーンです。そして「最後の踊り」は代官が粉屋の衣服を着て外に出て行くシーンであり、警官と近所の人に袋叩きにあって逃げていって幕はおります。
なお、ファリャは1936年から始まったスペイン内乱で友人がフランコ政権に銃殺されたことに怒り、1939年にアルゼンチンに亡命しました。
そして、このスペインを代表する偉大な作曲家に対してフランコ政権はたびたび帰国要請を行ったのですが、彼は終生その要求を拒否し続け、1946年にアルゼンチンのコルドバで亡くなりました。その後、どのような経緯があったのかは分かりませんが、その遺体はフランコ政権によってスペインに引き取られ、盛大な国葬の上でカディス大聖堂の地下礼拝堂へ埋葬されました。
おそらく、ファリャ自身は喜ばなかったことでしょう。
ディアギレフへのオマージュ
マルケヴィッチを見いだしたのは世界的な興行師だったディアギレフでした。二人の出会いは1928年の事で、その年の夏にたまたまディアギレフの秘書がマルケヴィッチの母と知合いになり、彼女の息子が若い頃のレオニード・マシーン(ロシア・バレエ団中期のダンサー兼振付師)とそっくりなことに驚いたのがきっかけでした。
それを聞いたディアギレフはパリでこの少年と出会い、その音楽的天分にすっかり惚れ込んでしまい、さらには「同性愛者」でもあったディアギレフはマルケヴィッチその人にも惚れ込んでしまうのです。
マルケヴィッチ自身は「同性愛者」ではなかったようですが、後に「彼は私に世界全体をくれようとした。彼の寛大さは限度を知らなかった。ディアギレフは倒錯者ではなかった。むしろ感情を重んじる人物だった。たしかに彼の愛情には肉欲的な側面があったけれども、たぶんそれは彼にとって必要悪だったのだろう。」と言っているように、父性愛的な感情を持ってディアギレフと接していたようです。
そして、マルケヴィッチは彼の支援を得て作曲家として才能を伸ばし、その後は指揮者として世界的な名声を獲得していく礎を築いてくれたのでした。
ですから、1954年にディアギレフの没後25年を記念して「ディアギレフへのオマージュ」というアルバムをEMIが制作しようとしたときに、指揮者としてマルケヴィッチが起用されたのは当然のことでした。
このアルバムの制作を提案したのは、当時米EMI社長だったダリオ・ソリアの夫人ドール・ソリアでした。そのためかEMIとしても思いっきり気合いを入れて、異例ともいえるほどの豪華なアルバムに仕上げています。
なにしろそのアルバムのライナーノートは36ページに及ぶ豪華冊子であり、指揮者マルケヴィッチだけでなく、ロシア・バレエ団の舞台写真や衣裳デザイン画、関係者のポートレート等が多数掲載されていました。
このアルバムに収録された作品は以下の通りであり、演奏は全てマルケヴィッチ指揮によるフィルハーモニア管でした。
- サティ:「パラード」
- ウェーバー:「舞踏への勧誘(ベルリオーズ編、バレエとしては「薔薇の精」というタイトル)」
- ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
- ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
- チャイコフスキー:「白鳥の湖」組曲
- ショパン:「レ・シルフィード」よりマズルカ(ダグラス編)
- スカルラッティ:「上機嫌な貴婦人(トマシーニ編)」
- ファリャ:「三角帽子」より「粉屋の踊り「隣人の踊り」「最後の踊り」
- プロコフィエフ:「鋼鉄の歩み」
- リャードフ:「キキモラ」
- ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」より3つの踊り
そして、おそらくこの時代こそがフィルハーモニア管の全盛期だったでしょう。それは、1952年にフルトヴェングラーが録音した「トリスタンとイゾルデ」を聞けば誰もが納得することでしょう。
録音という行為にどうしても信頼感がもてなかったフルトヴェングラーも、このトリスタンの録音によってその可能性に確信を持ったとも言われています。実際、フルトヴェングラーは自らの録音の中ではこれを「ベスト」だと言い切っています。
その信頼を勝ち得た要因の大きな部分をフィルハーモニア管の機能がになっていたことは疑いがないのです。
それ故に、このアルバムに収められた録音は全盛期にあったフィルハーモニア管と、やる気100%のマルケヴィッチの入魂の指揮によって成し遂げられた演奏となっています。
ただし、そのマルケヴィッチの方向性は何処までも明晰さを追求したものすから、その様な音楽には馴染めないという人がいてもそれは否定しません。
そう言えば、マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。
そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際にの演奏においても徹底的に要求し続けたのです。そして、その要求にこの時代のフィルハーモニア管は完璧にこたえきっているように聞こえます。
しかしながら、そのスタンス故に彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人でした。
マルケヴィッチは1959年にフィルハーモニア管と「胡桃割り人形」の組曲と「ロメオとジュリエット」を録音しているのですが、その録音がEMIでの最後の録音となってしまい、フォルハーモニア管との縁も切れてしまいました。
おそらくはフィルハーモニア管がもう言う過酷な要求にうんざりしてしまったのでしょう。
さらに言えば、フォルハーモニア管はクレンペラーの時代になっていささか下り気味になっていたことも一つの要因になっていたのかもしれません。そんな事を書けば、クレンペラーファンの人にはお叱りを受けるかもしれないのですが、彼は偉大な男であり、偉大な指揮者ではあったのですが、オーケストラ・トレーナーでなかったことも事実です。
確かに、59年のチャイコフスキーの「くるみ割り人形」組曲や幻想序曲「ロメオとジュリエット」を聞いていると、厳しすぎるマルケヴィッチに対する反発があったのか、次第に彼の言うこともあまり聞かなくなってきている様子も感じ取れます。
そう考えれば、この異常なまでの完璧主義者の男としてはやむを得ない選択だったのかもしれません。
そして、その結果として、オーケストラの機能が大きく落ちても、自らの音楽が貫けるラムルー管を選んだのでしょうが、そのラムルー管もマルケヴィッチのもとで輝かしい成果を残しながらも、ついにはその厳しさに絶えきれずに彼を追い出してしまうことになります。
つまりは、そう言う「以上なまでの完璧主義者」だったマルケヴィッチという男のやる気100%の入魂の指揮と、それに必死にこたえようとする最盛期のフィルハーモニ管の演奏がであったこの上もなく幸福な、そして奇跡的なアルバムが、この「ディアギレフへのオマージュ」なのです。
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