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ハスキル(Clara_Haskil)|クララ・ハスキル リサイタル(1953年:ルートヴィヒスブルク城:2)
クララ・ハスキル リサイタル(1953年:ルートヴィヒスブルク城:2)
(P)クララ・ハスキル:1953年4月11日録音
Beethoven: Piano Sonata No.32 In C Minor, Op.111 [1. Maestoso - Allegro con brio ed appassionato]
Beethoven: Piano Sonata No.32 In C Minor, Op.111 [2. Arietta (Adagio molto semplice e cantabile)]
ルートヴィヒスブルク城で開催されたリサイタル
![](../Jacket_record/Clara_Haskil/Clara_Haskil_1.jpg)
クララ・ハスキルは幼いころから音楽的才能を見せていたものの、脊柱側湾等の病気にたびたび見舞われて第2次大戦前はほとんど活動できなかったことはよく知られています。そんなハスキルが評価される切っ掛けになったのは1949年のオランダにおける一連の演奏会を通じてでした。
そして、50年代にはいるとその名前は広く知られるようになり、カザルス、チャップリンとの交友にも恵まれるとともに、多くの聴衆からも支持されるようになっていきました。
しかし、そんな活動は1960年のブリュッセル駅での不慮の事故でこの世を去ってしまったので、彼女のピアニストとして実際の活動期間はわずか10年ほどだったことになります。
そして、その10年の活動期間の中でも、1953年4月11日にドイツのルートヴィヒスブルク城で行われたリサイタルは特別な意味を持ったものだと思われます。
ルートヴィヒスブルク城はドイツ最大にしてヨーロッパ最大規模のバロック宮殿であり、1934年からそのお城を演奏会場とした音楽祭が行われていました。このハスキルの演奏会も地元の放送局(南西ドイツ放送)が録音を行っていたようで、ライブながらもかなり優秀な音質で収録されています。
また、コンサートのプログラムも上り坂にあったハスキルらしく、実に意欲的なものです。
- スカルラッティ;ソナタ ハ長調 K132
- スカルラッティ:ソナタ 変ホ長調 K193
- スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K87
- J.S.バッハ:トッカータ ホ短調BWV 914
- シューマン:アベッグ変奏曲, Op.1
- ベートーベン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
- ドビュッシー:練習曲集より 練習曲 第10番
- ドビュッシー:練習曲集より 第7番
- ラヴェル:ソナチネより
つまりは、スカルラッティから始まってバッハ、シューマン、ドビュッシー、ラヴェルで締めくくるもので、言ってみればピアノ音楽の歴史を辿るような構成になっています。
ということで、今回はいささか値打ちを持たせてこのリサイタルの様子を3回に分けて紹介したいと思います。
第1回目はスカルラッティとバッハの4曲です。
- スカルラッティ;ソナタ ハ長調 K132
- スカルラッティ:ソナタ 変ホ長調 K193
- スカルラッティ:ソナタ ロ短調 K87
- J.S.バッハ:トッカータ ホ短調BWV 914
第2回目はベートーベンの最後のソナタです。ハスキルの残した録音の中では極めて珍しい1曲です。
- ベートーベン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
最後はシューマン、ドビュッシー、ラヴェルの3人の作品です。
- シューマン:アベッグ変奏曲, Op.1
- ドビュッシー:練習曲集より 練習曲 第10番
- ドビュッシー:練習曲集より 第7番
- ラヴェル:ソナチネより
「限定と集中」を宣言
最近、モーツァルト以外の作品を演奏したハスキルの録音をある程度まとめて聞いていて、このリサイタルの全曲録音に出会いました。
スカルラッティのソナタはまるでロマン派の小品のように響きますし、ベートーベンの最後のソナタではいささか苦戦しているよう雰囲気も漂います。(しかし、あらためて聞き直してみると、最初は緊張感もあってか響きが重くてハスキルらしさはないのですが、演奏が進むにつれて次第に落ち着きを取り戻して、彼女らしい繊細で美しい響きを取り戻していることが分かります)
さらに言えば、全体として繊細な響きが特徴的だと思っていたハスキルも、始めのころは(と言っても60歳近いですが・・・)結構強めの打鍵も駆使していたことに気づかされます。
ただし、不思議なのは、このプログラムの中にモーツァルトの作品が含まれていないことです。何といってもハスキルと言えばモーツァルトという「公式」が存在しますし、このプログラムであればベートーベンの前にモーツァルトの作品を1曲くらい入れておいても何の問題もないように思われます。
ところが、さらにはスキルの録音をあれこれ聞いてみると、モーツァルトの協奏曲は数多くの指揮者と共演してたくさんの録音を残しているのですが、ピアノ単独で演奏する作品の録音は非常に少ないことに気づかされました。不思議と言えば不思議な話なのですが、そのあたりのことには何らかの思いがあって、それ故にこの日のリサイタルのプログラムにも入れなかったのかもしれません。
また、もう一つ気づいたのは、10年あまりの彼女の活動期間の中で取り上げた作品は非常に狭いと言うことです。
彼女が積極的に取り上げたのは言うまでもなくモーツァルトなのですが、それも協奏曲が中心です。それ以外で言えば、スカルラッティ、ベートーベン、シューマンなどが彼女のレパートリーの中心を成しているのですが、そう言う作曲家であっても取り上げる作品には著しい偏りがあります。例えば、ベートーベンで言えばソナタならば「17番「テンペスト」と18番、協奏曲ならば「3番」と「4番」です。シューマンも協奏曲以外では「アベッグ変奏曲」や「森の情景」などを何度も取り上げています。
確かに、昔の巨匠とよばれた人は昨今の「何でも演奏させてもらいます」という態度とはほど遠く、自分の気に入った作品しか取り上げないというスタンスを取っていました。しかし、そんな中でもこのハスキルのレパートリーの狭さは際だっています。
しかし、病弱で長く演奏できなかった若い時代を思い出せば、自分の命がいつ終わっても不思議ではないという思いが強くあったことは容易に想像できます。確かに最後は不慮の事故ではあったのですが、その「最後」は常に彼女の中に根を張っていたはずです。そして、結果としてあまりにも短かった彼女の活動期間を考え合わせてみれば、それは「狭かった」のではなくて「限定と集中」に徹したものだったというのが正しいのでしょう。
彼女はやろうと思えばもっとたくさんの作品を演奏し録音できたはずです。それは、彼女の最晩年に録音したショパンの協奏曲を聞けばすぐに分かることです。ハスキルとショパンというのは全く結びつかなかったのですが、それでもあれほど素晴らしい演奏が可能だったのですから。
そう言う視点でこのルートヴィヒスブルク城でのリサイタルを振り返れば、それままさにその様な「限定と集中」を宣言したような思いにとらわれるのです。
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よせられたコメント
2020-08-14:yk
- ハスキルのレパートリーが(録音に残された範囲では)かなり限定されたものだったことは確かですが、彼女の音楽世界も狭いものだったのかどうかはなお慎重に見極める余地があります。
ハスキルが戦後スイスに居を構えた後、スイスの音響機器メーカーが彼女にテープデッキを寄贈したことが有ったそうです。何年か以前、彼女の親族が保管していたその一部が公開・市販されたことが有りました(TAHARA THA366/367)。そこには断片的ですが、彼女が自宅で弾いていた曲のいくつかが記録されていますが、そのレパートリーにはブラームス、リストからスクリャービン、ラフマニノフに至る曲目が含まれています。この録音を聴くまでは、ハスキルとラフマニノフ・・・と言うのは、さすがに私も想像できませんでしたが、彼女の日常の音楽世界に彼女が生きた”同時代”の音楽が含まれていたことは確かなようです。また、更に意外なことに、彼女は演奏会ではヒンデミットの作品(「4っつの気質」)を何度か作曲家と共演もしています。
いずれも、彼女の一見慎ましやかな演奏の奥に広がっていた音楽の世界を垣間見せてくれるとともに、彼女が繊細で弱弱しい深窓の佳人と言うより生き生きと時代と関りをもっていたことを示す貴重な記録だと思います。
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